上 下
168 / 190
12章 禁忌の代償

154 取り寄せられた戦力

しおりを挟む
 「伏せろ」と叫ばれた声に、反射的に身体が動いた。
 そうしなかったら死んでいたかもしれない。

「耳を塞いで!」

 地面にうずくまって両耳を押さえると、空気をたっぷりと含んだ激しい銃声が鳴って、目の前で派手な炎が破裂した。
 衝撃に地面が揺れ、土煙がバラバラとみさぎの頭上に石の雨を降らせる。

「ひぃぃ」

 何が起きているのか瞬時に理解できなかったが、みさぎを捕らえようと迫ったハロンの手は視界から消えていた。
 オォンという咆哮ほうこうの位置が遠いことに気付いて顔を起こす。
 白い煙を立ち上らせた巨体は、数十メートル先でバサバサと羽をはばたかせていた。

「今のって、銃……だった?」

 危機一髪の状況からみさぎを救ったのは魔法じゃない。
 さっきの声の主が誰なのかは分かっていた。相手を確信して振り向くと、おかっぱ髪を振り乱した、ターメイヤの宰相さいしょうこと、兵学校鬼教官ギャロップメイこと、担任の中條明和なかじょうめいわ硝煙しょうえんを立ち上らせた円柱形の武器を肩にかついだまま走り寄ってきた。

「怪我はしていませんか?」

 みさぎが驚愕きょうがくしたまま「はい」とうなずくと、中條は「そうですか」と薄く微笑む。

流石さすがウィザードの防御力だ。少し近いとは思ったんですが、貴女ならと思って」
「そ、そうだったんですか。生きてて良かった……」

 ビジネス用のロングコートに合わせるには、大分違和感のある装備だ。
 ロケットランチャーとか、バズーカ砲とかいうやつだろうか。戦争系のゲームで戦車に向かって打ち込む武器だ。

 ハロンも衝撃の割に大したダメージを受けた感じはしないが、それでも腹をよじらせてもがいている。

「戦争だっていうのに、大人しく静観していられるような性格じゃないんですよ。こんなの撃った所で、威嚇いかく程度にしかなりませんが」
「そんなことないです。先生が居なかったら、私は多分やられてたと思う」
「まぁ、無事で良かった。貴女が幾ら強いと言っても、油断は禁物ですよ」

 中條は口の端をそっと上げて、ハロンを見据えた。
 みさぎは「はい」と肩をすくめる。ハロンに丸薬を食べられてしまったなんてことは、口が裂けても言えない。

「けど、この武器ってどこで手に入れたんですか?」
「通販ですよ。ターメイヤに銃はありませんからね」
「えっ、通販で買えるんですか?」

 みさぎは目を丸くする。こんな武器がそう簡単に取り寄せられるなんて考えられない。
 こういうのは闇取引か何か悪いルートで仕入れるもののような気がしてならない。

勿論もちろん許可は取ってますよ。この程度のものを入手するくらい、何てことはありません。私たちがこの世界に転移して、十年間学校運営をしたことに比べればね。ターメイヤの人間として戦う事はタブーですが、この世界の武器でなら……グレーゾーンと言えるのではないですか?」
「どうなんだろう……」

 大分ポジティブな解釈のようにも聞こえるが、中條は顔色一つ変えずに再びランチャーへの弾込めをする。
 みさぎは立ち上がって、ひざについた雪を払った。

 攻撃態勢に入ろうとするハロンに向けて中條が腰を落とす。立ち膝でランチャーを肩に構えると、躊躇ちゅうちょなく二発目を放った。

 「行きますよ」の声が遅く、みさぎは再び「きゃあ」と耳を塞ぐ。
 衝撃にもがくハロンをここへ残し、一刻も早く咲の所へ行きたかった。そっと走り出そうと北に向いた視線が、土埃つちぼこりの中に智を捕らえる。

「智くん!」
「リーナ! 今の音何?」

 駆け寄って来た智が中條の姿にその状況を理解して、「えぇ?」と声を上げた。

「……って、教官は大分物騒な格好していますね」

 智の視線は中條の担ぐランチャーに釘付けだ。
 みさぎはそんな彼の腕を掴む。

「智くん、咲ちゃんは大丈夫なの?」
「リーナ……大丈夫、ヒルスは生きてるよ。俺もできることはしたけど、あとはリーナに頼んでもいい?」

 改まった彼の申し訳なさそうな笑顔で、状況が良くないことは分かった。
 智はみさぎの肩に手を乗せて、がっくりと頭を下げる。

「救ってやってくれ」

 彼の手が震えていた。悲痛な面持おももちに、みさぎは「分かったよ」と返事する。

「智くん、咲ちゃんを助けてくれてありがとうね」

 智は無言で首を横に振った。

「ここは貴方に任せますよ」

 中條がランチャーのストラップをぐるりと回して、武器を背中へ送った。続けて腰にぶら下げた袋から、またもや物騒な武器を取り出す。

「私の応戦はここまでにしておきます」

 みさぎはそれを一瞬棍棒こんぼうか何かかと思ったが、すぐにそうじゃないと分かって眉を上げた。
 先端に缶のような筒が付いた棒状の武器は、殴るものではなく投げつけるものだ。戦争映画やゲームの中で見たことがある。

「これも通販なんですか?」
「そうですよ」
「レプリカじゃないんですか……」

 冷ややかな笑みに愉悦ゆえつが混じる。中條の手を覗き込んだ智は、ギョッとして顔を引きつらせた。
 中條は柄の先にぶら下がったピンを抜くと、威嚇いかくするように羽を広げたハロンに向けて武器を放り投げる。

 手榴弾──ポテトマッシャーとかいうやつだ。れんが一時期ミリタリーにハマって、ゲームをしながら力説していたのを思い出す。
 昔の戦争映画に出てくるような武器が、今の時代に通販で買えるなんて信じられない。

 みさぎが予想した通り、棒付の手榴弾は弧を描いてハロンに命中した。火を吹く武器の衝撃に、ハロンどころかみさぎも声を上げる。

「大丈夫か、リーナ」

 咄嗟とっさに智がみさぎをかばった。「ありがとう」と伝えると、彼は薄く笑んでハロンへと身体を向ける。

「行って下さい」

 二人を北へとうながし、智は一つ、二つ、と魔法陣を宙に浮かべる。
 同時に発動させた炎が、辺り一帯を赤い光で照らしつけた。

「智くん、気を付けてね」

 ハロンと彼をここに置いて、先を急がねばならない。
 みさぎは中條に合図して、同時に地面を蹴った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

俺と合体した魔王の娘が残念すぎる

めらめら
ファンタジー
魔法が使えない中学生、御崎ソーマ。 ソーマはある事件をきっかけに、異世界からやって来た魔王の第3王女ルシオンと合体してしまう。 何かを探すために魔物を狩りまくるルシオンに、振り回されまくるソーマ。 崩壊する日常。 2人に襲いかかる異世界の魔王たち。 どうなるソーマの生活。 どうなるこの世界。 不定期ゆっくり連載。 残酷な描写あり。 微エロ注意。 ご意見、ご感想をいただくとめちゃくちゃ喜びます。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ
ファンタジー
自身の暗い性格をコンプレックスに思っていた男が死んで異世界転生してしまう。 転生した先では性別が変わってしまい、いわゆるTS転生を果たして生活することとなった。 せっかく異世界ファンタジーで魔法の才能に溢れた美少女になったのだ。元男は前世では掴めなかった幸せのために奮闘するのであった。 これは前世での後悔を引きずりながらもがんばっていく、TS少女の物語である。 ※この作品は他サイトにも掲載しています。

世界最速の『魔法陣使い』~ハズレ固有魔法【速記術】で追放された俺は、古代魔法として廃れゆく『魔法陣』を高速展開して魔導士街道を駆け上がる~

葵すもも
ファンタジー
 十五歳の誕生日、人々は神から『魔力』と『固有魔法』を授かる。  固有魔法【焔の魔法剣】の名家――レヴィストロース家の長男として生まれたジルベール・レヴィストロースには、世継ぎとして大きな期待がかかっていた。  しかし、【焔の魔法剣】に選ばれたのは長男のジルベールではなく、次男のセドリックだった。  ジルベールに授けられた固有魔法は――【速記術】――  明らかに戦闘向きではない固有魔法を与えられたジルベールは、一族の恥さらしとして、家を追放されてしまう。  一日にして富も地位も、そして「大魔導になる」という夢も失ったジルベールは、辿り着いた山小屋で、詠唱魔法が主流となり現在では失われつつあった古代魔法――『魔法陣』の魔導書を見つける。  ジルベールは無為な時間を浪費するのように【速記術】を用いて『魔法陣』の模写に勤しむ毎日を送るが、そんな生活も半年が過ぎた頃、森の中を少女の悲鳴が木霊した。  ジルベールは修道服に身を包んだ少女――レリア・シルメリアを助けるべく上級魔導士と相対するが、攻撃魔法を使えないジルベールは劣勢を強いられ、ついには相手の魔法詠唱が完成してしまう。  男の怒声にも似た詠唱が鳴り響き、全てを諦めたその瞬間、ジルベールの脳裏に浮かんだのは、失意の中、何千回、何万回と模写を繰り返した――『魔法陣』だった。  これは家を追われ絶望のどん底に突き落とされたジルベールが、ハズレ固有魔法と思われた【速記術】を駆使して、仲間と共に世界最速の『魔法陣』使いへと成り上がっていく、そんな物語。 -------- ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

処理中です...