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8章 刻一刻と迫る危機
83 イメージと現実
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俺たちが隠し通路に飛び込んでから、多く見積もっても1時間程だろうか。
セルティオの襲撃による戦闘も最初は庭の半分程度の範囲だったのに、今や敷地のありとあらゆる所から魔法師たちの放つ光が立ち上っていた。
ここからは見えないが、もしかしたらもう城の中にまで及んでいるのかもしれない。
ただ、アースの護る扉の周りには幸運にもセルティオの姿がなかった。いないどころか、何もなくなっている。
全てが終わった後。
花が咲き乱れる庭と称したクラウの言葉も空しく、散り散りになった花や木の残骸で埋め尽くされていた。
「クラウ……」
呆然と立ち尽くしたメルが、唇を震わせる。
彼女が口にしたのはアイツの名前だ。
愁いを含んだ声が大人びて、彼女のサファイアの瞳が濃い赤へと変わる。
「メル?」
はらりと彼女のツインテールが解けて、フワフワの髪が風に舞い踊る。
山で戦った時のようで、俺は慌てて彼女の腕を掴んだ。
ハッとした顔が俺を振り返る。
「ちょっと。ダメだよ、隊長! 今は中央廟へ行くことが最優先なんだからね」
メルを覗き込んだヒルドが、ぎょっと眉を上げた。
「そうだぞメル、今メルーシュになったらダメだ」
その姿を拒絶する奴らがいるこの城で、変身させるわけにはいかない。
俺は掴んだ腕を引いて、メルを胸に抱きしめた。
「落ち着けメル。チェリーも心配だし、中央廟に急ごう」
落ち着いていないのは俺のほうだ。メルは「うん」と囁くようにうなずいた。
「ユースケ……ヒルド……」
赤い瞳のまま泣きそうになる彼女をもう一度抱きしめて、俺はゆっくりと腕を解く。
「行こう」と促して、俺たちは中央廟へと走った。
近くに戦闘の音はしない。見たままの光景を鵜呑みにして、俺はすっかり油断していた。
「うわぁ」
中央廟の敷地に入ったところで、再び姿を見せた白いモンスターにヒルドが大声を上げた。
「残ってたのかよ」
一匹ならとは思うが、こっちは気絶したままのチェリーを抱えている。すぐそこに建物の入口があるというのに、うろつくセルティオのせいで足止めを食らってしまった。
「まだこっちには気付いていないみたいだけど。ヒルドはチェリーを守ってあげて。中に入ってしまえば襲ってこないと思うから、そこまでどうにかしなきゃ」
メルは剣を抜いて構える。
「行くわよ、ユースケ」
俺がレベルアップしたわけじゃないけれど、チェリーができたように、運さえ味方につければどうにかなるような気がしてしまう。
剣を取ろうと腰に下げた手がポケットの硬い感触を掴んだ。
「あっ……」
ジャケットの大きなポケットにこんな重いものが入っていたことを、俺はすっかり忘れていた。
「どうしたの?」
「あぁ。いや、これをポケットに入れてたのを忘れて」
「何それ。毒?」
引っ張り出した黒い液体は、そう見えても仕方ない。けれどこれは、クラウにもらっていたコーラのペットボトルだ。
「飲み物だよ」と説明すると、途端にメルは眉をひそめた。
ずっと常温に置いたせいで美味しくはないだろうし、戦闘中動き回っていたせいで上部には泡がたまっている。
「これでどうにかならないかな」
「えっ?」
ふと頭をよぎった作戦に、我ながら名案だと思った。
振ったコーラを開けて、勢いよく噴きつけてやれば威嚇できないか。
「これを、こうやって、振ってだな」
「ちょっと。何してるの、ユースケ」
背後の茂みから、ヒルドが不安げな声を掛けてくる。
「見てろよ」と笑って、俺は一心不乱にペットボトルを上下に振りまくった。
困惑した顔で見守ってくれるメルの後方に視線を感じる。中央廟の横に生えた高い木の側で、赤い瞳が俺たちを捉えた。
「やべぇ、見つかった」
チッと吐いて、俺はそれでもコーラを振り続ける。
奴の戦意を削ぐには良い考えだと俺は本気で思っていた。
疲れが見えるメルは、瞳が赤色のままだ。次の戦闘が着火剤にならないように、このまま大人しく中央廟へ逃げたい。
「大丈夫なの? ユースケ」
唇を舌で舐め回しながらこっちへ向かって足を踏み出したセルティオに、メルは一度戻した剣に手を掛ける。
ペットボトルは俺の手に圧が伝わるくらいになっていた。その瞬間を急いて、今か今かと合図してくるのが分かった。
水撒きでホースの先を潰した時のように、豪快にぶちまけてやりたい――噴き出すコーラなんてテレビや動画でしか見たことないが、イメージトレーニングはバッチリだ。
水の魔法が弱点のセルティオが、コーラに弱いかどうかなんて分からないけれど。誰だってそんなことをされたら嫌だと思うし、迷ってる暇はない。
もしダメだったら諦めて剣を抜こうと覚悟して、俺は自分の剣に手を滑らせて位置を確認した。
一歩一歩スピードを上げてくるセルティオの振動が足に伝わってくる。
「うまくいったら、一気に中央廟まで走るぞ」
「分かったわ」
俺は前に出て、これ見よがしにペットボトルを振ってみせた。
「こ、これは毒なんだからな!」
俺の言葉なんて通じないだろうから精一杯に凄んで見せて、最終兵器でも披露するように仁王立ちに構えてキャップを解いた。
なのに――あれ?
ジョボボボと、コーラは確かに噴いた。
噴いたけれど、大した勢いなんてなかった。
5センチ程噴き上がって、俺の手をベタベタに濡らす。
もちろんセルティオになんて届きゃしなかった。
「うわぁぁああ」
「ユースケ!」
間合いに入ったセルティオに頭がパニックになって、俺は口の空いたペットボトルを振りまくった。
剣を握ることさえ忘れて、残ったコーラをヤツの大きな赤い瞳を目掛けて振りかけたのだ。
「ギァァ」
そして予想外の効果が得られた。
セルティオは舌と顔面にかかったコーラに強い拒絶を示したのだ。
「これ、嫌がってる?」
体勢を崩し、地面に転がったセルティオが、右へ左へとのたうち回る。
「逃げましょう」
混乱する俺の背を叩いて、メルが合図した。
「凄いよ、ユースケ。それはどんな毒なんだい?」
「い、いや。ただのジュースなんだけど」
結果オーライということにしておく。
俺はまたクラウのお陰で困難を脱却することができた。
「ありがとよ、兄貴」
口にしてみたその響きが、自分でも何だか可笑しく感じてしまう。
こっそり呟いた感謝は、本人には伝えないでおこうと思った。
セルティオの襲撃による戦闘も最初は庭の半分程度の範囲だったのに、今や敷地のありとあらゆる所から魔法師たちの放つ光が立ち上っていた。
ここからは見えないが、もしかしたらもう城の中にまで及んでいるのかもしれない。
ただ、アースの護る扉の周りには幸運にもセルティオの姿がなかった。いないどころか、何もなくなっている。
全てが終わった後。
花が咲き乱れる庭と称したクラウの言葉も空しく、散り散りになった花や木の残骸で埋め尽くされていた。
「クラウ……」
呆然と立ち尽くしたメルが、唇を震わせる。
彼女が口にしたのはアイツの名前だ。
愁いを含んだ声が大人びて、彼女のサファイアの瞳が濃い赤へと変わる。
「メル?」
はらりと彼女のツインテールが解けて、フワフワの髪が風に舞い踊る。
山で戦った時のようで、俺は慌てて彼女の腕を掴んだ。
ハッとした顔が俺を振り返る。
「ちょっと。ダメだよ、隊長! 今は中央廟へ行くことが最優先なんだからね」
メルを覗き込んだヒルドが、ぎょっと眉を上げた。
「そうだぞメル、今メルーシュになったらダメだ」
その姿を拒絶する奴らがいるこの城で、変身させるわけにはいかない。
俺は掴んだ腕を引いて、メルを胸に抱きしめた。
「落ち着けメル。チェリーも心配だし、中央廟に急ごう」
落ち着いていないのは俺のほうだ。メルは「うん」と囁くようにうなずいた。
「ユースケ……ヒルド……」
赤い瞳のまま泣きそうになる彼女をもう一度抱きしめて、俺はゆっくりと腕を解く。
「行こう」と促して、俺たちは中央廟へと走った。
近くに戦闘の音はしない。見たままの光景を鵜呑みにして、俺はすっかり油断していた。
「うわぁ」
中央廟の敷地に入ったところで、再び姿を見せた白いモンスターにヒルドが大声を上げた。
「残ってたのかよ」
一匹ならとは思うが、こっちは気絶したままのチェリーを抱えている。すぐそこに建物の入口があるというのに、うろつくセルティオのせいで足止めを食らってしまった。
「まだこっちには気付いていないみたいだけど。ヒルドはチェリーを守ってあげて。中に入ってしまえば襲ってこないと思うから、そこまでどうにかしなきゃ」
メルは剣を抜いて構える。
「行くわよ、ユースケ」
俺がレベルアップしたわけじゃないけれど、チェリーができたように、運さえ味方につければどうにかなるような気がしてしまう。
剣を取ろうと腰に下げた手がポケットの硬い感触を掴んだ。
「あっ……」
ジャケットの大きなポケットにこんな重いものが入っていたことを、俺はすっかり忘れていた。
「どうしたの?」
「あぁ。いや、これをポケットに入れてたのを忘れて」
「何それ。毒?」
引っ張り出した黒い液体は、そう見えても仕方ない。けれどこれは、クラウにもらっていたコーラのペットボトルだ。
「飲み物だよ」と説明すると、途端にメルは眉をひそめた。
ずっと常温に置いたせいで美味しくはないだろうし、戦闘中動き回っていたせいで上部には泡がたまっている。
「これでどうにかならないかな」
「えっ?」
ふと頭をよぎった作戦に、我ながら名案だと思った。
振ったコーラを開けて、勢いよく噴きつけてやれば威嚇できないか。
「これを、こうやって、振ってだな」
「ちょっと。何してるの、ユースケ」
背後の茂みから、ヒルドが不安げな声を掛けてくる。
「見てろよ」と笑って、俺は一心不乱にペットボトルを上下に振りまくった。
困惑した顔で見守ってくれるメルの後方に視線を感じる。中央廟の横に生えた高い木の側で、赤い瞳が俺たちを捉えた。
「やべぇ、見つかった」
チッと吐いて、俺はそれでもコーラを振り続ける。
奴の戦意を削ぐには良い考えだと俺は本気で思っていた。
疲れが見えるメルは、瞳が赤色のままだ。次の戦闘が着火剤にならないように、このまま大人しく中央廟へ逃げたい。
「大丈夫なの? ユースケ」
唇を舌で舐め回しながらこっちへ向かって足を踏み出したセルティオに、メルは一度戻した剣に手を掛ける。
ペットボトルは俺の手に圧が伝わるくらいになっていた。その瞬間を急いて、今か今かと合図してくるのが分かった。
水撒きでホースの先を潰した時のように、豪快にぶちまけてやりたい――噴き出すコーラなんてテレビや動画でしか見たことないが、イメージトレーニングはバッチリだ。
水の魔法が弱点のセルティオが、コーラに弱いかどうかなんて分からないけれど。誰だってそんなことをされたら嫌だと思うし、迷ってる暇はない。
もしダメだったら諦めて剣を抜こうと覚悟して、俺は自分の剣に手を滑らせて位置を確認した。
一歩一歩スピードを上げてくるセルティオの振動が足に伝わってくる。
「うまくいったら、一気に中央廟まで走るぞ」
「分かったわ」
俺は前に出て、これ見よがしにペットボトルを振ってみせた。
「こ、これは毒なんだからな!」
俺の言葉なんて通じないだろうから精一杯に凄んで見せて、最終兵器でも披露するように仁王立ちに構えてキャップを解いた。
なのに――あれ?
ジョボボボと、コーラは確かに噴いた。
噴いたけれど、大した勢いなんてなかった。
5センチ程噴き上がって、俺の手をベタベタに濡らす。
もちろんセルティオになんて届きゃしなかった。
「うわぁぁああ」
「ユースケ!」
間合いに入ったセルティオに頭がパニックになって、俺は口の空いたペットボトルを振りまくった。
剣を握ることさえ忘れて、残ったコーラをヤツの大きな赤い瞳を目掛けて振りかけたのだ。
「ギァァ」
そして予想外の効果が得られた。
セルティオは舌と顔面にかかったコーラに強い拒絶を示したのだ。
「これ、嫌がってる?」
体勢を崩し、地面に転がったセルティオが、右へ左へとのたうち回る。
「逃げましょう」
混乱する俺の背を叩いて、メルが合図した。
「凄いよ、ユースケ。それはどんな毒なんだい?」
「い、いや。ただのジュースなんだけど」
結果オーライということにしておく。
俺はまたクラウのお陰で困難を脱却することができた。
「ありがとよ、兄貴」
口にしてみたその響きが、自分でも何だか可笑しく感じてしまう。
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