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9章 旗
125 犬と猫
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お泊り会が終わり、部活動の為に休日の混みあった駅へ移動する。
今日は昨日の雨が嘘のように晴れ上がっていた。
昨夜はあれから暫く湊とくっついていたが、気が緩んだ途端睡魔に襲われたみさぎが、眠気に負けてベッドに戻った。
「私、鼾すごくなかった?」
「別にいつもと変わりなかったけど」
「ええっ」
毎日電車で居眠りをしているけれど、もう耳慣れてしまう程酷い音を立てているのだろうか。
「いや、静かだってことだよ」
前に蓮の足音を注意したら、「お前は鼾がうるさい」と言われたことがある。
「信じさせて」
みさぎは晴天を見上げた顔を、がっくりと地面に落とした。
湊は「そんなの気にしなくていいよ」と笑う。
「湊くんって料理も上手なんだね」
「料理って、さっきのおかゆのこと? あんなの料理って程じゃないだろ。昨日のカレーも美味しかったよ」
「あれは殆ど咲ちゃんが作ったんだもん。私は手伝っただけだよ。前に咲ちゃんがウチに泊まった時も、カレー作ってくれたの」
朝、蓮がおかゆのレシピを聞いてきて、みさぎは全く答えることができなかった。
仕方なくスマホで検索しようとした蓮に、「だったら俺が」と名乗り出た湊を尊敬すると同時に、役に立たない自分を恨む。
「私も湊くんのおかゆ食べたかったな」
「別にあれくらいなら、今度みさぎにも作るよ」
「ほんと? 嬉しい!」
みさぎが「やったぁ」と声を上げると、湊は「そんなに?」と笑った。
「料理なんて、食べられればいいんだよ。俺はほら、弟と二人でこっそり夜食作ったりしてるから慣れてるんだよ。ラルの頃は野宿も多くて色々やらされてたからね」
湊はラルフォンだったターメイヤ時代、傭兵の父と一緒に各国の戦場を渡り歩いていた。
「そっか。咲ちゃんも兄様の時、野外訓練で作ってたからできるんだって言ってたもんなぁ」
「そう言う事。俺は隊でも一番下っ端だったから。動物も捌いてたしね」
「凄い。サバイバルだね。私はあんまり炊き出しとかした記憶ないなぁ」
「そりゃ、ウィザードのリーナ様に食事作らせたりなんてしないだろ」
「そういうこと……なの?」
言われるまま振り返ってみると思い当たる節がたくさん出てきて、みさぎは肩をすくめた。申し訳ないような、情けない気がしてしまう。
「いいんだよ。城とか軍に居る人間は、自分の役割ってのがそれぞれあるんだから。リーナの役目は食事を作る事じゃなかったってことだよ。けど、ハリオス様の家ではどうしてたんだ?」
戦争で孤児になったリーナは、ヒルスとともにハリオスの家で暮らしていた。
ハリオスは賢者だけれど、戦後は現役を退いて家に居ることが多かった。
「家ではハリオス様が作ってくれたの。おじいちゃんは料理が上手で、ごはんがとっても美味しいんだよ」
「へぇ。だったら田中商店のパンって、ハリオス様が作ってるのかな。前から思ってたんだけど、ルーシャってそういうイメージなかったから」
「あぁ、そう言われてみれば……」
確かにルーシャが料理をしている記憶はない。前に湊たちの訓練を見に行った時にパンを焼いてくれたけれど、みさぎが店に着いた時には既にオーブンに入った状態だった。
「じゃあ、今日のお昼は智くんと三人でお店に行ってみようよ」
「そうしようか」
駅が見えてきたところで、路地から茶色の猫が飛び出てきた。急なことに驚いて、みさぎが「きゃあ」と慌てて湊の腕を掴む。
「大丈夫だよ」
湊はそのままみさぎと手を繋いで、走り去る猫の背を嬉しそうに眺めた。
「びっくりしたけど可愛いね。湊くんって、犬と猫どっちが好き?」
何気ない質問をしたのに、湊は何故か「えっ」と眉を顰める。
「ね、猫かな」
彼が動揺している気がして、みさぎが顔を覗き込むと、湊は気まずそうに眼を逸らした。
「そうなんだ。私は犬の方が好きかな。どっちも飼ったことはないけど、湊くんはある?」
「いや、うちはマンションだからさ」
「そっか。けど部屋に猫とかいたら癒されそうだね」
「……だな」
ペットの話題で何か話したくない事でもあるのだろうか。深く聞くのは申し訳ない気がして、みさぎは先日の中條のことを話した。
「そういえば中條先生の家って、猫が居るんだよね」
あの日顔が傷だらけだった原因は、飼っている猫のせいだと言っていた。意外だけれどクールな彼に猫と言うシチュエーションが妙に合っている気がしてしまう。
けれど、みさぎのそんな妄想を湊が「そうじゃないと思うよ」と否定した。
「海堂も言ってただろ? 多分、猫なんて飼ってないよ。あれは──」
飼い猫の真相を湊の口から聞いて、みさぎは「えええっ」と仰天した。
☆
その後、白樺台の駅に着いたところで、みさぎのスマホに咲からのメールが届いた。
「咲ちゃん、熱下がったみたい」
『湊』と言う文字は一度も出てこなかったが、これは彼へのメッセージだった。
『ごちそうさま』という短い言葉とともに貼り付けられた写真を湊に向ける。
おかゆを食べた後の空の器に、三十六度五分の表示が出た体温計が写っている。
「良かったって返事しといて」
湊はみさぎの手を引いて、駅舎で待っている智に「おはよ」と声を掛けた。
今日は昨日の雨が嘘のように晴れ上がっていた。
昨夜はあれから暫く湊とくっついていたが、気が緩んだ途端睡魔に襲われたみさぎが、眠気に負けてベッドに戻った。
「私、鼾すごくなかった?」
「別にいつもと変わりなかったけど」
「ええっ」
毎日電車で居眠りをしているけれど、もう耳慣れてしまう程酷い音を立てているのだろうか。
「いや、静かだってことだよ」
前に蓮の足音を注意したら、「お前は鼾がうるさい」と言われたことがある。
「信じさせて」
みさぎは晴天を見上げた顔を、がっくりと地面に落とした。
湊は「そんなの気にしなくていいよ」と笑う。
「湊くんって料理も上手なんだね」
「料理って、さっきのおかゆのこと? あんなの料理って程じゃないだろ。昨日のカレーも美味しかったよ」
「あれは殆ど咲ちゃんが作ったんだもん。私は手伝っただけだよ。前に咲ちゃんがウチに泊まった時も、カレー作ってくれたの」
朝、蓮がおかゆのレシピを聞いてきて、みさぎは全く答えることができなかった。
仕方なくスマホで検索しようとした蓮に、「だったら俺が」と名乗り出た湊を尊敬すると同時に、役に立たない自分を恨む。
「私も湊くんのおかゆ食べたかったな」
「別にあれくらいなら、今度みさぎにも作るよ」
「ほんと? 嬉しい!」
みさぎが「やったぁ」と声を上げると、湊は「そんなに?」と笑った。
「料理なんて、食べられればいいんだよ。俺はほら、弟と二人でこっそり夜食作ったりしてるから慣れてるんだよ。ラルの頃は野宿も多くて色々やらされてたからね」
湊はラルフォンだったターメイヤ時代、傭兵の父と一緒に各国の戦場を渡り歩いていた。
「そっか。咲ちゃんも兄様の時、野外訓練で作ってたからできるんだって言ってたもんなぁ」
「そう言う事。俺は隊でも一番下っ端だったから。動物も捌いてたしね」
「凄い。サバイバルだね。私はあんまり炊き出しとかした記憶ないなぁ」
「そりゃ、ウィザードのリーナ様に食事作らせたりなんてしないだろ」
「そういうこと……なの?」
言われるまま振り返ってみると思い当たる節がたくさん出てきて、みさぎは肩をすくめた。申し訳ないような、情けない気がしてしまう。
「いいんだよ。城とか軍に居る人間は、自分の役割ってのがそれぞれあるんだから。リーナの役目は食事を作る事じゃなかったってことだよ。けど、ハリオス様の家ではどうしてたんだ?」
戦争で孤児になったリーナは、ヒルスとともにハリオスの家で暮らしていた。
ハリオスは賢者だけれど、戦後は現役を退いて家に居ることが多かった。
「家ではハリオス様が作ってくれたの。おじいちゃんは料理が上手で、ごはんがとっても美味しいんだよ」
「へぇ。だったら田中商店のパンって、ハリオス様が作ってるのかな。前から思ってたんだけど、ルーシャってそういうイメージなかったから」
「あぁ、そう言われてみれば……」
確かにルーシャが料理をしている記憶はない。前に湊たちの訓練を見に行った時にパンを焼いてくれたけれど、みさぎが店に着いた時には既にオーブンに入った状態だった。
「じゃあ、今日のお昼は智くんと三人でお店に行ってみようよ」
「そうしようか」
駅が見えてきたところで、路地から茶色の猫が飛び出てきた。急なことに驚いて、みさぎが「きゃあ」と慌てて湊の腕を掴む。
「大丈夫だよ」
湊はそのままみさぎと手を繋いで、走り去る猫の背を嬉しそうに眺めた。
「びっくりしたけど可愛いね。湊くんって、犬と猫どっちが好き?」
何気ない質問をしたのに、湊は何故か「えっ」と眉を顰める。
「ね、猫かな」
彼が動揺している気がして、みさぎが顔を覗き込むと、湊は気まずそうに眼を逸らした。
「そうなんだ。私は犬の方が好きかな。どっちも飼ったことはないけど、湊くんはある?」
「いや、うちはマンションだからさ」
「そっか。けど部屋に猫とかいたら癒されそうだね」
「……だな」
ペットの話題で何か話したくない事でもあるのだろうか。深く聞くのは申し訳ない気がして、みさぎは先日の中條のことを話した。
「そういえば中條先生の家って、猫が居るんだよね」
あの日顔が傷だらけだった原因は、飼っている猫のせいだと言っていた。意外だけれどクールな彼に猫と言うシチュエーションが妙に合っている気がしてしまう。
けれど、みさぎのそんな妄想を湊が「そうじゃないと思うよ」と否定した。
「海堂も言ってただろ? 多分、猫なんて飼ってないよ。あれは──」
飼い猫の真相を湊の口から聞いて、みさぎは「えええっ」と仰天した。
☆
その後、白樺台の駅に着いたところで、みさぎのスマホに咲からのメールが届いた。
「咲ちゃん、熱下がったみたい」
『湊』と言う文字は一度も出てこなかったが、これは彼へのメッセージだった。
『ごちそうさま』という短い言葉とともに貼り付けられた写真を湊に向ける。
おかゆを食べた後の空の器に、三十六度五分の表示が出た体温計が写っている。
「良かったって返事しといて」
湊はみさぎの手を引いて、駅舎で待っている智に「おはよ」と声を掛けた。
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