上 下
71 / 190
5章 10月1日のハロン

65 助っ人現る!?

しおりを挟む
「下がって、二人とも」

 からの手をみなとの前へ滑らせ、みさぎは前に出た。
 広場との境界線ギリギリに立って闇を仰ぐ。
 ドンドンと規則的に突き上げてくる振動をこらえて、ロッドを構えた。

「まずはともくんを助けなきゃ。その後に湊くんが核を攻撃してくれれば」

 半分は推測すいそくでしかないが、簡単に言ってしまえばそれでいいはずだ。
 昔ルーシャと魔法の訓練をしていた時、大戦の最中に現れたハロンの話を聞いたことがある。

『私じゃダメだった』

 そんな彼女の言葉が蘇って、みさぎは武器を握りしめた両手に力を込めた。

荒助すさのさん、気を付けて。合図くれたら出れるから」
「ありがとう、湊くん」

 すぐ後ろで戦闘態勢に入る彼を肩越しに一瞥いちべつする。
 さらにその後ろには咲がいる。彼女は今丸腰だ。あそこは守らねばならない。

 くるりと回したロッドの柄の先端を闇へ向けた。
 さっきとは別の文言もんごんを唱えると、てのひらの内側からロッドの両端へと流れるように光が刻み込まれていく。懐かしいターメイヤの文字だ。

「いけぇ」

 先端に届いた光が玉を光らせる。
 みさぎは意を込めて叫ぶと、ロッドの柄を闇に突き刺した。

 ぐにゃりとした感触は、弾力のあるゼラチン質だ。ロッドはズブズブと穴に入り込んでいくばかりで、中への入口は確保できない。

 手で触れた時のような痛みは起きなかった。逆に闇が痛いと言わんばかりに地面の振動を強める。
 ドン、ドン、ドドドドッという揺れを逃がすように、みさぎはロッドを闇に込ませた。

 力を緩めればすぐに跳ね返ってきそうな力が手に加わる。

「重い……」

 背の高さよりも長い、ロッドの三分の一ほどを侵食させてところで、みさぎは炎を発動させた。
 柄の先端からカッと放出した緋色の光は広場の隅々へ向けて放射状に広がって、ドーム型の闇の輪郭りんかくを見せた。

 頭上を黒い影が横切るのが見えて、湊が「いた」と叫ぶ。けれど光は五秒ももたないうちに闇へ飲み込まれた。

 闇に刺し込めば刺し込むほど、ロッドを押し戻す力が強くなって、みさぎは必死に力を込める。
 中をかき混ぜるように手を動かすと、闇はグチャリグチャリと音を立てた。

 これがハロンの力なのかと言う程に闇は大人しいが、進入を拒む意思はハッキリと伝わってくる。

「がんばれ、みさぎ」

 再び送り出す炎は闇を素通りして、囲われたドームの外へと広がった。
 中へのダメージはゼロに近いだろう。

 状態が好転したように見えたのは一瞬だった。
 柄を刺し込んだ穴が裂けるようにメリと開いて、みさぎは手ごたえを感じた。けれど半分以上をゼラチンに浸食させたロッドは、シュウという嫌な音を立てて完全に光を失ってしまう。

 いきなり弾力を強めた闇にロッドはニュルリと押し出され、みさぎはその反動で背後へとたたらを踏んだ。

「荒助さん」

 転ぶ寸前で湊にキャッチされて、みさぎは「ありがとう」と体制を立て直す。

「私が力不足だって言いたいの?」

 ロッドの無事を確認して、みさぎは闇を睨みつけた。
 闇に開いた穴は、バツリと音を立てて瞬時にふさがってしまう。

「あぁ、これも魔法じゃダメなのかな」

 走り出た湊が追撃で剣を振るが、これは最初と同じ痛みの衝撃で弾かれてしまった。

「駄目か」

 ハロンに対抗する手立てだてが見つからない。
 智も時折動いてはいるが、状態が良いとは言えなかった。
 地面のきしみがやんで、静寂が広がる。

「どうしよう……」

 狼狽ろうばいするみさぎに、咲が「そうだ」と手を打った。

「腹減ってると力出ないだろ? 腹ごしらえしようよ」
「こんな時に?」
「空腹で戦うと成果が落ちるって習っただろ?」
「私は兵学校卒じゃないよ」
「いいからいいから。ターメイヤの兵士といえばコレだ」

 突然咲が取り出した小瓶に、みさぎは顔を引きつらせる。
 闇に同化してはっきりとは見えないが、取り出された黒い玉からプンと匂いが漂って、口の中に嫌な味を思い出させた。

「何でこんなの持ってるの?」

 まさか今これを口に入れなければならないのか。
 ターメイヤの兵士が空腹を紛らわせるために食べる丸薬だ。ターメイヤに居た頃はいつも携帯させられていたが、リーナは戦う事よりもこれを食べることの方が憂鬱ゆううつで仕方なかった。

「向こうから持ってきたのか?」
「いや、説明は後でさせてくれ」

 早速口に放り込んだ湊が、「あれ」と首を傾げる。

「こんな味だったっけ」
「だろ? 僕も思ったんだ。舌の感覚って、転生したら変わるのかな。ほら、みさぎも早く食べて。即効性はないけど空腹よりマシだろ?」

 祭の屋台を楽しみにして、おやつも食べていなかったことを後悔する。
 咲の言うように空腹が良くないことは分かるけれど。

「何でリーナの記憶を思い出してすぐに、これを食べなきゃならないのよ」
「リーナ嫌いだったもんね」
「いいから食べろ」

 つい一時間程前までは可愛いと思っていた親友の彼女が、今じゃヒルスにしか見えなくなってしまった。
 嫌顔で咲を睨みつけて、みさぎはやけくそになって玉を口に入れる。

 転生したくらいで舌の感覚なんて変わるわけはないのだ。

「不味い……」

 涙目で嚙み砕いて喉の奥へ押しやると、背後からふと足音が聞こえた。
 一歩一歩ゆっくり近付いてくる音に合わせて、小さな灯りが揺れている。

「誰?」

 ハロン以外は敵でないはず――そう思いつつも不安になって湊の側に寄ると、「大丈夫」と彼が手を握ってくれた。
 「うん」とうなずいて目をらすと、その灯りが懐中電灯のものだという事に気付いた。

 それを握る人物が光の奥に顔を見せて、みさぎと湊は同時に顔をしかめる。二人にとっては思いもよらぬ相手だったからだ。

 けれど咲は「あぁ」と息を詰まらせて、嫌な顔をする。

中條なかじょう先生?」
「手こずっていますね」

 事情を踏まえた上での反応だ。
 薄く笑んだ彼の正体は、みさぎには全く見当がつかなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。 そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。 召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。 だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。 多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。 それを知ったユウリは逃亡。 しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。 そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。 【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。 チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。 その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。 ※TS要素があります(主人公)

俺と合体した魔王の娘が残念すぎる

めらめら
ファンタジー
魔法が使えない中学生、御崎ソーマ。 ソーマはある事件をきっかけに、異世界からやって来た魔王の第3王女ルシオンと合体してしまう。 何かを探すために魔物を狩りまくるルシオンに、振り回されまくるソーマ。 崩壊する日常。 2人に襲いかかる異世界の魔王たち。 どうなるソーマの生活。 どうなるこの世界。 不定期ゆっくり連載。 残酷な描写あり。 微エロ注意。 ご意見、ご感想をいただくとめちゃくちゃ喜びます。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

高難易度ダンジョン配信中に寝落ちしたらリスナーに転移罠踏まされた ~最深部からお送りする脱出系ストリーマー、死ぬ気で24時間配信中~

紙風船
ファンタジー
 入るたびに構造が変わるローグライクダンジョン。その中でもトップクラスに難易度の高いダンジョン”禍津世界樹の洞”へとやってきた僕、月ヶ瀬将三郎はダンジョンを攻略する様を配信していた。  何でも、ダンジョン配信は儲かると聞いたので酔った勢いで突発的に始めたものの、ちょっと休憩してたら寝落ちしてしまったようで、気付けば配信を見ていたリスナーに居場所を特定されて悪戯で転移罠に放り込まれてしまった!  ばっちり配信に映っていたみたいで、僕の危機的状況を面白半分で視聴する奴の所為でどんどん配信が広まってしまう。サブスクも増えていくが、此処で死んだら意味ないじゃないか!  僕ァ戻って絶対にこのお金で楽な生活をするんだ……死ぬ気で戻ってやる!!!! ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様でも投稿しています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ
ファンタジー
自身の暗い性格をコンプレックスに思っていた男が死んで異世界転生してしまう。 転生した先では性別が変わってしまい、いわゆるTS転生を果たして生活することとなった。 せっかく異世界ファンタジーで魔法の才能に溢れた美少女になったのだ。元男は前世では掴めなかった幸せのために奮闘するのであった。 これは前世での後悔を引きずりながらもがんばっていく、TS少女の物語である。 ※この作品は他サイトにも掲載しています。

処理中です...