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5章 ちょっと変わった酒場での、彼との出会い。
48 コンビからトリオへの再編成
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先にシャワーを借りて部屋に戻ると、テーブルに置いておいた腕時計が11時半を示していた。
この時間を過ぎた外出は許可が必要だという事をさっき思い出してしまったせいで、妙に緊張してしまう。
何か、あるのだろうか。
扉の隙間から階下のシャワーの音が小さく入り込んでくる。
少し怖いなと思ってチェリーの所へ行こうかとも考えたが、ゾワリと駆け抜けた別の悪寒に断念を余儀なくされる。
けど、俺が恐怖を口にしたとしても、彼は普通に一歩の距離を置いて接してくれるんだろうなと思っている。
まさか抱き締められるとか、ベッドに押し倒されたりすることはないだろう。
窓にはカーテンが付いていない。
黒い闇に染められたガラスに恐怖を感じて、俺はさっとベッドに潜り込んで布団を頭まですっぽりと被った。
けれど――寝れやしない。
疲れ果てて眠かった筈なのに、下りてきてくれない睡魔に溜息を漏らし、俺はベッドを抜けて洋服のポケットから美緒の本を取り出した。
眠れないストレスで、闇への恐怖が半減してしまった。
ずっとポケットにいれたままだったラノベは、本全体が歪んでしまい、カバーの端がぐにゃりと折り曲がっている。
『異世界の魔王とセーラー服の女王様』
ここ数日ずっと異世界の文字を見つめてきただけあって、日本語というだけでホッとした。
再びベッドに転がって、ペラペラと読み始める。
生憎、俺たちの高校はブレザーだが、魔王の居る異世界へ日本の女子高生が行くというシチュエーションはそっくりだった。
けれど、あまりにも主人公が積極的に魔王へアピールしているところを見ると、チェリーみたいだなと笑ってしまう。
そして俺は暫く読書したまま、明かりも消さずに寝てしまったのだ。
☆
少し夜更かしをしてしまったらしい。
窓から見える太陽は既に高い位置まで昇っている。
美緒の本に無意識に挟んだ栞は、ページのちょうど真ん中の位置にあった。
「ユースケ、起きてる?」
階下からのチェリーの声。そういえば、目覚めに彼がいなかったのはこの家に来て初めての事だった。
彼の声以外にもバタバタと騒々しい音にピンときて、俺は「行きます!」と答えて着替えを急いだ。
階段まで漂ってくるコンソメ系のスープの匂いに、腹がキュウと音を立てる。空腹の腹を押さえながら、俺は「おはよう」とリビングに入った。
「あれ?」
そこに居た顔ぶれに、思わず眉をひそめる。
いつもの女バージョンのチェリーと、タキシード姿のゼスト。それと、トードの刺繍が入った青いワンピースに剣を背負ったメルに、もう一人。何でお前がここに?
「ヒルドさん、怪我は良くなったんですか?」
「うん。リトのお陰で、もうすっかりね」
おかっぱ頭のヒルドは朝食中のテーブルから立ち上がり、「ほら」と腕を叩いて見せる。リトがぎゅうっと握っていた羨ましい腕だ。
「朝、リトが俺んトコに来てな。コイツがお前に会いたいって言うんだよ」
「君の世界の話を聞かせてくれるって言っただろ? 約束したじゃないか」
それって、異世界人の俺に興味を持ったという事だろうか。
昨日の約束はまだ覚えているけど、こんなすぐの話だとは思わなかった。
「ユースケは、友達の女の子を連れ戻すために、この世界に来たのよ?」
メルの説明にヒルドは「うんうん」と腕を組み、そっと立てた自分の人差し指に何故かそっとキスをした。
「僕にも何か手伝わせてくれよ。ユースケは、共に戦った戦友だからね」
いや別に、そんな大そうなものじゃないだろう。
けど、たかが学校のトーナメントで一回戦っただけの相手を自分のスキルとして取り込んでしまうあたり、もうコイツの性分として受け取るしかないのかもしれない。
俺は空腹に耐えきれず、朝飯が置かれた席に着いた。メルとヒルドに挟まれながら「ありがとうございます」とパンを手に取り、向かいのゼストに目で助けを求める。
ゼストは「おぅ」と一つ頷いて、ヒルドに声を掛けた。
「手伝う、って。そういえば普段は何の仕事してるんだ?」
ヒルドはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに右手を額にかざして、無駄に決めポーズをとった。
「僕は芸術家なのさ。絵を描いているんだ。剣師でもあるけどね」
「絵ぇ?」
困惑顔のゼストとは対照的に、ヒルドは自慢気に「ハハン」と笑って、前髪をかき上げた。
「城にも一枚あるはずだけど? 『太陽の爆発』って花の絵がね」
「ああ! それなら知ってるぞ。あれをお前が描いたのか?」
「そうだよ」
絵の想像が全くつかないタイトルだが、ゼストは「すげぇな」と唸っている。
「どんな絵なのかしら?」と横からメルが小声で聞いてきて、俺は「花の絵?」と曖昧に返事することしかできなかった。
「でも、絵描きじゃなぁ」
「剣師でもあるって言ってるでしょ? シーモス討伐をウリにした酒場があるって聞いて、僕はこの町に来たんたよ?」
「剣師、って……あれでか?」
「昨日のは、シーモスじゃなかったじゃないか。ジーマが出るなんて反則だよ!」
腰を浮かせて必死に訴えるヒルド。ゼストは苦い顔をメルに向けた。
「メルはどう思う? お前は一応、今のユースケのパートナーだからな」
「メル? メルってメル隊の? 君がそのメルなの? そんなに可愛いのに?」
ヒルドはその名前に食い付いて、俺の左から右隣りへと身体を乗り出し、メルの手を取って目を潤ませた。
メルはいきなりの事に仰天して目を丸くする。
「そ、そうよ」
頬を紅潮させて、照れるメル。ヒルドは「うぉお」と歓喜の雄叫びを上げた。
「まだ幼いって噂は聞いてたけど。そうか、だからあんなに強かったんだね」
「うふふ」
ヒルドの褒め殺しに、メルはとっても嬉しそうだった。デレデレする表情に、俺は唇を尖らせる。
そして、昨日に続く俺の嫉妬心に追い打ちをかけるように、ヒルドは声高々に「よし」と宣言した。
「じゃあ決めた。僕もメル隊に入るよ」
「えええええっ?」
不満いっぱいに叫んだ俺の横で、メルは同じように「ええっ?」と叫んだが、声のトーンは真逆だ。
「ユースケ! ヒルドがメル隊に入ってくれるって!!」
破顔して、パチリパチリと手を叩くメル。
「お、おぅ。メルはいいのか?」
俺はメルにヤツの参加を断って欲しかった。メンバーが増えることは嬉しい事の筈なのに、俺とメルのコンビに異物を入れることをどうしても心から喜ぶことが出来ない。
「メルが喜んでるなら仕方ねぇだろ」
「やった! やっぱりゼストは僕のこと分かっているね」
俺とメルのドキドキ討伐コンビは、呆気なくトリオへと再編成されてしまった。
「その事なんだが、今日メルに一つ仕事を持ってきててな。一緒に行って貰えるか?」
突然ゼストがそんな話を始めた。
近場でモンスターが出たという事で、討伐してきて欲しいという事だ。
「ユースケは、ちょっと俺に付き合ってもらうから、メルとヒルドにお願いしたい。まぁ、メル一人で十分なくらいだけどな」
「いや、僕は行くよ! 僕は剣師だからね、ユースケより役に立ってみせるさ」
俺は鼻高々のヒルドを睨んで、嫉妬心を堪えた。
☆
チェリーが先に城へ戻り、俺たちはメルとヒルドが討伐へ行くのを見送る。
メルがゼストから詳細を聞いている間に、俺はヒルドに歩み寄った。
「緋色の魔女には気を付けてくださいね」
「え? 前の魔王の事?」
ヤシムに言われた時と同じように、俺は人差し指をそっと唇に当て、「この話は終わり」とジェスチャーで締めた。
「頑張って下さいね」
ポンと肩に手を乗せ、不思議がるヒルドにこれでもかって程の笑顔を手向ける。
これが、俺の精一杯の抵抗だ。
まぁ、メルだってそんなに何回も変身するもんじゃないだろう?
この時間を過ぎた外出は許可が必要だという事をさっき思い出してしまったせいで、妙に緊張してしまう。
何か、あるのだろうか。
扉の隙間から階下のシャワーの音が小さく入り込んでくる。
少し怖いなと思ってチェリーの所へ行こうかとも考えたが、ゾワリと駆け抜けた別の悪寒に断念を余儀なくされる。
けど、俺が恐怖を口にしたとしても、彼は普通に一歩の距離を置いて接してくれるんだろうなと思っている。
まさか抱き締められるとか、ベッドに押し倒されたりすることはないだろう。
窓にはカーテンが付いていない。
黒い闇に染められたガラスに恐怖を感じて、俺はさっとベッドに潜り込んで布団を頭まですっぽりと被った。
けれど――寝れやしない。
疲れ果てて眠かった筈なのに、下りてきてくれない睡魔に溜息を漏らし、俺はベッドを抜けて洋服のポケットから美緒の本を取り出した。
眠れないストレスで、闇への恐怖が半減してしまった。
ずっとポケットにいれたままだったラノベは、本全体が歪んでしまい、カバーの端がぐにゃりと折り曲がっている。
『異世界の魔王とセーラー服の女王様』
ここ数日ずっと異世界の文字を見つめてきただけあって、日本語というだけでホッとした。
再びベッドに転がって、ペラペラと読み始める。
生憎、俺たちの高校はブレザーだが、魔王の居る異世界へ日本の女子高生が行くというシチュエーションはそっくりだった。
けれど、あまりにも主人公が積極的に魔王へアピールしているところを見ると、チェリーみたいだなと笑ってしまう。
そして俺は暫く読書したまま、明かりも消さずに寝てしまったのだ。
☆
少し夜更かしをしてしまったらしい。
窓から見える太陽は既に高い位置まで昇っている。
美緒の本に無意識に挟んだ栞は、ページのちょうど真ん中の位置にあった。
「ユースケ、起きてる?」
階下からのチェリーの声。そういえば、目覚めに彼がいなかったのはこの家に来て初めての事だった。
彼の声以外にもバタバタと騒々しい音にピンときて、俺は「行きます!」と答えて着替えを急いだ。
階段まで漂ってくるコンソメ系のスープの匂いに、腹がキュウと音を立てる。空腹の腹を押さえながら、俺は「おはよう」とリビングに入った。
「あれ?」
そこに居た顔ぶれに、思わず眉をひそめる。
いつもの女バージョンのチェリーと、タキシード姿のゼスト。それと、トードの刺繍が入った青いワンピースに剣を背負ったメルに、もう一人。何でお前がここに?
「ヒルドさん、怪我は良くなったんですか?」
「うん。リトのお陰で、もうすっかりね」
おかっぱ頭のヒルドは朝食中のテーブルから立ち上がり、「ほら」と腕を叩いて見せる。リトがぎゅうっと握っていた羨ましい腕だ。
「朝、リトが俺んトコに来てな。コイツがお前に会いたいって言うんだよ」
「君の世界の話を聞かせてくれるって言っただろ? 約束したじゃないか」
それって、異世界人の俺に興味を持ったという事だろうか。
昨日の約束はまだ覚えているけど、こんなすぐの話だとは思わなかった。
「ユースケは、友達の女の子を連れ戻すために、この世界に来たのよ?」
メルの説明にヒルドは「うんうん」と腕を組み、そっと立てた自分の人差し指に何故かそっとキスをした。
「僕にも何か手伝わせてくれよ。ユースケは、共に戦った戦友だからね」
いや別に、そんな大そうなものじゃないだろう。
けど、たかが学校のトーナメントで一回戦っただけの相手を自分のスキルとして取り込んでしまうあたり、もうコイツの性分として受け取るしかないのかもしれない。
俺は空腹に耐えきれず、朝飯が置かれた席に着いた。メルとヒルドに挟まれながら「ありがとうございます」とパンを手に取り、向かいのゼストに目で助けを求める。
ゼストは「おぅ」と一つ頷いて、ヒルドに声を掛けた。
「手伝う、って。そういえば普段は何の仕事してるんだ?」
ヒルドはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに右手を額にかざして、無駄に決めポーズをとった。
「僕は芸術家なのさ。絵を描いているんだ。剣師でもあるけどね」
「絵ぇ?」
困惑顔のゼストとは対照的に、ヒルドは自慢気に「ハハン」と笑って、前髪をかき上げた。
「城にも一枚あるはずだけど? 『太陽の爆発』って花の絵がね」
「ああ! それなら知ってるぞ。あれをお前が描いたのか?」
「そうだよ」
絵の想像が全くつかないタイトルだが、ゼストは「すげぇな」と唸っている。
「どんな絵なのかしら?」と横からメルが小声で聞いてきて、俺は「花の絵?」と曖昧に返事することしかできなかった。
「でも、絵描きじゃなぁ」
「剣師でもあるって言ってるでしょ? シーモス討伐をウリにした酒場があるって聞いて、僕はこの町に来たんたよ?」
「剣師、って……あれでか?」
「昨日のは、シーモスじゃなかったじゃないか。ジーマが出るなんて反則だよ!」
腰を浮かせて必死に訴えるヒルド。ゼストは苦い顔をメルに向けた。
「メルはどう思う? お前は一応、今のユースケのパートナーだからな」
「メル? メルってメル隊の? 君がそのメルなの? そんなに可愛いのに?」
ヒルドはその名前に食い付いて、俺の左から右隣りへと身体を乗り出し、メルの手を取って目を潤ませた。
メルはいきなりの事に仰天して目を丸くする。
「そ、そうよ」
頬を紅潮させて、照れるメル。ヒルドは「うぉお」と歓喜の雄叫びを上げた。
「まだ幼いって噂は聞いてたけど。そうか、だからあんなに強かったんだね」
「うふふ」
ヒルドの褒め殺しに、メルはとっても嬉しそうだった。デレデレする表情に、俺は唇を尖らせる。
そして、昨日に続く俺の嫉妬心に追い打ちをかけるように、ヒルドは声高々に「よし」と宣言した。
「じゃあ決めた。僕もメル隊に入るよ」
「えええええっ?」
不満いっぱいに叫んだ俺の横で、メルは同じように「ええっ?」と叫んだが、声のトーンは真逆だ。
「ユースケ! ヒルドがメル隊に入ってくれるって!!」
破顔して、パチリパチリと手を叩くメル。
「お、おぅ。メルはいいのか?」
俺はメルにヤツの参加を断って欲しかった。メンバーが増えることは嬉しい事の筈なのに、俺とメルのコンビに異物を入れることをどうしても心から喜ぶことが出来ない。
「メルが喜んでるなら仕方ねぇだろ」
「やった! やっぱりゼストは僕のこと分かっているね」
俺とメルのドキドキ討伐コンビは、呆気なくトリオへと再編成されてしまった。
「その事なんだが、今日メルに一つ仕事を持ってきててな。一緒に行って貰えるか?」
突然ゼストがそんな話を始めた。
近場でモンスターが出たという事で、討伐してきて欲しいという事だ。
「ユースケは、ちょっと俺に付き合ってもらうから、メルとヒルドにお願いしたい。まぁ、メル一人で十分なくらいだけどな」
「いや、僕は行くよ! 僕は剣師だからね、ユースケより役に立ってみせるさ」
俺は鼻高々のヒルドを睨んで、嫉妬心を堪えた。
☆
チェリーが先に城へ戻り、俺たちはメルとヒルドが討伐へ行くのを見送る。
メルがゼストから詳細を聞いている間に、俺はヒルドに歩み寄った。
「緋色の魔女には気を付けてくださいね」
「え? 前の魔王の事?」
ヤシムに言われた時と同じように、俺は人差し指をそっと唇に当て、「この話は終わり」とジェスチャーで締めた。
「頑張って下さいね」
ポンと肩に手を乗せ、不思議がるヒルドにこれでもかって程の笑顔を手向ける。
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