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5章 ちょっと変わった酒場での、彼との出会い。
40 黒いアイツの肉を巡る剣師
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ローストビーフのような肉・シーモスを平らげた俺たちのテーブルに、次に運ばれてきたのは、やはり何かの肉が乗ったピザだった。
「これもシーモスのピザだからね。さっきのはどうだった? 美味しかった?」
「はい、全然癖もなくて美味しかったです」
あっさりした肉のせいか殆どソースの味だったが、カーボより食べやすいなと思った。
マスターは「よかったぁ」と笑顔で隣の席にも同じピザを運び、改めて俺たちの方へと踵を返した。
「今、グラニカはシーモスを流行らせようとしてるとこだからね。アンタさっき南から来たって言ってたけど、風呂に入りにグラニカに来たのかい?」
「閉鎖が解けるって噂を聞いたんで」
答えたのはチェリーだ。彼を気に入ったのか、マスターがにこやかにチェリーばかり見ている。
「耳が早いね、お客さん。メル隊が巨大カーボを倒したって専らの噂だよ。ここんとこ、その巨大カーボのせいで、とんと客足が途絶えてたけど、彼女のお陰でこの通りさ」
カーボを倒したメルの功績など役所仕事みたいなものだと思っていたが、きちんと評価されているんだと思うと、付いていっただけの身分なのに、何だか俺まで嬉しくなってしまう。
「メル隊は凄いんですね」
「まぁ、前に色々あったんだけどね。色んな噂も聞くけど、あの子にはみんな感謝してるのさ」
噂というのが気になるところだが、ただの観光客を装っている身なので、それ以上の質問はやめておくことにする。
代わりにチェリーが、アルコールに頬をほんのりと染めて「あの」とマスターに微笑んだ。自分の色気を分かっている顔だ。これぞキラースマイルというやつか。
チェリーの真っすぐな視線にマスターの彼女がハッと少女のような表情を見せて、「なぁに?」と隣席の空いた椅子を引き寄せて彼の横に座った。
「この国の王が、異世界から娘を集めてるって聞いてね。実際の所どうなのかなって思って」
俺は思わぬ質問に仰天したものの、チェリーの鋭い視線に気付いて衝動をぐっとこらえた。
マスターは「あはは」と笑って、「そうなんだよ」と右手をひらひらと振って見せる。
「女を囲い込む王様なんてのは良く聞く話だけどさ、胸が大きいのがいいだなんて変わった趣味だよね。本当にそんなの妃にしたら、国民の士気に関わるよ」
小馬鹿にした物言いのマスターに、当事者のチェリーが苦々しい表情を向けている。
「まぁ国民は、魔王様がご乱心だって噂してるよ。クラウ様はもっと真面目な人だと思ってたんだけどね。誰かに吹き込まれたんじゃないかね?」
身振り手振りで熱心に語るマスターは、実に楽しそうだった。胸の前でぷりんと巨乳を作って見せる彼女の胸は、もちろん貧乳だ。
不機嫌なチェリーを警戒しつつ、そんなマスターの話に聞き入っていると、突然店の後方が騒がしくなった。
「うぉーい!」と上機嫌に入って来る客。
もう既に酔っているらしい。扉の扱いが雑で、バタンと開いた音が大きく響く。
何事かと俺が入口を振り向いたところで、閉まろうとする扉の隙間から、一匹の黒い鳥が入り込んできた。
後ろで飲んでいた客もその鳥に気付いて、まるで待ち構えていたかのように「来たぞぉ」と何人かの声が上がると、店中の視線が次々に後ろへと向いた。
「魔法師はいないのか? 派手にぶっ放してるとこが見たいねぇ」
別の誰かが声を張り上げたが、返答する奴は誰も居なかった。
ここは魔法世界じゃなかったのか?
恐怖心を見せる者は誰も居ないが、その鳥は戦うべき相手らしい。
「お兄さんは剣師だったよね? 頼めるかい?」
「えっ?」
マスターは俺の腰を「それ」と指差す。無理ですと即答したい気持ちをぐっとこらえるが、戦う覚悟も出来てなどいない。
それはカラス程度の小さな黒い鳥だった。
全員が逃げ出さないところを見ると、危険度は高くない筈だ。
けど、俺が倒せる相手だとは思えない。
「厄介ね」と女に戻った声で呟くチェリー。マスターはその変化も気にせず、この騒動を説明した。
「あいつがシーモスよ。たまに入り込んでくるんだけど、倒した奴のお代はチャラにしてあげるっていう話。まぁ、イベントだね」
「悪い趣味してるね」とチェリーが小声で呟く。
俺はシーモスが鶏料理の区分なのかと悠長なことを頭に過ぎらせつつ、腰の剣に手を掛けた。
敵との戦闘というより、これは狩猟をしろという話だ。それだけで少し気持ちが軽くなる。
まだ他の挑戦者は出てこない。
マスターは立ち上がって店の中央へ進み、大きく手をパンパンと叩いて視線を集めた。
「シーモスの刺身は絶品だよ? さぁ、誰かやる人はいないかい? くれぐれも店に傷はつけないでおくれよ」
酒場としては広いが、戦うには大分狭い気がするが。
バタバタと天井をあっちへこっちへと飛び回るシーモスは、端から俺たちに敵意を剥き出しにしている素振りは見せなかった。
このまま扉を開いておけば勝手に出ていくだろう所を、あえて狩って食おうというのか。
けれど、前に出る客は居ない。
それって、リスクが高いってことなんじゃないか?
「行かないの?」と俺に歩み寄って来るマスターの声に、「兄ちゃん、やってやれ」と観客の挑発が沸き立った。まるで他人事だ。
「やらないなら――」
マスターが勢いのままに、手にした酒瓶をシーモスに向かって投げつけた。
「ギヒャッ!」と鳴く敵。酒瓶は奴の胴体にクリティカルヒットをかまし、地面に落ちて砕けた。
今まで自由に飛び回っていたシーモスが、標的を定めて向きを変えた。酒瓶の飛んできた方向――つまり、マスターの居る俺の正面だ。
「うえ……」
「どうする? ユースケ。シーモスはそんな獰猛じゃないっては聞くけど」
チェリーも焦りを見せるが、それでも俺より何倍も冷静だ。
「た、戦ったほうがいいんですよね?」
そんな会話している暇はなかった。
バタバタバタ! っと羽ばたいて、シーモスが正面から俺の視界の中心目掛けて飛んでくる。相手の攻撃力なんて知らないが、俺にとっては絶体絶命状態だ。
「ユースケ!」
恐怖に目を閉じてしまいそうになった瞬間、視界にチェリーの広い背中が飛び込んできた。
咄嗟に庇われたその向こうに、今度はチェリーを庇う男が現れる。
「駄目だなぁ、初心者が剣なんて持っちゃ」
得意げなセリフと共に登場した彼が払い上げた剣に、シーモスの黒い身体が弾かれた。バサリという衝突の後、床に落ちる鈍い音が響く。
息を飲むその瞬間、その一瞬の出来事の結末を予想して、俺は少しだけ安堵していた。
床でもがくシーモスに留めの切っ先を向けようとするのは、店の入り口付近で酒を飲んでいた、剣を持ったあのおかっぱ髪の男だった。
彼の勇姿に、店内を歓声が飛び交う。
「やったね」と無邪気な表情を見せる、おかっぱ男。
彼は最初に見たクールな印象とは違っていた。
ニタリと笑った目が、チェリーを通り越して俺を振り返る。
横たわるシーモスへの最期の一刃を見せつけたかったのだろうか。
けれど、それは彼の怠慢だ。
黒かった筈のシーモスの瞳が、白く光り出す。
「えっ? ちょっと……」
そう不安を口にしたのは、女マスターだった。
シーモスの変化におかっぱ男の反応が一拍遅れた。振り返り様の彼を下から突き上げるように、黒い身体が飛び上がる。
「うぉああああ」
体当たりのアッパーを食らったおかっぱは、驚愕の表情のまま仰向けに傾いていく。
後ろ足でたたらを踏み、大股で踏ん張った彼は、唇の端から流れ出た血を手で拭った。
天井に舞い上がったシーモスを見る彼の目が怯えている。
目の前でシーモスが変化していく様を目の当たりにして、俺は呆然とそこに立ち尽くしていた。
カラスのようだったシーモスの身体は、みるみるとその肉を増幅させていったのだ。
「これもシーモスのピザだからね。さっきのはどうだった? 美味しかった?」
「はい、全然癖もなくて美味しかったです」
あっさりした肉のせいか殆どソースの味だったが、カーボより食べやすいなと思った。
マスターは「よかったぁ」と笑顔で隣の席にも同じピザを運び、改めて俺たちの方へと踵を返した。
「今、グラニカはシーモスを流行らせようとしてるとこだからね。アンタさっき南から来たって言ってたけど、風呂に入りにグラニカに来たのかい?」
「閉鎖が解けるって噂を聞いたんで」
答えたのはチェリーだ。彼を気に入ったのか、マスターがにこやかにチェリーばかり見ている。
「耳が早いね、お客さん。メル隊が巨大カーボを倒したって専らの噂だよ。ここんとこ、その巨大カーボのせいで、とんと客足が途絶えてたけど、彼女のお陰でこの通りさ」
カーボを倒したメルの功績など役所仕事みたいなものだと思っていたが、きちんと評価されているんだと思うと、付いていっただけの身分なのに、何だか俺まで嬉しくなってしまう。
「メル隊は凄いんですね」
「まぁ、前に色々あったんだけどね。色んな噂も聞くけど、あの子にはみんな感謝してるのさ」
噂というのが気になるところだが、ただの観光客を装っている身なので、それ以上の質問はやめておくことにする。
代わりにチェリーが、アルコールに頬をほんのりと染めて「あの」とマスターに微笑んだ。自分の色気を分かっている顔だ。これぞキラースマイルというやつか。
チェリーの真っすぐな視線にマスターの彼女がハッと少女のような表情を見せて、「なぁに?」と隣席の空いた椅子を引き寄せて彼の横に座った。
「この国の王が、異世界から娘を集めてるって聞いてね。実際の所どうなのかなって思って」
俺は思わぬ質問に仰天したものの、チェリーの鋭い視線に気付いて衝動をぐっとこらえた。
マスターは「あはは」と笑って、「そうなんだよ」と右手をひらひらと振って見せる。
「女を囲い込む王様なんてのは良く聞く話だけどさ、胸が大きいのがいいだなんて変わった趣味だよね。本当にそんなの妃にしたら、国民の士気に関わるよ」
小馬鹿にした物言いのマスターに、当事者のチェリーが苦々しい表情を向けている。
「まぁ国民は、魔王様がご乱心だって噂してるよ。クラウ様はもっと真面目な人だと思ってたんだけどね。誰かに吹き込まれたんじゃないかね?」
身振り手振りで熱心に語るマスターは、実に楽しそうだった。胸の前でぷりんと巨乳を作って見せる彼女の胸は、もちろん貧乳だ。
不機嫌なチェリーを警戒しつつ、そんなマスターの話に聞き入っていると、突然店の後方が騒がしくなった。
「うぉーい!」と上機嫌に入って来る客。
もう既に酔っているらしい。扉の扱いが雑で、バタンと開いた音が大きく響く。
何事かと俺が入口を振り向いたところで、閉まろうとする扉の隙間から、一匹の黒い鳥が入り込んできた。
後ろで飲んでいた客もその鳥に気付いて、まるで待ち構えていたかのように「来たぞぉ」と何人かの声が上がると、店中の視線が次々に後ろへと向いた。
「魔法師はいないのか? 派手にぶっ放してるとこが見たいねぇ」
別の誰かが声を張り上げたが、返答する奴は誰も居なかった。
ここは魔法世界じゃなかったのか?
恐怖心を見せる者は誰も居ないが、その鳥は戦うべき相手らしい。
「お兄さんは剣師だったよね? 頼めるかい?」
「えっ?」
マスターは俺の腰を「それ」と指差す。無理ですと即答したい気持ちをぐっとこらえるが、戦う覚悟も出来てなどいない。
それはカラス程度の小さな黒い鳥だった。
全員が逃げ出さないところを見ると、危険度は高くない筈だ。
けど、俺が倒せる相手だとは思えない。
「厄介ね」と女に戻った声で呟くチェリー。マスターはその変化も気にせず、この騒動を説明した。
「あいつがシーモスよ。たまに入り込んでくるんだけど、倒した奴のお代はチャラにしてあげるっていう話。まぁ、イベントだね」
「悪い趣味してるね」とチェリーが小声で呟く。
俺はシーモスが鶏料理の区分なのかと悠長なことを頭に過ぎらせつつ、腰の剣に手を掛けた。
敵との戦闘というより、これは狩猟をしろという話だ。それだけで少し気持ちが軽くなる。
まだ他の挑戦者は出てこない。
マスターは立ち上がって店の中央へ進み、大きく手をパンパンと叩いて視線を集めた。
「シーモスの刺身は絶品だよ? さぁ、誰かやる人はいないかい? くれぐれも店に傷はつけないでおくれよ」
酒場としては広いが、戦うには大分狭い気がするが。
バタバタと天井をあっちへこっちへと飛び回るシーモスは、端から俺たちに敵意を剥き出しにしている素振りは見せなかった。
このまま扉を開いておけば勝手に出ていくだろう所を、あえて狩って食おうというのか。
けれど、前に出る客は居ない。
それって、リスクが高いってことなんじゃないか?
「行かないの?」と俺に歩み寄って来るマスターの声に、「兄ちゃん、やってやれ」と観客の挑発が沸き立った。まるで他人事だ。
「やらないなら――」
マスターが勢いのままに、手にした酒瓶をシーモスに向かって投げつけた。
「ギヒャッ!」と鳴く敵。酒瓶は奴の胴体にクリティカルヒットをかまし、地面に落ちて砕けた。
今まで自由に飛び回っていたシーモスが、標的を定めて向きを変えた。酒瓶の飛んできた方向――つまり、マスターの居る俺の正面だ。
「うえ……」
「どうする? ユースケ。シーモスはそんな獰猛じゃないっては聞くけど」
チェリーも焦りを見せるが、それでも俺より何倍も冷静だ。
「た、戦ったほうがいいんですよね?」
そんな会話している暇はなかった。
バタバタバタ! っと羽ばたいて、シーモスが正面から俺の視界の中心目掛けて飛んでくる。相手の攻撃力なんて知らないが、俺にとっては絶体絶命状態だ。
「ユースケ!」
恐怖に目を閉じてしまいそうになった瞬間、視界にチェリーの広い背中が飛び込んできた。
咄嗟に庇われたその向こうに、今度はチェリーを庇う男が現れる。
「駄目だなぁ、初心者が剣なんて持っちゃ」
得意げなセリフと共に登場した彼が払い上げた剣に、シーモスの黒い身体が弾かれた。バサリという衝突の後、床に落ちる鈍い音が響く。
息を飲むその瞬間、その一瞬の出来事の結末を予想して、俺は少しだけ安堵していた。
床でもがくシーモスに留めの切っ先を向けようとするのは、店の入り口付近で酒を飲んでいた、剣を持ったあのおかっぱ髪の男だった。
彼の勇姿に、店内を歓声が飛び交う。
「やったね」と無邪気な表情を見せる、おかっぱ男。
彼は最初に見たクールな印象とは違っていた。
ニタリと笑った目が、チェリーを通り越して俺を振り返る。
横たわるシーモスへの最期の一刃を見せつけたかったのだろうか。
けれど、それは彼の怠慢だ。
黒かった筈のシーモスの瞳が、白く光り出す。
「えっ? ちょっと……」
そう不安を口にしたのは、女マスターだった。
シーモスの変化におかっぱ男の反応が一拍遅れた。振り返り様の彼を下から突き上げるように、黒い身体が飛び上がる。
「うぉああああ」
体当たりのアッパーを食らったおかっぱは、驚愕の表情のまま仰向けに傾いていく。
後ろ足でたたらを踏み、大股で踏ん張った彼は、唇の端から流れ出た血を手で拭った。
天井に舞い上がったシーモスを見る彼の目が怯えている。
目の前でシーモスが変化していく様を目の当たりにして、俺は呆然とそこに立ち尽くしていた。
カラスのようだったシーモスの身体は、みるみるとその肉を増幅させていったのだ。
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