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8章 あの日と同じ雨

111 雨が降ったら

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「あの二人、そういう関係なのかな?」

 帰りの電車は、いつも通り閑散かんさんとしている。客と言えば遠くのボックス席に一人と、あとは隣の車両に数人のみだ。

「詳しくは話してくれなかったけど、そういうことなんじゃない?」

 中條ギャロップメイの過去はよく分からないが、ルーシャとの仲はあまり良くないと、昔ヒルスが言っていた気がする。だから恋人同士かなと疑ったところで、みさぎにはあまりピンとこなかった。
 絢も「付き合ってるわけないでしょう?」の一点張りで、真相は謎に包まれたままだ。

 雨はむ気配を見せず、強まるばかりだ。大きな雨粒を横に打ち付ける窓を振り向いて、みさぎはうれいをびた顔をガラスに貼りつけた。

「私、本当に帰ってきてよかったのかな」
「ルーシャも言ってただろ? あんまり深く考えなくていいよ。この間も学校サボったじゃん」

 あれは寝不足だったみさぎが朝の電車で居眠りした時だ。
 ハードルだという体育の授業に憂鬱ゆううつさを感じていたみさぎに、湊がサボリを提案した。
 結局サボってまで行ったのはいつもの広場だったけれど、そこで湊に好きだと言われて付き合うことになった。

 その時の事を思い出して、「そうだね」と返事した声がニヤけてしまう。
 あの時の方が良くないことをしていたはずなのに、今日の方が罪悪感を大きく感じてしまう。

「みさぎは雨が嫌なんじゃなくて、雨の中一人でいるのがダメなんだろ? もしハロン戦で雨が降ったら、俺はみさぎの側に行くから。待っててくれる?」
「湊くん……」

 ターメイヤでのハロン戦で負傷したリーナは、瀕死ひんしの状態で雨の中動くことができず、死を覚悟した。
 あの時の感覚が記憶の端にこびり付いて、雨が降ると全身に下りてくる。

「雨に慣れればそりゃいいんだろうけど、別に慣れなくたって構わない。海堂かいどうだってともだって、みさぎのこと見捨てたりしないから。けど、たとえ結果が伴わなくても、少しずつ慣らしていこう。効果的かどうかは分からないけど、雨の日はデートしようか」
「デート? えっ……本当に?」
「うん。今日は遅いから、少しだけ町を歩こうか」

 みさぎはパッと笑顔を広げた。
 おかしなくらい単純だけれど、初めて雨が嬉しいと思った。
 「うんうん」とうなずくみさぎに、湊は「良かった」と笑んで昔の話をする。

「ターメイヤでリーナに会う前の事だけど、俺、虫が苦手でさ」
「虫?」
「あぁ、食べる方ね」

 そっちかと想像して、みさぎは眉を寄せる。
 ラルフォンの父はパラディンで、戦争の後ずっと他国の傭兵ようへいをしていた。そんな父に付き合って、彼は世界中を旅したという。

「野営が続くとやっぱり食べ物が無くなって来てさ。丸薬もそればっかりだと効果が薄れるだろ? 食べ物を調達しなきゃならなくなる」

 丸薬とは、リーナの苦手な黒い玉の事だ。それ一粒で空腹を紛らわせることができるものだけれど、一言で言ってマズい。

「狩猟も傭兵の仕事だって言われた。肉や魚は平気だったけど、虫はそのままの姿だから食べれなくてさ、だから食べるフリして食べなかったんだ」
「うん、何か分かる気がする。私もダメそう」
「そしたら数日で倒れた。父親に怒鳴られてさ。帰れって言われて、自分がどんだけ周りに迷惑かけてたかって思い知ったよ──って、いや違うんだ。みさぎがそうだって言ってるわけじゃなくて」

 急に湊が取り乱して、自分の額を手で押さえつける。

「俺はその時から虫でも何でも食べれるようになったから、みさぎもきっかけが掴めればって思って」

 こんな湊を湊を見るのは初めてかもしれないと、みさぎは微笑んだ。

「気にしないで。私が迷惑かけてるのは事実なんだから。湊くんが雨の日にデートしてくれるって言って、少し雨が楽しみになったよ。それってきっかけってことだよね?」
「そう思ってもらえるなら嬉しいよ」
「けど、私に付き合ってばっかりで湊くんは鍛錬たんれんできてる?」
「大丈夫。俺はどこだってできるから」

 剣の鍛錬、魔法の鍛錬、それぞれにやることは色々ある。
 ハロン戦まで一ヶ月と少しだ。
 みさぎはもう少し焦らなければと思いつつ、雨の中のデートへと広井ひろい町の駅へ湊と二人で下りた。


   ☆
「リーナのことラルに任せるなんて、お前本当にヒルスなの?」

 山を下りて水浸みずびたしの身体に傘を差しながら、智が不思議そうに咲を伺った。

「リーナが雨を怖がったなんて聞いたら、真っ先に飛んで行くのがお前じゃん?」
「お前は、僕が僕以外の誰かに見えるのか?」
「まぁ可愛い咲ちゃんだけどさ。お前はお前だな」

 智は「あっはは」と豪快に笑う。
 ヒルスはリーナが大好きで、ラルが大嫌いだ。だから湊がみさぎと帰ると言って文句ひとつ言わなかった咲が、智には別人に見えたのだろう。

 咲自身、驚いている。
 智が言うように、前の自分なら他の何にも目をくれず彼女の元へ駆けつけたと思う。

 雨の中の部活は無謀だと分かっていた。みさぎが元気そうに見えたのも最初だけで、結局途中で離脱した彼女の様子は、湊が智に電話でした報告のみで何も分からなかった。

 心配じゃないのかといわれれば、心配でたまらないに決まっている。
 咲はその感情を抑え込んだ。

 途中から現れた中條にラルからの伝言を伝えると、彼は「そうですか」と答えるだけで表情一つ変えなかった。彼にとっては想定内の事だったのかもしれない。

「僕は湊なんて嫌いだ。けど、僕が湊を嫌いなだけなんだ。みさぎはアイツが好きで、それは認めるしかないんだよ」
「それって親心みたいだな。妹離れしなきゃって感じ?」
「いや僕はみさぎから離れない。絶対だ!」

 咲が意地になって声を上げると、智が「やっぱりヒルスだ」と笑った。






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