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3章 死を予感した時、人は本能を剥き出しにするものだ。
25 彼女の剣が長い理由は?
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緋色の魔女に気をつけろと言ったヤシムの言葉は、もしや赤い目をギラつかせるカーボの事なのだろうか。
どう見てもメスには見えないけれど。
正面から飛び掛かって来るカーボに姿勢を低くしたメル。
足から滑り込む姿勢で後ろ脚の股を潜った身体が、次の瞬間にはもうカーボに向けて攻撃態勢に入っている。
カーボが向きを変えようと捻った脇腹に、メルの長い刃の一撃。
響き渡ったカーボの叫び声に痛みがこっちにまで伝わってくる気がして、俺はザワリと震えた自分の肩を抱え込んだ。
戦いが始まって数分で、既にメルに勝機が見えた。
それでもカーボは、その図体から俺が想像する以上の俊敏さで立ち向かい、攻撃をやめようとはしなかった。
灰色の身体に黒く血液が滲むが、数回切られた位じゃヤツを制止させることはできない。
メルの小ささが優勢に向いているだけで、力はほぼ互角だ。
それにしても、メルの剣はどうしてあんなに長いのかと俺は疑問に思った。
その長さ故、太刀筋の速さがいささか鈍く見えてしまうのだ。
下へ払った切っ先が地面すれすれで土を触らないのは、彼女がそうさせているからだ。
少しずつ蓄積されるストレスに、メルが僅かだが疲れの表情を見せる。
こんな奴あっという間に倒せると豪語していたのに。
「きゃあ!」
戦闘の位置が林の方へと流れて行く中で、カーボに向けて振った剣の先が横にあった木の幹をこすり、メルの体制がぐらりと揺らいだ。
彼女は足を開いて転倒を回避させるが、一瞬の隙にカーボの口が小さな身体へ大きく開く。
唾液塗れの長い牙が、メルに向けて照準を定めた。
「メル―!」
彼女の危機に、俺は咄嗟に声を上げた。
彼女はその位で怯むような女の子じゃないのに、俺が叫んでしまったせいで、カーボのターゲットが一瞬でこっちにシフトしてしまった。
何でそこに居るんだと言わんばかりのメルの表情。
彼女は俺を見過ごすなんてしないだろう。
「うわぁ!」
俺にはどうすることもできなかった。腰の剣を引き抜いたところで何かできるとは到底思えず、構えてみようかという余裕すら起きない。
俺の声にカーボが身体ごと反応する。
俺を食おうとする意志を見せた姿は、あっちの世界の公園で初対面した時と同じだ。
こっちの方が何倍も大きいけれど。
「行かせないわ」
メルがカーボと同時に地面を蹴る。
いくらメルでも、魔法も使えない彼女が獣の足に追いつくはずはない。
俺は、全てを諦めるしかなかった。
もう終わりだと悟って、最期の恐怖を逃れようと目を瞑る。
カーボの足音が頭いっぱいに響いて、意識が遠退きそうになった瞬間。
ゴオッと生ぬるい空気が俺の顔目掛けて吹き付けてきた――ような気がした。
目の前でガシュリと肉を刺す鈍い音が響く。
その瞬間、俺は死さえ受け入れようとしたのに、数秒経った時の自分がまだ死んでいないことを認識して、そこから目を開くことが出来た。
足音はもうしなかった。
目の前で崩れる巨体は灰色のカーボだ。
コイツは、どんな最期を迎えたのだろう。そう思わざるを得ない光景が目の前に広がっている。
「メル……?」
俺は目の前に立つ少女に声を掛けた。けれどそれは俺の知っているメルじゃなかった。
赤い髪に赤い目をした、きっとこれが『緋色の魔女』なのだ。
どう見てもメスには見えないけれど。
正面から飛び掛かって来るカーボに姿勢を低くしたメル。
足から滑り込む姿勢で後ろ脚の股を潜った身体が、次の瞬間にはもうカーボに向けて攻撃態勢に入っている。
カーボが向きを変えようと捻った脇腹に、メルの長い刃の一撃。
響き渡ったカーボの叫び声に痛みがこっちにまで伝わってくる気がして、俺はザワリと震えた自分の肩を抱え込んだ。
戦いが始まって数分で、既にメルに勝機が見えた。
それでもカーボは、その図体から俺が想像する以上の俊敏さで立ち向かい、攻撃をやめようとはしなかった。
灰色の身体に黒く血液が滲むが、数回切られた位じゃヤツを制止させることはできない。
メルの小ささが優勢に向いているだけで、力はほぼ互角だ。
それにしても、メルの剣はどうしてあんなに長いのかと俺は疑問に思った。
その長さ故、太刀筋の速さがいささか鈍く見えてしまうのだ。
下へ払った切っ先が地面すれすれで土を触らないのは、彼女がそうさせているからだ。
少しずつ蓄積されるストレスに、メルが僅かだが疲れの表情を見せる。
こんな奴あっという間に倒せると豪語していたのに。
「きゃあ!」
戦闘の位置が林の方へと流れて行く中で、カーボに向けて振った剣の先が横にあった木の幹をこすり、メルの体制がぐらりと揺らいだ。
彼女は足を開いて転倒を回避させるが、一瞬の隙にカーボの口が小さな身体へ大きく開く。
唾液塗れの長い牙が、メルに向けて照準を定めた。
「メル―!」
彼女の危機に、俺は咄嗟に声を上げた。
彼女はその位で怯むような女の子じゃないのに、俺が叫んでしまったせいで、カーボのターゲットが一瞬でこっちにシフトしてしまった。
何でそこに居るんだと言わんばかりのメルの表情。
彼女は俺を見過ごすなんてしないだろう。
「うわぁ!」
俺にはどうすることもできなかった。腰の剣を引き抜いたところで何かできるとは到底思えず、構えてみようかという余裕すら起きない。
俺の声にカーボが身体ごと反応する。
俺を食おうとする意志を見せた姿は、あっちの世界の公園で初対面した時と同じだ。
こっちの方が何倍も大きいけれど。
「行かせないわ」
メルがカーボと同時に地面を蹴る。
いくらメルでも、魔法も使えない彼女が獣の足に追いつくはずはない。
俺は、全てを諦めるしかなかった。
もう終わりだと悟って、最期の恐怖を逃れようと目を瞑る。
カーボの足音が頭いっぱいに響いて、意識が遠退きそうになった瞬間。
ゴオッと生ぬるい空気が俺の顔目掛けて吹き付けてきた――ような気がした。
目の前でガシュリと肉を刺す鈍い音が響く。
その瞬間、俺は死さえ受け入れようとしたのに、数秒経った時の自分がまだ死んでいないことを認識して、そこから目を開くことが出来た。
足音はもうしなかった。
目の前で崩れる巨体は灰色のカーボだ。
コイツは、どんな最期を迎えたのだろう。そう思わざるを得ない光景が目の前に広がっている。
「メル……?」
俺は目の前に立つ少女に声を掛けた。けれどそれは俺の知っているメルじゃなかった。
赤い髪に赤い目をした、きっとこれが『緋色の魔女』なのだ。
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