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1章 彼女が異世界に行ったのは、どうやらその胸に理由があるらしい。
8 俺が魔王に勝てる王子様ポイントはゼロだということ
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こっちの世界で『魔王のイメージは?』と100人に聞いて、この男を想像する奴なんてきっと一人もいない。
だって魔王と言ったら、魔界や魔物の頂点に立つ男だ。
俺が今までに読んだラノベに出てきた魔王は、漆黒を背負った闇世界の王ばかりだった。
女の魔王だって居たけれど、少なくとも、こんなに爽やかじゃない。
それなのに、現実として俺の前に現れた魔王は、とんだ優男だったわけで。どう見てもラスボス感のない弱そうな奴だった。
けどコイツが魔王であろうがなかろうが、カーボから俺を救ってくれたのは間違いない。
「ただの王子様みたいだな、アンタは」
敗北宣言を込めたセリフを零して、同時にコイツに対する怒りが俺の沸点を突き抜けた。
「お前のせいで、美緒は居なくなったんだぞ?」
魔王クラウザーに詰め寄って、俺は衝動のままに胸ぐらを掴み上げていた。
見下ろされるほどの身長差。
クラウザーもといクラウは、
「まぁ、そんなに熱くならないでよ」
と、きつく握った俺の拳から、丁寧に自分のシャツを抜いて肩をすくめて見せた。
「楽しく生きれる余裕があるなら、そうした方がいいと思わない?」
「お前は王様だから、そんなこと言えるんだよ」
平民にはそんな余裕を手に入れる事さえ難しいのだ。理想に少しでも近づくために、勉強したり仕事したりしても、思い描いたものを手に入れられる奴なんてそうはいない。
「そうか。アンタみたいに何でも持ってる奴が、ハーレム作りたいだなんて言っちゃうんだな?」
「あのミオって子は、君の恋人なの?」
「いや……」
はいそうですと即答すれば良かったのだろうか。俺は咄嗟に嘘をつくことが出来なかった。
「じゃあ、僕が貰ってもいいよね?」
「駄目だ、それだけは!」
「どうして? あの子も楽しそうに見えたけど?」
屈託のない、自信満々の笑顔。
コイツの肩書から、魔王の『魔』って字さえ捨てちまえば、それこそ美緒の望む王子様なんじゃないだろうか。
こんな男に見初められたら、女なら誰でも一瞬で心を奪われてしまうのかもしれない。
「会ったのか? 美緒に」
「会ったよ、昨日の夜にね」
「夜? マーテルさんは、美緒がそっちの世界に行ったのは今朝だったって言ってたぞ」
「世界の記憶が改変されるまで、数時間かかるんだよ。実際、彼女が門を潜ったのはこっちの世界だと朝の5時くらいだよ。向こうとは時差が半日あるから、彼女が飛んだ時、向こうは夕方だったんだ」
そういう事か、と俺が納得すると、クラウは「あと」と補足を入れた。
「こっちの時間は、単純に向こうの半分のスピードで流れる。だから、ミオが向こうに行ってから過ぎた時間は、こっちだと5時間程度だけれど、向こうでは10時間経っているってことなんだよ。わかるかな?」
「つまり、そっちに2か月居ても、戻って来ると1か月しか経ってないって事か」
「そう。それで、昨日初めてミオに会ったのは夜だったから、お休みの挨拶をさせてもらったよ」
「お休みの挨拶!? アイツに何したんだよ!」
「知りたい? 言わないけどね」
口元に意味深な笑みを残して、クラウはジャングルジムの鉄柱に軽く背を預けた。日差し効果で熱くなっていたのか、おもむろに顔をしかめ、太陽を仰いだ視線を再び俺へ戻す。
「男女の情事についてなんて、ベラベラと話すものじゃないだろう?」
「情事、って何だよ。それをアイツは喜んでるのか?」
遠回しな言葉を使われると、卑猥なイメージばかり浮かんでくる。
「喜んでいたけどね」
「ううっ……」
想像しただけで胃潰瘍になりそうだ。俺は美緒がコイツに抱かれている妄想を何度も頭の外に追いやって、殴りたくなる怒りを押さえつけた。
そしてまた、近くに別の気配を感じた。
カーボとの再遭遇を予感して、背中がブルと震える。反射的にクラウの陰に移動してしまう自分が情けないが、それが自分にとって最善だ。
俺にとっては猛獣だが、コイツにとってはレベル1のモンスターを相手にしてるようなものだろう。
けれど、異世界人か異世界犬かと予想した頭が現実を知って、俺は慌ててクラウの前に飛び出たのだ。
公園の入り口で、知らないおばちゃん二人組がヒソヒソと立ち話をしている。しかも、チラチラと顔がこっちを向いていた。
まぁ、公園に居たマント姿の不審者に噂話を弾ませていたという所だろう。
まさかと思ってはいたけれど、異世界人は誰にでも見えるらしい。
「どうしたの? そういえば、君の名前を聞いていなかったね。何ていうの?」
この期に及んで、異世界の魔王は俺に自己紹介を求めてきた。おばちゃんたちの視線も全く気にならない様子で、挙句の果てには愛想良く笑顔で手を振っていたのだ。
(何だと?)
そして、女ってのは何てミーハーなんだろう。彼女たちの目にはマントの怪しさなど眼中にはないらしい。
おばちゃんたちは「きゃあきゃあ」と歓声を上げながら手を振り返し、そこから去っていったのだ。
さっきのヒソヒソ話は不審者に対するものじゃなく、『あんな所にイケメンが居るわ』だったようだ。
(イケメンなら何でもアリなのかよ)
「何だよ、お前……」
長い脚も顔も、表情までも王子様レベルが高すぎる。
平凡レベル100で、エロ経験値も底レベルの俺には、コイツに対する勝ちどころなんて何もなかった。
だって魔王と言ったら、魔界や魔物の頂点に立つ男だ。
俺が今までに読んだラノベに出てきた魔王は、漆黒を背負った闇世界の王ばかりだった。
女の魔王だって居たけれど、少なくとも、こんなに爽やかじゃない。
それなのに、現実として俺の前に現れた魔王は、とんだ優男だったわけで。どう見てもラスボス感のない弱そうな奴だった。
けどコイツが魔王であろうがなかろうが、カーボから俺を救ってくれたのは間違いない。
「ただの王子様みたいだな、アンタは」
敗北宣言を込めたセリフを零して、同時にコイツに対する怒りが俺の沸点を突き抜けた。
「お前のせいで、美緒は居なくなったんだぞ?」
魔王クラウザーに詰め寄って、俺は衝動のままに胸ぐらを掴み上げていた。
見下ろされるほどの身長差。
クラウザーもといクラウは、
「まぁ、そんなに熱くならないでよ」
と、きつく握った俺の拳から、丁寧に自分のシャツを抜いて肩をすくめて見せた。
「楽しく生きれる余裕があるなら、そうした方がいいと思わない?」
「お前は王様だから、そんなこと言えるんだよ」
平民にはそんな余裕を手に入れる事さえ難しいのだ。理想に少しでも近づくために、勉強したり仕事したりしても、思い描いたものを手に入れられる奴なんてそうはいない。
「そうか。アンタみたいに何でも持ってる奴が、ハーレム作りたいだなんて言っちゃうんだな?」
「あのミオって子は、君の恋人なの?」
「いや……」
はいそうですと即答すれば良かったのだろうか。俺は咄嗟に嘘をつくことが出来なかった。
「じゃあ、僕が貰ってもいいよね?」
「駄目だ、それだけは!」
「どうして? あの子も楽しそうに見えたけど?」
屈託のない、自信満々の笑顔。
コイツの肩書から、魔王の『魔』って字さえ捨てちまえば、それこそ美緒の望む王子様なんじゃないだろうか。
こんな男に見初められたら、女なら誰でも一瞬で心を奪われてしまうのかもしれない。
「会ったのか? 美緒に」
「会ったよ、昨日の夜にね」
「夜? マーテルさんは、美緒がそっちの世界に行ったのは今朝だったって言ってたぞ」
「世界の記憶が改変されるまで、数時間かかるんだよ。実際、彼女が門を潜ったのはこっちの世界だと朝の5時くらいだよ。向こうとは時差が半日あるから、彼女が飛んだ時、向こうは夕方だったんだ」
そういう事か、と俺が納得すると、クラウは「あと」と補足を入れた。
「こっちの時間は、単純に向こうの半分のスピードで流れる。だから、ミオが向こうに行ってから過ぎた時間は、こっちだと5時間程度だけれど、向こうでは10時間経っているってことなんだよ。わかるかな?」
「つまり、そっちに2か月居ても、戻って来ると1か月しか経ってないって事か」
「そう。それで、昨日初めてミオに会ったのは夜だったから、お休みの挨拶をさせてもらったよ」
「お休みの挨拶!? アイツに何したんだよ!」
「知りたい? 言わないけどね」
口元に意味深な笑みを残して、クラウはジャングルジムの鉄柱に軽く背を預けた。日差し効果で熱くなっていたのか、おもむろに顔をしかめ、太陽を仰いだ視線を再び俺へ戻す。
「男女の情事についてなんて、ベラベラと話すものじゃないだろう?」
「情事、って何だよ。それをアイツは喜んでるのか?」
遠回しな言葉を使われると、卑猥なイメージばかり浮かんでくる。
「喜んでいたけどね」
「ううっ……」
想像しただけで胃潰瘍になりそうだ。俺は美緒がコイツに抱かれている妄想を何度も頭の外に追いやって、殴りたくなる怒りを押さえつけた。
そしてまた、近くに別の気配を感じた。
カーボとの再遭遇を予感して、背中がブルと震える。反射的にクラウの陰に移動してしまう自分が情けないが、それが自分にとって最善だ。
俺にとっては猛獣だが、コイツにとってはレベル1のモンスターを相手にしてるようなものだろう。
けれど、異世界人か異世界犬かと予想した頭が現実を知って、俺は慌ててクラウの前に飛び出たのだ。
公園の入り口で、知らないおばちゃん二人組がヒソヒソと立ち話をしている。しかも、チラチラと顔がこっちを向いていた。
まぁ、公園に居たマント姿の不審者に噂話を弾ませていたという所だろう。
まさかと思ってはいたけれど、異世界人は誰にでも見えるらしい。
「どうしたの? そういえば、君の名前を聞いていなかったね。何ていうの?」
この期に及んで、異世界の魔王は俺に自己紹介を求めてきた。おばちゃんたちの視線も全く気にならない様子で、挙句の果てには愛想良く笑顔で手を振っていたのだ。
(何だと?)
そして、女ってのは何てミーハーなんだろう。彼女たちの目にはマントの怪しさなど眼中にはないらしい。
おばちゃんたちは「きゃあきゃあ」と歓声を上げながら手を振り返し、そこから去っていったのだ。
さっきのヒソヒソ話は不審者に対するものじゃなく、『あんな所にイケメンが居るわ』だったようだ。
(イケメンなら何でもアリなのかよ)
「何だよ、お前……」
長い脚も顔も、表情までも王子様レベルが高すぎる。
平凡レベル100で、エロ経験値も底レベルの俺には、コイツに対する勝ちどころなんて何もなかった。
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