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10章 前時代を生きた記憶

101 今夜、俺と過ごす相手は

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 ゴンドラの所要時間は約20分。
 長いような短いようなその時間で、俺はぼんやりと窓からの絶景を眺めていた。

 ほんの少しの休息。みんな疲れ切って目を伏せていたが、ヒオルスとメルはこの10年の思い出に声を弾ませている。メルもだいぶ昔のことを思い出しているようだ。俺はそれをBGMのように聞き流しながら、隣で舟をぐヒルドの頭を何度も向こうへ追いやっていた。

   ☆
 ゼストの鍛冶屋に行くのは、俺がこの世界に来た時以来だ。
 ドアが開くと同時に、記憶通りの高いテンションで「いらっしゃいませぇ」と迎えられる。
 何故かシンプルなモノクロのメイド服を着たシーラが、俺たちの面々を見て「うひゃあ」と珍妙な声を上げた。

「くくく、クラウ様っ!」

 金髪おさげ髪を揺らして声を詰まらせるシーラに、ヒルドが「城の侍女も着てたよね」と俺へこっそり耳打ちしてきた。確かに彼女たちも可愛かった。この衣装選択にはきっとゼストが関与しまくっているんだろうなと思いながら、俺はクラウに続いて「お久しぶりです」と頭を下げた。
 シーラは、俺の顔と腰の剣を見比べてハッと眉を上げる。

「貴方、この間メルちゃんと来た助手の異世界人ね? どぉ? 剣の使い心地は」
「まぁ……まぁですかね。ちょっと重いような気はするけど」

 銅色で赤い石の付いた俺の剣は、前回シーラに見立ててもらったものだ。
 いまいちどうだという実感は沸いていないが、メルに最初指摘されたせいでそう感じてしまう。実際、他の剣と比べたことはないので何とも言えない。
 「ほぉら、やっぱり」とメルが俺の腰から剣を抜くと、すかさずシーラが覗き込んで哀れむような表情を浮かべた。

「ろくな使い方してませんね」

 可愛い顔で何を言い出すのかと思ったら、シーラは俺の剣をメルから奪い取って、「ちょっと探してみます」と奥の部屋へと消えてしまった。
 「僕もあの子に挨拶したかったよ」とヒルドが不満を口にする。
 ゼストの容態の件も話題に上らないまま、俺たちは取り残されてしまった。

「では、私はここで。上に孫がいますので、尻を叩いてやって下さい」

 ヒオルスは「上は狭いので」と遠慮して、カウンターの向こうへ入った。

「メル様も、剣をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 差し出されたヒオルスの両手に、メルは自分の剣を「ありがとう」と乗せた。彼の呼び方がメルーシュからメルに変わったのは、ついさっきここへ来る途中にメル本人から「メルーシュは落ち着かないから」とお願いされていたからだ。

「じゃあ、行ってくるわね」

 メルはクラウを視線で促して細い急階段を上っていく。その先にある木の扉をクラウが叩いた。

 「はーい」と返事したのは女の声だった。
 「僕だよ」と答えるクラウに、部屋の中がバタバタと急にうるさい音を響かせる。

「くくく、クラウ様?」

 さっきのシーラと良く似ている。
 扉を挟んだくぐもった声でさえ、その動揺が分かった。ゼストの声だとホッとして、俺たちは顔を見合わせて扉を開けた。

 入ってすぐ飛び込んできた状況に、メルが「きゃあ」と声を上げて両手で顔を覆った。
 横幅の広いクイーンサイズのベッドの上に、ハイレグ眼鏡女子のリトと、眩しいくらいに真っ赤なチャイナ服姿の佳奈先輩がいる。
 二人に挟まれるのは、気まずい焦り顔のゼストだ。

 メルはそっと指の隙間を広げながらサファイアの瞳を覗かせるが、「ひゃあ」と再び指を閉じた。
 「これは」と困惑するクラウに、「うわぁ」とうらやむヒルド。

「何て破廉恥な……羨ましいことしてるんだぁ!」

 ヒルドは本当に正直者だと思うが、こんなの見せつけられては俺だって同じことを叫びたくなってしまう。
 半裸で胸部と頭を包帯でグルグル巻きにしたゼストに、半分抱き着くような姿勢で患部に手をかざし続けるリトは、「治療ですからね!」と頬を赤らめながら説明する。

 反対側で寄り添いながら額の汗をガーゼで拭うのは、ゼストの恋人の佳奈先輩だ。枕元で横座りになるチャイナから覗く生足が、気持ちいいくらいあらわになっている。
 まさに『両手に花』状態。

「無事……のようだね」

 クラウに問われて、ゼストは「は、はい」と頭をかいた。
 ヒルドからの一報を聞いた時は昏睡状態かと心配したのに、リトのお陰で心配はなさそうだ。

「けど、やられた時は半日も目が覚めなかったんですよ。体力馬鹿のお陰で、回復が早くて助かります」

 リトの説明に、佳奈が目尻を指で押さえた。

「お前ほどの戦師が何にやられたの? セルティオの相手くらい、大したことないだろう?」
「ゼストってば、余裕な顔してセルティオの大群を一人で相手したんですよ、剣で」
「何て無茶な……そういうのはやめてくれよ?」
「すみません」

 がくりと頭を下げるゼストに溜息を漏らして、クラウはリトに視線を上げた。

「明日には動けるようになる?」
「もちろんです。朝には9割方戻ってるはずですよ」
「なら良かった。明日には合流してもらいたいから」
「明日……?」
「うん、城でね。それとゼスト、今夜はユースケをここで預かってもらってもいい?」
「俺を置いていくのか?」
「明日の朝には迎えを来させるから。今夜は僕一人で行かせてもらうよ」

 それでも城へ連れていけとは言えなかった。
 彼の役に立ちたいとは思うけれど、邪魔にはなりたくない。そのラインを俺は見定めることはできないからだ。
 一瞬残念そうな顔をしたゼストも、「構いませんよ」と承諾する。

「俺にできることがあったら、何でも言ってくれよ」

 今日俺がここに泊まるという事は彼女たちとこの部屋で一夜を過ごすことになるという事だろうか。
 しかしそんな妄想をしようとした途端、リトがひょいとベッドを下りて赤十字もといスイス国旗柄の腕章を外した。

「私も戻ります。あとは十分な睡眠をとるだけよ」

 まさかのリト脱退。そしてゼストがいらぬ気を回して、「お前も戻れ」と佳奈をクラウに託してしまう。
 佳奈は「どうして?」と小さな唇を尖らせた。

「ヒルドも残る気なんだろ? 男だらけの所にお前を居させるわけにはいかねぇだろ。心配させるなよ」

 ゼストは真顔でそんなことを言う。
 聞いてる方が恥ずかしくなって、俺たちは二人からそっと視線を外した。

「だったら私も、ヒオルスと城へ行こうかしら。明日になれば、ユースケともすぐに会えるでしょ?」

 思いつめた顔で、メルまでもがそんなことを言った。
 つまり俺は、ハーレムどころか男三人の夜を迎えることになってしまったようだ。




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