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13章 魔王

138 ワイズマン

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 青銀のドラゴンが、中央廟ちゅうおうびょうの底の底の更に底から地面を突き上げて姿を現した。

 そいつが何層もの地下を抜けて空へと昇るまでの間、俺が恐怖に目を閉じていた時間はどれほどだっただろうか。
 数十秒に感じたけれど、もしかしたらほんの数秒だったのかもしれない。恐怖が時間をやたら長く感じさせるのは、絶叫マシンに乗った時と同じだ。

 硬い天井を何度も突き破るパワーと時間を考えただけで、ドラゴンは相当な大きさなんだろうと想像すると、急に冷や汗が出てきた。

 この数時間で、色々なことがありすぎた。
 トード車に乗って急にのんびりした風景に触れた俺は、ぼんやりと城でのことを思い出していた。
 
 色々あったけど、今こうして美緒を奪還だっかんできたことにホッとしている。このまま元の世界に戻れば、俺がこの世界に来た目的は達成だ。
 けれどこの世界に来て関わったこと全てに対して、まだサヨナラと背を向けるわけにはいかない。
 だから自分が納得いくまでの時間、全力で美緒を守り切ろうと思う。

「ヒーローになろうとか思ってる?」

 小さくガッツポーズを決めた俺に、向かいの席でチェリーがにやりと笑みを浮かべた。

「い、いえ、そんな」
「自分のことも大事にしなさいよ、二人とも」

 ちょっと恥ずかしくなって否定するが、チェリーは俺と美緒にそう言って、「そんな気持ちも大事だけどね」と遠い山を一瞥いちべつした。

 --「男どもは自分の掲げた正義のために、勝手に戦ってくるんだから」
 さっきチェリーが言った言葉を思い出して、俺はグサリと突き刺さる気持ちに胸をそっと押さえる。

 「そうそう」と手綱を持ったヒルドもこっちを振り返った。

「僕は自分が見た風景をキャンバスに留める為に、生きてなきゃいけないんだよ。そういう未来への心構えが大切。何せ、僕たちは今から何が起きるか全くわかっていないんだから」

 確かにそうだ。
 魔王だと認められないクラウが聖剣を抜いたことで、ドラゴンが現れた。俺は、圧倒的な存在感に気圧けおされて漠然と戦闘を予想してしまったが、あのドラゴンの怒りの矛先が魔王のみに向いているのかどうかは分からない。

「ヒルド、さっきの話の続きを聞かせてくれないか? 元老院がワイズマンに勝てないとかどうのってやつ」

 エムエル姉妹が現れて、途切れてしまった会話だ。
 「分かったよ」とヒルドは手綱をパシリと鳴らして進行方向を向いた。

「昔のこと過ぎて、本当かどうかもわからないけど。ドラゴンが実在したなんて、今の時代じゃ伝説まがいの話にも聞こえるけど、あらかた間違いではないんじゃないかってことだよ」

 そんな前置きをして、ヒルドはゆっくりと話し出す。
 まず俺が驚いたのは、魔王と共鳴するんだと思っていた聖剣自体は、何の意思も持たないという事だ。
 グラニカの魔王に代々引き継がれた聖剣は、かつて盗難に遭ったり偽りの魔王が現れたりで、相当悪用されていたらしい。

「それで、大昔いたワイズマンがドラゴンになることで永遠の命を得て、剣を護ってるって話だよ」
「人間がドラゴンになったってことか? ワイズマンって言葉は、どっかで聞いたことがあるような気がするんだよな。こっちじゃなくて、向こうの世界で……」
「ワイズマンは、賢者って意味じゃなかったかしら」
 
 チェリーに「そうですよね」と同意する美緒。ヒルドも「そんな感じかな」とうなずく。

「今だとハイド様のポジションだよ。だから、元老院はワイズマンに逆らえない」

 つまり、ドラゴンと化して聖剣を護るワイズマンがクラウを魔王と認めず、この騒ぎが勃発ぼっぱつしたという事だ。

「やっぱり、私が居るから瑛助えいすけさんはこの国の王になりきれないのかな」
「美緒……」
「そんなことないよ。僕たち国民は、クラウが魔王で間違ってるだなんて誰も思っていないし。それだけのことを、あの人はしたんだから」

 メルーシュ王のクーデターから、この国を守ったクラウ。

「僕たちの王様はさ、責任感がありすぎっていうか、しょい込みすぎなんだよ。頑固なトコと、目と髪の色くらいはユースケに似てるけど、それ以外はあんまり似てないんだから」
「なんでそこで俺の話になるんだ? 俺は母親似で、アイツは父親似なんだよ」

 クラウと俺が似てないことなんて、ちゃんと自覚している。それでも、俺たちが兄弟だってことに変わりはない。たとえ住む世界が違っても、お互い幸せならいいと思う。

 それからヒルドは、前に言っていたドラゴンにまつわる絵本について話してくれた。

「絵本は聖剣を盗もうとした悪党の話だよ。ドラゴンがやっつけるんだ」

 もしそれに当てはめるのなら、悪党役はクラウになってしまうのだろうか。ワイズマンは今の魔王が相当お気に召さないのかもしれない。

 俺はこの道の先で何ができるのか――そんなことを考えながら、夕空に浮かんだ三日月を見上げた。
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