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4章 決断
48 会いたかった
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智を犠牲にして他の全員が助かるか、彼を救って訪れる結果を受け入れるか――。
「そんなの、選べるかよ……」
呟いた声が、電車の騒音に掻き消える。
窓の外に広がる闇が咲の不安を募らせたが、同じ車両に自分以外の客が居て少し落ち着くことができた。サラリーマン風の男が端の席で居眠りをしていて、ガーガーという鼾が咲のところまで聞こえてくる。
取り出したスマホのスイッチを押すと、蓮からメールが来ていた。ちょうど田中商店を出た頃の時間で、振動に気付かなかったらしい。
『今日バイト休みだから、後で電話してもいい?』
彼の声を聞きたいと思うのは、誰かと話したい気分だからだ。吐き出したい気持ちをぶつける相手が、他に思い浮かばなかった。
ターメイヤとは関係のない蓮に逃避したかっただけなのかもしれない。
それが甘えだと言われれば、そうかもしれないけれど。
咲は通話ボタンを押そうとした指を一旦止めた。
今話せば電車だという事がばれてしまう。広井駅に向かっていると知られれば、彼はきっと会いに来るだろう。
だからもう少し静かな場所に移動してからと思って、まずは姉の凜にメールを入れた。
みさぎの所に泊まると言ったら、凜は『本当?』と疑ってきた。けれどそこは『本当だから』と嘘を押し切る。
もちろんみさぎの家に泊るつもりはないし、あてもないが、いつもの夜を過ごすのは嫌だった。
夜を屋外で過ごすことも、外で寝ることも、ヒルスの時は良くあったことだ。
「大丈夫」
そう呟いて、咲はスマホを握りしめたまま暗い窓の外を眺めた。
ポツリポツリとあった光が次第に大きくなり、闇を飲み込んだところで電車は駅のホームに入った。
☆
駅の中はどこもうるさくて、すぐ近くにあるコンビニの裏路地に入り込む。
頼りない街灯の灯りの下は、田舎を装うくらいには静かだった。
毎日のようにメールはしているが、蓮に電話するのは初めてだ。
会ったのもお泊り会の時だけで、声も忘れかけている。
通話ボタンを押すと、少し長めの呼び出しコールの後に蓮が出た。
『咲ちゃん?』
慌てた声に彼の胸で泣いた夜が蘇って、咲は肩をすくめた。
「蓮……」
『どうしたの? 急に』
「えっと、そこにみさぎはいないか?」
そういえば、そこが荒助家だということをすっかり忘れていた。
蓮とメールをしていることは、みさぎには内緒だ。
『アイツなら今、風呂入ってるよ。みさぎに用事だった?』
少し残念そうな声の蓮に、咲は「そうじゃないんだ」と説明する。
今更だけれど、何を話したかったのか自分でも良く分からない。
『俺のメール見て電話くれたなら嬉しいけど』
「違う。連絡しようかと思ったらメールが来てて。偶然なんだ」
『そっか。今どこ? 家?』
「家の近くだよ」
盛大に嘘をつく。暗がりに生えるビル群の灯りは、地元じゃ絶対に見られない光景だ。
そういえば『嘘をつくと神様が見ている』と、大昔にリーナが言っていた。
神様は、そんな咲の嘘などお見通しのようで、側のコンビニから若いカップルが出て来て、店内放送の音楽を派手に鳴り響かせる。
『ちょっと待って。その音って――』
すかさず蓮が反応した。
『もしかして、こっちにいるの? まさか一人?』
「一人……だよ」
それ以上嘘がつけなくなって、咲は正直に答える。
『今どこ? すぐ行くから教えて』
「駅前の……」
簡単な説明だけで、蓮はすぐに理解してくれた。
「会いたかったわけじゃないんだぞ」
ボソリと呟いた声が、彼に聞こえたかどうかは分からない。
『絶対にそこから動かないでね。コンビニの中入っててよ? 危ないから』
早口に言って、蓮は『待っててね』と通話を切った。
「危ないって何だよ」
言われるままに咲はコンビニの中に入ってみたが、暇つぶしするのにも限度がある。蓮の家からだと走っても少し遠いような気がした。
「僕はアイツを待ってるのか……?」
もう時間は九時に近い。雑誌コーナーの暗い窓に映る自分を見て、咲は眉をひそませた。
数分が経ってもまだ蓮は現れない。それ以上店の中に居ることが耐えられず、咲はペットボトルのジュースを一本買って外へ出た。
すると、待ち構えたように知らない影が視界を塞いで、「ねぇ」と声を掛けてくる。
「お姉さん一人? 暇なら俺とどっか行こうよ」
定番の誘い文句に、良い人を装った悪い笑顔の男だった。ギラギラの三連ピアスを耳にぶら下げて、下心丸出しの顔を寄せてくる。
彼は姉の凜が言っていた『女を騙すタイプ』に、八割以上当てはまった。
「暇じゃないです。ナンパなら他当たってください」
「そうなの? こんな時間にうろついてるなんて、寂しいんでしょ? 俺と一緒に行こうよ。慰めてあげるからさ」
寂しいなんて思ってはいないけれど、こんな男に弱みを見抜かれたと思うと腹が立ってくる。
「アンタにそんなことしてもらう理由ないんだよ」
「はぁ?」
相手も咲の態度に苛立って、力づくで来ようとする。
「来いよ」と手を伸ばした男に、咲はニヤリと笑って右膝を横に抱え込んだ。
蹴り一発で終わらせる自信はある。
けれど。
「咲」
彼の声に止められて、咲は振り上げようとした足を下ろした。
蓮は走ってきた息を整えて、その光景に唖然とする。
「やめてよ、どっちも」
ナンパ男は蓮の登場に「何だよ」と言い捨てて、暗闇の中へ消えて行った。
「こんな時間に女子高生が一人でうろついてたら、あぁいうのに絡まれるんだよ? 危ないって言ったでしょ」
「呼び捨てにするなよ」
慣れない音が耳に響いて、心が落ち着かない。
「ああいう時は、ああ言うもんなの。大体、ナンパ野郎相手に戦おうとしないでよ」
「だってしつこいから……勝つ自信はあるんだ。蓮は僕がアイツについていった方が良かったのか?」
「そうじゃないよ。勝つとか負けるじゃなくて、咲ちゃんは自分の事理解してなさすぎ。店に入っててって言ったでしょ?」
「もぅ」と注意して、蓮は緩く笑った。
「けど、今日はどうしたの? こんな時間にこんなところに居るなんて、何かあったんでしょ?」
「…………」
「もしかして、俺に会いに来てくれた?」
「会いたいなんて、思ってなかった」
「そう? 俺は会いたかったよ」
ストレートな蓮の言葉に、咲はしかめっ面を向けた。
「そんなの、選べるかよ……」
呟いた声が、電車の騒音に掻き消える。
窓の外に広がる闇が咲の不安を募らせたが、同じ車両に自分以外の客が居て少し落ち着くことができた。サラリーマン風の男が端の席で居眠りをしていて、ガーガーという鼾が咲のところまで聞こえてくる。
取り出したスマホのスイッチを押すと、蓮からメールが来ていた。ちょうど田中商店を出た頃の時間で、振動に気付かなかったらしい。
『今日バイト休みだから、後で電話してもいい?』
彼の声を聞きたいと思うのは、誰かと話したい気分だからだ。吐き出したい気持ちをぶつける相手が、他に思い浮かばなかった。
ターメイヤとは関係のない蓮に逃避したかっただけなのかもしれない。
それが甘えだと言われれば、そうかもしれないけれど。
咲は通話ボタンを押そうとした指を一旦止めた。
今話せば電車だという事がばれてしまう。広井駅に向かっていると知られれば、彼はきっと会いに来るだろう。
だからもう少し静かな場所に移動してからと思って、まずは姉の凜にメールを入れた。
みさぎの所に泊まると言ったら、凜は『本当?』と疑ってきた。けれどそこは『本当だから』と嘘を押し切る。
もちろんみさぎの家に泊るつもりはないし、あてもないが、いつもの夜を過ごすのは嫌だった。
夜を屋外で過ごすことも、外で寝ることも、ヒルスの時は良くあったことだ。
「大丈夫」
そう呟いて、咲はスマホを握りしめたまま暗い窓の外を眺めた。
ポツリポツリとあった光が次第に大きくなり、闇を飲み込んだところで電車は駅のホームに入った。
☆
駅の中はどこもうるさくて、すぐ近くにあるコンビニの裏路地に入り込む。
頼りない街灯の灯りの下は、田舎を装うくらいには静かだった。
毎日のようにメールはしているが、蓮に電話するのは初めてだ。
会ったのもお泊り会の時だけで、声も忘れかけている。
通話ボタンを押すと、少し長めの呼び出しコールの後に蓮が出た。
『咲ちゃん?』
慌てた声に彼の胸で泣いた夜が蘇って、咲は肩をすくめた。
「蓮……」
『どうしたの? 急に』
「えっと、そこにみさぎはいないか?」
そういえば、そこが荒助家だということをすっかり忘れていた。
蓮とメールをしていることは、みさぎには内緒だ。
『アイツなら今、風呂入ってるよ。みさぎに用事だった?』
少し残念そうな声の蓮に、咲は「そうじゃないんだ」と説明する。
今更だけれど、何を話したかったのか自分でも良く分からない。
『俺のメール見て電話くれたなら嬉しいけど』
「違う。連絡しようかと思ったらメールが来てて。偶然なんだ」
『そっか。今どこ? 家?』
「家の近くだよ」
盛大に嘘をつく。暗がりに生えるビル群の灯りは、地元じゃ絶対に見られない光景だ。
そういえば『嘘をつくと神様が見ている』と、大昔にリーナが言っていた。
神様は、そんな咲の嘘などお見通しのようで、側のコンビニから若いカップルが出て来て、店内放送の音楽を派手に鳴り響かせる。
『ちょっと待って。その音って――』
すかさず蓮が反応した。
『もしかして、こっちにいるの? まさか一人?』
「一人……だよ」
それ以上嘘がつけなくなって、咲は正直に答える。
『今どこ? すぐ行くから教えて』
「駅前の……」
簡単な説明だけで、蓮はすぐに理解してくれた。
「会いたかったわけじゃないんだぞ」
ボソリと呟いた声が、彼に聞こえたかどうかは分からない。
『絶対にそこから動かないでね。コンビニの中入っててよ? 危ないから』
早口に言って、蓮は『待っててね』と通話を切った。
「危ないって何だよ」
言われるままに咲はコンビニの中に入ってみたが、暇つぶしするのにも限度がある。蓮の家からだと走っても少し遠いような気がした。
「僕はアイツを待ってるのか……?」
もう時間は九時に近い。雑誌コーナーの暗い窓に映る自分を見て、咲は眉をひそませた。
数分が経ってもまだ蓮は現れない。それ以上店の中に居ることが耐えられず、咲はペットボトルのジュースを一本買って外へ出た。
すると、待ち構えたように知らない影が視界を塞いで、「ねぇ」と声を掛けてくる。
「お姉さん一人? 暇なら俺とどっか行こうよ」
定番の誘い文句に、良い人を装った悪い笑顔の男だった。ギラギラの三連ピアスを耳にぶら下げて、下心丸出しの顔を寄せてくる。
彼は姉の凜が言っていた『女を騙すタイプ』に、八割以上当てはまった。
「暇じゃないです。ナンパなら他当たってください」
「そうなの? こんな時間にうろついてるなんて、寂しいんでしょ? 俺と一緒に行こうよ。慰めてあげるからさ」
寂しいなんて思ってはいないけれど、こんな男に弱みを見抜かれたと思うと腹が立ってくる。
「アンタにそんなことしてもらう理由ないんだよ」
「はぁ?」
相手も咲の態度に苛立って、力づくで来ようとする。
「来いよ」と手を伸ばした男に、咲はニヤリと笑って右膝を横に抱え込んだ。
蹴り一発で終わらせる自信はある。
けれど。
「咲」
彼の声に止められて、咲は振り上げようとした足を下ろした。
蓮は走ってきた息を整えて、その光景に唖然とする。
「やめてよ、どっちも」
ナンパ男は蓮の登場に「何だよ」と言い捨てて、暗闇の中へ消えて行った。
「こんな時間に女子高生が一人でうろついてたら、あぁいうのに絡まれるんだよ? 危ないって言ったでしょ」
「呼び捨てにするなよ」
慣れない音が耳に響いて、心が落ち着かない。
「ああいう時は、ああ言うもんなの。大体、ナンパ野郎相手に戦おうとしないでよ」
「だってしつこいから……勝つ自信はあるんだ。蓮は僕がアイツについていった方が良かったのか?」
「そうじゃないよ。勝つとか負けるじゃなくて、咲ちゃんは自分の事理解してなさすぎ。店に入っててって言ったでしょ?」
「もぅ」と注意して、蓮は緩く笑った。
「けど、今日はどうしたの? こんな時間にこんなところに居るなんて、何かあったんでしょ?」
「…………」
「もしかして、俺に会いに来てくれた?」
「会いたいなんて、思ってなかった」
「そう? 俺は会いたかったよ」
ストレートな蓮の言葉に、咲はしかめっ面を向けた。
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