上 下
48 / 171
5章 ちょっと変わった酒場での、彼との出会い。

48 コンビからトリオへの再編成 

しおりを挟む
 先にシャワーを借りて部屋に戻ると、テーブルに置いておいた腕時計が11時半を示していた。
 この時間を過ぎた外出は許可が必要だという事をさっき思い出してしまったせいで、妙に緊張してしまう。

 何か、あるのだろうか。

 扉の隙間から階下のシャワーの音が小さく入り込んでくる。
 少し怖いなと思ってチェリーの所へ行こうかとも考えたが、ゾワリと駆け抜けた別の悪寒に断念を余儀なくされる。

 けど、俺が恐怖を口にしたとしても、彼は普通に一歩の距離を置いて接してくれるんだろうなと思っている。
 まさか抱き締められるとか、ベッドに押し倒されたりすることはないだろう。

 窓にはカーテンが付いていない。
 黒い闇に染められたガラスに恐怖を感じて、俺はさっとベッドに潜り込んで布団を頭まですっぽりと被った。

 けれど――寝れやしない。

 疲れ果てて眠かった筈なのに、下りてきてくれない睡魔に溜息を漏らし、俺はベッドを抜けて洋服のポケットから美緒みおの本を取り出した。
 眠れないストレスで、闇への恐怖が半減してしまった。

 ずっとポケットにいれたままだったラノベは、本全体がゆがんでしまい、カバーの端がぐにゃりと折り曲がっている。

『異世界の魔王とセーラー服の女王様』

 ここ数日ずっと異世界の文字を見つめてきただけあって、日本語というだけでホッとした。
 再びベッドに転がって、ペラペラと読み始める。

 生憎、俺たちの高校はブレザーだが、魔王の居る異世界へ日本の女子高生が行くというシチュエーションはそっくりだった。
 けれど、あまりにも主人公が積極的に魔王へアピールしているところを見ると、チェリーみたいだなと笑ってしまう。

 そして俺はしばらく読書したまま、明かりも消さずに寝てしまったのだ。

   ☆
 少し夜更かしをしてしまったらしい。
 窓から見える太陽は既に高い位置まで昇っている。
 美緒の本に無意識に挟んだしおりは、ページのちょうど真ん中の位置にあった。

「ユースケ、起きてる?」

 階下からのチェリーの声。そういえば、目覚めに彼がいなかったのはこの家に来て初めての事だった。
 彼の声以外にもバタバタと騒々しい音にピンときて、俺は「行きます!」と答えて着替えを急いだ。
 階段まで漂ってくるコンソメ系のスープの匂いに、腹がキュウと音を立てる。空腹の腹を押さえながら、俺は「おはよう」とリビングに入った。

「あれ?」

 そこに居た顔ぶれに、思わず眉をひそめる。
 いつもの女バージョンのチェリーと、タキシード姿のゼスト。それと、トードの刺繍が入った青いワンピースに剣を背負ったメルに、もう一人。何でお前がここに?

「ヒルドさん、怪我は良くなったんですか?」
「うん。リトのお陰で、もうすっかりね」

 おかっぱ頭のヒルドは朝食中のテーブルから立ち上がり、「ほら」と腕を叩いて見せる。リトがぎゅうっと握っていた羨ましい腕だ。

「朝、リトが俺んトコに来てな。コイツがお前に会いたいって言うんだよ」
「君の世界の話を聞かせてくれるって言っただろ? 約束したじゃないか」

 それって、異世界人の俺に興味を持ったという事だろうか。
 昨日の約束はまだ覚えているけど、こんなすぐの話だとは思わなかった。

「ユースケは、友達の女の子を連れ戻すために、この世界に来たのよ?」

 メルの説明にヒルドは「うんうん」と腕を組み、そっと立てた自分の人差し指に何故かそっとキスをした。

「僕にも何か手伝わせてくれよ。ユースケは、共に戦った戦友だからね」

 いや別に、そんな大そうなものじゃないだろう。
 けど、たかが学校のトーナメントで一回戦っただけの相手を自分のスキルとして取り込んでしまうあたり、もうコイツの性分しょうぶんとして受け取るしかないのかもしれない。

 俺は空腹に耐えきれず、朝飯が置かれた席に着いた。メルとヒルドに挟まれながら「ありがとうございます」とパンを手に取り、向かいのゼストに目で助けを求める。
 ゼストは「おぅ」と一つ頷いて、ヒルドに声を掛けた。

「手伝う、って。そういえば普段は何の仕事してるんだ?」

 ヒルドはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに右手を額にかざして、無駄に決めポーズをとった。

「僕は芸術家なのさ。絵を描いているんだ。剣師でもあるけどね」
「絵ぇ?」

 困惑顔のゼストとは対照的に、ヒルドは自慢気に「ハハン」と笑って、前髪をかき上げた。

「城にも一枚あるはずだけど? 『太陽の爆発』って花の絵がね」
「ああ! それなら知ってるぞ。あれをお前が描いたのか?」
「そうだよ」

 絵の想像が全くつかないタイトルだが、ゼストは「すげぇな」とうなっている。
 「どんな絵なのかしら?」と横からメルが小声で聞いてきて、俺は「花の絵?」と曖昧に返事することしかできなかった。

「でも、絵描きじゃなぁ」
「剣師でもあるって言ってるでしょ? シーモス討伐をウリにした酒場があるって聞いて、僕はこの町に来たんたよ?」
「剣師、って……あれでか?」
「昨日のは、シーモスじゃなかったじゃないか。ジーマが出るなんて反則だよ!」

 腰を浮かせて必死に訴えるヒルド。ゼストは苦い顔をメルに向けた。

「メルはどう思う? お前は一応、今のユースケのパートナーだからな」
「メル? メルってメル隊の? 君がそのメルなの? そんなに可愛いのに?」

 ヒルドはその名前に食い付いて、俺の左から右隣りへと身体を乗り出し、メルの手を取って目を潤ませた。
 メルはいきなりの事に仰天して目を丸くする。

「そ、そうよ」

 頬を紅潮こうちょうさせて、照れるメル。ヒルドは「うぉお」と歓喜の雄叫おたけびを上げた。

「まだ幼いって噂は聞いてたけど。そうか、だからあんなに強かったんだね」
「うふふ」

 ヒルドの褒め殺しに、メルはとっても嬉しそうだった。デレデレする表情に、俺は唇をとがらせる。
 そして、昨日に続く俺の嫉妬心に追い打ちをかけるように、ヒルドは声高々に「よし」と宣言した。

「じゃあ決めた。僕もメル隊に入るよ」
「えええええっ?」

 不満いっぱいに叫んだ俺の横で、メルは同じように「ええっ?」と叫んだが、声のトーンは真逆だ。

「ユースケ! ヒルドがメル隊に入ってくれるって!!」

 破顔して、パチリパチリと手を叩くメル。

「お、おぅ。メルはいいのか?」

 俺はメルにヤツの参加を断って欲しかった。メンバーが増えることは嬉しい事の筈なのに、俺とメルのコンビに異物を入れることをどうしても心から喜ぶことが出来ない。

「メルが喜んでるなら仕方ねぇだろ」
「やった! やっぱりゼストは僕のこと分かっているね」

 俺とメルのドキドキ討伐コンビは、呆気なくトリオへと再編成されてしまった。

「その事なんだが、今日メルに一つ仕事を持ってきててな。一緒に行って貰えるか?」

 突然ゼストがそんな話を始めた。
 近場でモンスターが出たという事で、討伐してきて欲しいという事だ。

「ユースケは、ちょっと俺に付き合ってもらうから、メルとヒルドにお願いしたい。まぁ、メル一人で十分なくらいだけどな」
「いや、僕は行くよ! 僕は剣師だからね、ユースケより役に立ってみせるさ」

 俺は鼻高々のヒルドを睨んで、嫉妬心を堪えた。

   ☆
 チェリーが先に城へ戻り、俺たちはメルとヒルドが討伐へ行くのを見送る。
 メルがゼストから詳細を聞いている間に、俺はヒルドに歩み寄った。

「緋色の魔女には気を付けてくださいね」
「え? 前の魔王の事?」

 ヤシムに言われた時と同じように、俺は人差し指をそっと唇に当て、「この話は終わり」とジェスチャーで締めた。

「頑張って下さいね」

 ポンと肩に手を乗せ、不思議がるヒルドにこれでもかって程の笑顔を手向たむける。
 これが、俺の精一杯の抵抗だ。
 まぁ、メルだってそんなに何回も変身するもんじゃないだろう?
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ
ファンタジー
魔界に召喚されてしまった彼女とシマシマな彼の日常ストーリー 2022年6月9日に完結いたしました。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...