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6章 隠し扉の向こう側

81 スカートの丈は短い方が可愛いんじゃなかったのか

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 月曜の朝、白樺台しらかばだい駅のホームへと滑り込む電車の中で、みさぎは胸に手を当てながら詰まりそうになる息を必死に吐き出していた。

 いつものように改札にさきはいるだろうか──と考えただけでソワソワして、窓から目をそらしてしまう。

「意識しすぎ。相手は海堂かいどうだろ?」
「そうなんだけど……」

 『咲ちゃんって、お兄ちゃんと付き合ってるの?』
 その返事をもらうだけなのに、朝からずっと落ち着かない。
 自分で聞いたことなのに、確定している『YES』を咲本人の口から聞くのが嫌でたまらなかった。

 扉が開いて外に出ると、みなとうつむいたままのみさぎの手をぎゅっとつかんですぐに放した。

「海堂いるよ。頑張って」
「うん」

 意を決して顔を上げると、改札の向こうで咲が待ち構えていた。いつものような仁王立ちではなく、彼女もまた気まずそうな顔をしている。

「おはよ、海堂」

 湊が先に声を掛けて、咲とみさぎを交互に見つめる。
 「おはよ」と咲が短く答えて、みさぎも「おはよう」とぎこちなく返した。

「俺先行くから、ゆっくり来ればいいよ」

 湊がそう言ってみさぎの横を離れた。側に居て欲しい気もしたけれど、みさぎは「ありがとう」と手を振って彼の背中を見送る。

 咲と二人になってしまい、気まずい気持ちは晴れないままだ。
 咲がヒルスだと分かってもこんな気持ちにはならなかったのに、れんとの関係を聞いてからずっと落ち着かない。

「あの……」

 改めて振り向いた視線が咲と重なった。
 見た目だけならば、いつもの咲だ。女子がうらやむその可愛い外見の裏に、おかっぱ髪のシスコン兄を潜ませているなんて思えない。

 駅舎の前で顔を見合わせたまま、みさぎは彼女に歩み寄る言葉を探した。

「えっと。今まで通り、咲ちゃんって呼んでもいい?」
「あぁ、もちろんだ。この間、すぐ返事できなくてごめんな」
「いいよ。けど、咲ちゃんって本当にうちのお兄ちゃんと付き合ってるの?」

 メールと同じことをストレートに聞く。
 できてもいない覚悟で返事に構えると、咲は小さく唇を噛んだ後にその答えをくれた。

「うん」

 予想通りの返答に衝動が込み上げて、みさぎはそれを振り払うように学校へと歩き出した。

「やっぱりそうだよね。うちのお兄ちゃんって嘘つくの苦手だし」
「ごめんな」
「謝らなくていいよ。けど、ちょっと複雑っていうか」

 みさぎの歩く速度に、横で咲が合わせる。リーナの頃から、ヒルスはいつもそうだ。
 お互い前を向いたまま、ぽつりぽつりと呟くように会話する。

「咲ちゃんは、お兄ちゃんの事好きなの?」
「うん……」
「そっか。咲ちゃんもヒルス兄様も、誰かを好きだなんて聞いたことなかったから、びっくりしちゃって。しかも相手がうちのお兄ちゃんだなんて」

 毎日「リーナ」と繰り返してきたヒルスの執着を鬱陶うっとうしく思った記憶なんて山のように出てくるのに、咲が蓮を好きだなんて知った途端、寂しさが込み上げた。

 ヒルスへの想い、咲への想い、そして蓮への想いがバラバラで、素直に二人の関係を受け入れてあげることができない。

「みさぎが嫌なら、僕は蓮と別れるよ」

 咲がみさぎの前へ走り出て、意を決したようにきっぱりと言い放つ。

「えっ」

 けれど、みさぎは咲にそうして欲しいとは思わなかった。
 色々な思いはあるけれど、二人を好きなことに変わりはない。

「僕は蓮と居るといつも通りの自分でいられなくなる。次のハロン戦を控えてこんなんじゃダメだって思う事もあるし、お前が嫌なら僕は──」
「私を理由にしないで」
「みさぎ……」
「ハロン戦を控えてるのはみんな一緒だよ。咲ちゃんがお兄ちゃんを嫌いだって言うなら別だけど、そうじゃないなら私を理由に別れたりしないで。一緒に居て落ち着かなくなるのは好きって証拠でしょ? 私だって湊くんと居るとそうなるよ」

 後ろを歩いていた二年生との距離が迫って、みさぎは大きくなる声を抑える。

「あんなにラルを嫌がってた兄様が、私と湊くんを認めてくれたんだよ? 私だってお兄ちゃんたちを駄目だなんて言えないよ」

 リーナがハロン戦で雨の中倒れた時から、ヒルスはラルを憎んでさえいた気がする。転生してもなお、咲は湊に対してその感情を引きずっているように見えたが、最近は少し仲が良さそうだなとさえ思える。

「僕は別に、湊を認めたわけじゃないけどな」
「そういうこと言わないで。だから、お兄ちゃんと仲良くしてあげて」
「……ありがとう」

 少し照れながら、咲はそっと笑顔を零す。そんな反応にも複雑な思いはつのるばかりだけれど、みさぎは「うん」とうなずいた。


   ☆
 学校に近付いたところで、みさぎは校門の横に立つ彼を見て「そうだ」と眉を上げた。
 風紀委員の伊東先輩だ。
 テスト期間中はお休みしていた、挨拶運動と言う名の制服チェックが再開している。
 今ちょうど、別の女子が指導されている真っ最中だ。

 みさぎは咲のスカートを一瞥いちべつして、「ねぇ」と眉をひそめた。

「この間から思ってたんだけど、咲ちゃんのスカート長くなったよね? それってもしかして、お兄ちゃんの影響?」

 今まで下着が見えそうなくらいにまくり上げられていたスカートの丈が、この所膝上ひざうえ程度に落ち着いているのだ。

 みさぎが心境の変化かと思って心配したのは先週までだ。
 土曜日に二人の関係が発覚した途端、その理由が蓮な気がして、背中がゾワゾワとしてしまった。

「いや、寒くなってきたから……」

 動揺しながら答える咲の嘘はバレバレだ。

「まだ寒くないじゃない。咲ちゃんの脚は、世の中の男たちに見せつけるものだったんでしょ? 短い方が可愛いって言ってたじゃない。それなのに──」
うるさい。僕のスカートなんてみさぎが気にすることじゃないだろう?」

 反抗する咲に、みさぎは泣きたい気分だった。
 彼女の一人称がヒルスの時の『僕』に変わっているのに、その他の女度が少しずつ上がっている気がして、みさぎは「もぉ」と目をつむった。

「お兄ちゃんの事意識してるの? やだぁ」
「何だよ、蓮とのこと認めてくれたんじゃなかったのか?」
「認めるのと慣れるのはまた別なんだよ。時間が必要なの!」
「海堂さん」

 盛り上がる二人の会話に割って入ってきたのは、風紀委員の伊東先輩だ。
 彼は咲を見ると条件反射のように声を掛けてくる。
 さっきの別の女生徒への注意は終わって、次のターゲットが常習犯の咲へ移った。けれど今日は状況がいつもと違う。

 咲はニヤリと勝ち誇った顔で彼を見上げた。

「おはようございまぁす、伊東先輩。私に声掛けるなんて、どうしたんですかぁ?」

 久しぶりに聞く咲の猫なで声に、みさぎは横で息を呑んだ。まさか蓮の前でもこうなのだろうか。
 伊東先輩は「えっ」とスカートへ目をやって、その丈に驚愕した。

「ええっ、海堂さん?」

 膝丈のスカート。校則よりは少し短めだけれど、伊東先輩は目を疑って咲の太腿ふとももへと顔を近付けた。セクハラだ。

「いやぁん、そんなに見ないで下さいよぉ」
「海堂さん、ど、どこか具合でも悪いんですか?」
「だって、先輩の言う事聞かなきゃと思って」

 混乱する伊東先輩に悪い女の顔を見せて、咲は「失礼しまぁす」と校門を潜った。







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