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6章 悪夢のシンデレラプリンス
52 帰還者たちの苦悩
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美緒に言われた通り、俺は元の世界に戻りたかった。
この世界に居る意味をごっそりと奪われてしまい、立っている気力すら抜けてしまった俺は、トード車へゼストに引きずり込まれてメルの家へと強制送還されたのだ。
俺は美緒に、「ええっ、こっちの世界に来ちゃったの?」と驚かれつつも、ちょっと嬉しそうな反応を期待していたのだ。
それなのに。
――「お願いだから、帰ってよ!」
それはあんまりだろう?
俺はこの世界に来て最初に目覚めたベッドに潜り込んで、フカフカの枕に顔を埋めた。
あまりにも衝撃的な現実を受け止めきれず、泣くことさえできなかった。
元の世界に帰りたいと思うのに、最初にゼストから言われた通り、簡単にあの門へ行くことはできないらしい。
じゃあ、俺はここで何をすればいいんだろうか。
「何で及川はあんなこと言ったんだろうな」
ゼストが側にある椅子で、のけぞりながら腕を組む。
美緒の反応は、あの場所に居た本人以外の誰もが予想していなかったことなのだ。
「アイツはクラウとこの世界に居たいんですかね。俺が連れ戻したいなんて、そもそも余計なことだったんじゃないかって……」
この世界に来た巨乳女子たちは、みんなお姫様待遇を受けているようだから、元の世界の日常なんて、霞んでしまうのかもしれない。
「まぁ、一概に違うっては言い切れねぇけど、他に理由があるんじゃねぇのか」
ゼストは「分からねぇな」と首を起こした。タキシードの胸に手を当てて、「ちょっと行ってくる」と立ち上がって部屋を出た。
スマホの振動でも感じたような反応だ。
俺は枕にしがみつきながら、ぼんやりと天井を見上げた。さっきの美緒を思い出すだけで胸が苦しくなるが、他に気になることが一つある。
――「まさか、私の保管者が佑くんなの……?」
その事実を知った時、美緒は明らかに顔色を変えたのだ。
俺が保管者だと、彼女にとって不都合なんだろうか。
俺は、自分が知っている情報を整理してみた。
・転生者に対して『保管者』は一人。
・『保管者』の記憶がないと――つまり、転生者が元の世界に戻った時点で『保管者』が生存していないと、世界の記憶を戻すことが出来ない。元の世界の誰もが転生者のことを覚えていない状態のままになる。
・転生者がこの異世界に残る選択をしたら、元の世界の記憶は戻り、転生者が『死亡した』という記憶を植え付けられる(けど、本人は異世界で生きている)。
こんな感じだろうか。
だから、保管者である俺がモンスターにでも殺されてしまいそうだと懸念して、美緒は俺がここに居ることを拒絶したのかもしれない。
それが「元の世界に戻りたい」という前提の話なら、問題ないんだけれど。
そんな簡単な話じゃないような気がして、俺は絶望感に打ちひしがれてしまう。
「やっぱ俺が邪魔なのか?」
何度も何度も脳内リピートされる、美緒からの拒絶。
いつも思い描いていた笑顔なんて、もう出てきちゃくれなかった。
☆
ガタガタと下で物音がして、眠りかけていた意識が戻った。
「お帰り」と下でゼストの声が聞こえる。どうやら、討伐に行っていたメルが帰って来たらしい。
「メル……」
彼女をぎゅっと抱き締めたい気分だった。
きっと彼女なら「元気になって」と、どん底に落ちた俺を慰めてくれるはずだ。
俺は気力を振り絞ってベッドを下ると「お帰り」と部屋を出て、階段下を覗き込んだ。
すると。
「あ……」
そこにはヒルドも一緒だった。
討伐に行った二人が帰還した姿を見て、俺は思わず息を飲み込む。
ヒルドはいつかの俺のようにボロボロの姿で、ようやくたどり着いたという安堵の表情を零して、床に崩れたのだ。
そんな彼の横にいたのが、緋色の魔女だった。正確に言えば、元のメルに戻り切れていない状態の彼女だ。
ギュッとしてもらおうなんて、自殺行為かもしれない。
俺の全身が死の感覚を思い出そうとするのを、両腕を強く抱えて堪えた。
「やっぱり……」
流石にもう攻撃してくる様子はないが、メルは今日も変身してしまったらしい。予想通りの結果になってしまった。
等身はメルのサイズだが、振り乱した髪には赤みが残り、ルビーのような真っ赤な瞳が階下から俺を見上げた。
ニコリともせず口を閉じたままのメルと、宙に視線を泳がせた呆然自失のヒルドに、ゼストは「やっちまったかぁ」と声を掛けるが、たいして問題視した様子はない。
そして俺は、さっきから身に覚えのある匂いが廊下に漂っていることに気付いていた。
記憶にまだ新しい、ふざけた臭いだ。
「これは……」
思わず両手で鼻を覆うが、効果はなくダイレクトに嗅覚を刺激してくる。
まだ全然美緒から受けたダメージは癒えないけれど、俺はひとまず階段を下りて、「大丈夫ですか?」とヒルドに手を差し伸べた。
「君は、知っていたんだね」
「す、すみません」
生気の抜けた目で、ヒルドが俺を睨んだ。
返す言葉が見つからず、俺はそう謝る。
とにかく今は、彼が生きて帰ってこられて良かったと、心から思う。
この世界に居る意味をごっそりと奪われてしまい、立っている気力すら抜けてしまった俺は、トード車へゼストに引きずり込まれてメルの家へと強制送還されたのだ。
俺は美緒に、「ええっ、こっちの世界に来ちゃったの?」と驚かれつつも、ちょっと嬉しそうな反応を期待していたのだ。
それなのに。
――「お願いだから、帰ってよ!」
それはあんまりだろう?
俺はこの世界に来て最初に目覚めたベッドに潜り込んで、フカフカの枕に顔を埋めた。
あまりにも衝撃的な現実を受け止めきれず、泣くことさえできなかった。
元の世界に帰りたいと思うのに、最初にゼストから言われた通り、簡単にあの門へ行くことはできないらしい。
じゃあ、俺はここで何をすればいいんだろうか。
「何で及川はあんなこと言ったんだろうな」
ゼストが側にある椅子で、のけぞりながら腕を組む。
美緒の反応は、あの場所に居た本人以外の誰もが予想していなかったことなのだ。
「アイツはクラウとこの世界に居たいんですかね。俺が連れ戻したいなんて、そもそも余計なことだったんじゃないかって……」
この世界に来た巨乳女子たちは、みんなお姫様待遇を受けているようだから、元の世界の日常なんて、霞んでしまうのかもしれない。
「まぁ、一概に違うっては言い切れねぇけど、他に理由があるんじゃねぇのか」
ゼストは「分からねぇな」と首を起こした。タキシードの胸に手を当てて、「ちょっと行ってくる」と立ち上がって部屋を出た。
スマホの振動でも感じたような反応だ。
俺は枕にしがみつきながら、ぼんやりと天井を見上げた。さっきの美緒を思い出すだけで胸が苦しくなるが、他に気になることが一つある。
――「まさか、私の保管者が佑くんなの……?」
その事実を知った時、美緒は明らかに顔色を変えたのだ。
俺が保管者だと、彼女にとって不都合なんだろうか。
俺は、自分が知っている情報を整理してみた。
・転生者に対して『保管者』は一人。
・『保管者』の記憶がないと――つまり、転生者が元の世界に戻った時点で『保管者』が生存していないと、世界の記憶を戻すことが出来ない。元の世界の誰もが転生者のことを覚えていない状態のままになる。
・転生者がこの異世界に残る選択をしたら、元の世界の記憶は戻り、転生者が『死亡した』という記憶を植え付けられる(けど、本人は異世界で生きている)。
こんな感じだろうか。
だから、保管者である俺がモンスターにでも殺されてしまいそうだと懸念して、美緒は俺がここに居ることを拒絶したのかもしれない。
それが「元の世界に戻りたい」という前提の話なら、問題ないんだけれど。
そんな簡単な話じゃないような気がして、俺は絶望感に打ちひしがれてしまう。
「やっぱ俺が邪魔なのか?」
何度も何度も脳内リピートされる、美緒からの拒絶。
いつも思い描いていた笑顔なんて、もう出てきちゃくれなかった。
☆
ガタガタと下で物音がして、眠りかけていた意識が戻った。
「お帰り」と下でゼストの声が聞こえる。どうやら、討伐に行っていたメルが帰って来たらしい。
「メル……」
彼女をぎゅっと抱き締めたい気分だった。
きっと彼女なら「元気になって」と、どん底に落ちた俺を慰めてくれるはずだ。
俺は気力を振り絞ってベッドを下ると「お帰り」と部屋を出て、階段下を覗き込んだ。
すると。
「あ……」
そこにはヒルドも一緒だった。
討伐に行った二人が帰還した姿を見て、俺は思わず息を飲み込む。
ヒルドはいつかの俺のようにボロボロの姿で、ようやくたどり着いたという安堵の表情を零して、床に崩れたのだ。
そんな彼の横にいたのが、緋色の魔女だった。正確に言えば、元のメルに戻り切れていない状態の彼女だ。
ギュッとしてもらおうなんて、自殺行為かもしれない。
俺の全身が死の感覚を思い出そうとするのを、両腕を強く抱えて堪えた。
「やっぱり……」
流石にもう攻撃してくる様子はないが、メルは今日も変身してしまったらしい。予想通りの結果になってしまった。
等身はメルのサイズだが、振り乱した髪には赤みが残り、ルビーのような真っ赤な瞳が階下から俺を見上げた。
ニコリともせず口を閉じたままのメルと、宙に視線を泳がせた呆然自失のヒルドに、ゼストは「やっちまったかぁ」と声を掛けるが、たいして問題視した様子はない。
そして俺は、さっきから身に覚えのある匂いが廊下に漂っていることに気付いていた。
記憶にまだ新しい、ふざけた臭いだ。
「これは……」
思わず両手で鼻を覆うが、効果はなくダイレクトに嗅覚を刺激してくる。
まだ全然美緒から受けたダメージは癒えないけれど、俺はひとまず階段を下りて、「大丈夫ですか?」とヒルドに手を差し伸べた。
「君は、知っていたんだね」
「す、すみません」
生気の抜けた目で、ヒルドが俺を睨んだ。
返す言葉が見つからず、俺はそう謝る。
とにかく今は、彼が生きて帰ってこられて良かったと、心から思う。
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