122 / 171
12章 ゆりかごに眠る意思
122 建国祭前日の本音
しおりを挟む
ヒルドの運転するトード車で、俺とチェリーは海岸線の大都市チルチルへ向かう。
トード車は二匹のトードが箱を引くという形態が多かったが、町で借りたというそれはトードが一匹だけだった。
箱も今まで見た中で最小の人力車タイプで、二人掛けの椅子が後ろについているだけだ。
男三人を運ぶには心許ない気もするが、その一匹のトードが普段目にするヤツより二回り以上大きく、頼もしい体つきのお陰で道中は思った以上に快適だった。
王都ハスラを抜けると、チルチルまでは長い一本道だ。
まるで絵本の世界にでも迷い込んでしまったような木漏れ日の射す森を進んでいくと、突然木々が途切れて前方に建物の風景が広がった。
「大体1時間半くらいかな」というヒルドの見込み通り。退屈する間もないまま、トード車は町へと滑り込んでいく。
潮の匂いなんて今まで感じたこともなかったが、「海の匂いがする」と思わず声に出してしまった。
「ここからはもうチルチルだよ」
どこか異国の風景写真に出てくるような、石造りの町が海岸線に沿って長く広がっている。ハスラは二階建ての低い建物ばかりだったが、ここには四階五階と高層階がちらほらと伺えた。道を行く人の数も多く、活気立っている。
「うわぁお」と歓声を上げたチェリーに、ヒルドは「凄いでしょ」と俺たちを振り返った。
「こっから海岸線まで歩こうよ」
俺は海が見たいとヒルドに言ったが、それ以外のプランは彼に任せていた。
言われるままにトード車を下りたのは、他にも数台のトード車が並んだ待機所のような場所だった。
ここから海までの道は急に狭くなっていて、トード車の乗り入れを禁止する絵の描かれた看板が、道の手前に大きく掲げられている。
海岸まで続く緩やかな石畳の道の両端には、小さな店がたくさんあった。俺はこの世界の文字が読めないけれど、看板の絵やショーウィンドウを眺めているだけで大体は理解できる。
俺がいた城下町のハスラは、本当に田舎だったらしい。
ここには土産物屋からカジノまで何でもあった。
そして、町のいたるところにクラウの肖像画が描かれた、建国祭のポスターが貼られている。ヒルドが「あれは僕の父親が描いたんだよ」と誇らしげに言うが、その気持ちの半分は嫉妬が混じっているようだ。
「これは何?」とチェリーが怪訝な表情を浮かべたのは、獰猛そうな三体のモンスターが挑戦的な顔で睨みをきかせる看板だった。その店は格子窓の向こうにカーテンが掛けられていて、中の様子は分からない。
「ここは食堂だよ。ギムラに、マルートに、シーモス。どれも結構美味しいよ」
一匹ずつ指差しながら説明するヒルド。確かに鳥型の黒いモンスターは、この間俺たちが食堂で最初に戦ったヤツだった。
「この店もいいんだけど、向こうにお勧めの店があるから」
そう言って連れていかれたのは、坂の一番下にある、この辺りでは大きめの店だった。
ベル付きの扉を鳴らして中に入ると、「いらっしゃいませぇ」と店内中の従業員に一斉に迎えられる。
中は殆どの席が埋まっていたが、一番近くに居た女性店員が俺たちの所にやってきて、どうにか隅の小さなテーブルに着くことができた。
「凄い人ね」
「ここは人気店なんだよ」
カウンターの横には小さなステージがあって、小太りの男と痩せた男の凸凹コンビが楽器を手に軽快な音楽を奏でている。
とりあえずと言わんばかりに、この世界の酒であるラケロを飲み始めた二人。俺はやっぱりジュースを選んだ。
「もう、真面目なんだから」
俺に顔を寄せてニコニコっと笑うチェリー。もう酔っているのだろうか。けれど今の姿は男以外の何物でもないし、斜め向かいの席に座っている若い異世界女子二人組が、やたらとチェリーに視線を送ってくる。
「カッコいいわね」とでも言い合っているのか。思わせぶりに手を振ったチェリーに「きゃあきゃあ」と歓声を上げていた。
それよりも俺は、彼女たちとは反対側の席に居る男が気になって仕方がなかった。
初老というにはまだ少し早い男は、色黒の肌に生やした無精髭を振り乱しながら、うつろな目をグラスに落として何度も大きなため息を吐き出している。
頬に赤みが滲んでいるのは、アルコールのせいだろう。ガヤガヤと賑わう店内にはさほど響いていなかったが、相当酔っているらしく、さっきから妙な奇声を上げては周囲の視線を集めていた。
側に座る俺たちには不快以外の何物でもない。
ガシャン! とまだ酒の入ったグラスをテーブルに打ち付けて、「全くよぉ」と零した男に、俺たち三人は同時に睨みを送り付けた。
彼と同席している女性が「ちょっと」と咎めるが、アルコールで乱れた男は聞く耳を持とうともしない。
「俺は、異世界から来た奴が魔王になるなんて、始めから反対だったんだ」
男がしゃあしゃあと放ったその言葉で、辺りの空気が一変した。
悪態の原因がクラウにあることを知って、俺の中の怒りが小さな炎を灯らせたのだ。
トード車は二匹のトードが箱を引くという形態が多かったが、町で借りたというそれはトードが一匹だけだった。
箱も今まで見た中で最小の人力車タイプで、二人掛けの椅子が後ろについているだけだ。
男三人を運ぶには心許ない気もするが、その一匹のトードが普段目にするヤツより二回り以上大きく、頼もしい体つきのお陰で道中は思った以上に快適だった。
王都ハスラを抜けると、チルチルまでは長い一本道だ。
まるで絵本の世界にでも迷い込んでしまったような木漏れ日の射す森を進んでいくと、突然木々が途切れて前方に建物の風景が広がった。
「大体1時間半くらいかな」というヒルドの見込み通り。退屈する間もないまま、トード車は町へと滑り込んでいく。
潮の匂いなんて今まで感じたこともなかったが、「海の匂いがする」と思わず声に出してしまった。
「ここからはもうチルチルだよ」
どこか異国の風景写真に出てくるような、石造りの町が海岸線に沿って長く広がっている。ハスラは二階建ての低い建物ばかりだったが、ここには四階五階と高層階がちらほらと伺えた。道を行く人の数も多く、活気立っている。
「うわぁお」と歓声を上げたチェリーに、ヒルドは「凄いでしょ」と俺たちを振り返った。
「こっから海岸線まで歩こうよ」
俺は海が見たいとヒルドに言ったが、それ以外のプランは彼に任せていた。
言われるままにトード車を下りたのは、他にも数台のトード車が並んだ待機所のような場所だった。
ここから海までの道は急に狭くなっていて、トード車の乗り入れを禁止する絵の描かれた看板が、道の手前に大きく掲げられている。
海岸まで続く緩やかな石畳の道の両端には、小さな店がたくさんあった。俺はこの世界の文字が読めないけれど、看板の絵やショーウィンドウを眺めているだけで大体は理解できる。
俺がいた城下町のハスラは、本当に田舎だったらしい。
ここには土産物屋からカジノまで何でもあった。
そして、町のいたるところにクラウの肖像画が描かれた、建国祭のポスターが貼られている。ヒルドが「あれは僕の父親が描いたんだよ」と誇らしげに言うが、その気持ちの半分は嫉妬が混じっているようだ。
「これは何?」とチェリーが怪訝な表情を浮かべたのは、獰猛そうな三体のモンスターが挑戦的な顔で睨みをきかせる看板だった。その店は格子窓の向こうにカーテンが掛けられていて、中の様子は分からない。
「ここは食堂だよ。ギムラに、マルートに、シーモス。どれも結構美味しいよ」
一匹ずつ指差しながら説明するヒルド。確かに鳥型の黒いモンスターは、この間俺たちが食堂で最初に戦ったヤツだった。
「この店もいいんだけど、向こうにお勧めの店があるから」
そう言って連れていかれたのは、坂の一番下にある、この辺りでは大きめの店だった。
ベル付きの扉を鳴らして中に入ると、「いらっしゃいませぇ」と店内中の従業員に一斉に迎えられる。
中は殆どの席が埋まっていたが、一番近くに居た女性店員が俺たちの所にやってきて、どうにか隅の小さなテーブルに着くことができた。
「凄い人ね」
「ここは人気店なんだよ」
カウンターの横には小さなステージがあって、小太りの男と痩せた男の凸凹コンビが楽器を手に軽快な音楽を奏でている。
とりあえずと言わんばかりに、この世界の酒であるラケロを飲み始めた二人。俺はやっぱりジュースを選んだ。
「もう、真面目なんだから」
俺に顔を寄せてニコニコっと笑うチェリー。もう酔っているのだろうか。けれど今の姿は男以外の何物でもないし、斜め向かいの席に座っている若い異世界女子二人組が、やたらとチェリーに視線を送ってくる。
「カッコいいわね」とでも言い合っているのか。思わせぶりに手を振ったチェリーに「きゃあきゃあ」と歓声を上げていた。
それよりも俺は、彼女たちとは反対側の席に居る男が気になって仕方がなかった。
初老というにはまだ少し早い男は、色黒の肌に生やした無精髭を振り乱しながら、うつろな目をグラスに落として何度も大きなため息を吐き出している。
頬に赤みが滲んでいるのは、アルコールのせいだろう。ガヤガヤと賑わう店内にはさほど響いていなかったが、相当酔っているらしく、さっきから妙な奇声を上げては周囲の視線を集めていた。
側に座る俺たちには不快以外の何物でもない。
ガシャン! とまだ酒の入ったグラスをテーブルに打ち付けて、「全くよぉ」と零した男に、俺たち三人は同時に睨みを送り付けた。
彼と同席している女性が「ちょっと」と咎めるが、アルコールで乱れた男は聞く耳を持とうともしない。
「俺は、異世界から来た奴が魔王になるなんて、始めから反対だったんだ」
男がしゃあしゃあと放ったその言葉で、辺りの空気が一変した。
悪態の原因がクラウにあることを知って、俺の中の怒りが小さな炎を灯らせたのだ。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる