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4章 決断
39 図書室のアイツ
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お泊り会から、あっという間に十日が過ぎてしまった。
特に進展もないまま、いつも通りの日々が続いている。
あの日咲に「好き」について聞いて自分の気持ちは決まっているけれど、「急ぐ必要はない」という言葉に甘えて、まだ本人には伝えていない。
――『気持ちが変わったら教えて』
智に、保健室でそう言われた。
四人で行こうと約束した秋祭りは、今月の最終日だ。それまでは今のままの関係でいたいと思うのは我儘なのだろうか。
祭が終わったら、彼にもきちんと自分の気持ちを話そうと思う。
「咲ちゃんは、あれからお兄ちゃんと連絡とってるの?」
お泊り会の時、咲が蓮に電話番号を渡していた。当初蓮が言っていた【恋人候補の品定め】だった訳ではないと思いたいけれど、実際の所はどうなのか気になってしまう。
けれど咲は「いやいや」と手をひらひらさせて、食べ終わった弁当の蓋を閉めた。
「最初に連絡先送ってもらっただけだよ」
咲はあの時、『みさぎに何かあった時の為に』的なことを言っていた。そのまま受け止めれば納得がいくし、幾多のナンパ男を蹴散らして来た咲が特定の男に興味があるとは思えない。
「だよね、しかもお兄ちゃんなんてね」
最後に取っておいたウインナーを食べて、みさぎは「ごちそうさま」と手を合わせる。
連絡先を交換したくらいで、考えすぎだ。
「ここの所お兄ちゃんバイト忙しいみたいで、毎晩くたくたになって帰って来るんだよ」
「あぁ、夜のコンビニって大変そうだよな」
「ん? お兄ちゃんのバイトがコンビニだって咲ちゃんに話したっけ?」
「えっ」
弁当箱をしまう咲の手が止まる。
「い、いや、この間泊りに行った時、本人に聞いたんだよ。みさぎ、トイレにでも行ってたんじゃないか?」
「そうか」
何故か咲が動揺しているが、確かにあの朝そんなことがあったかもしれない。
「それよりみさぎ、図書室行くんじゃなかったっけ?」
「ああっ、そうだった! 行ってくる」
先日、宿題の資料のためにと借りた本の返却日が今日までだった。朝までは覚えていたのにすっかり忘れてしまっていて、みさぎは慌てて弁当をしまい教室を飛び出た。
☆
高校の図書室は昼と放課後に開いている。
電車の時間を考えると、今のうちに返しておきたかった。
生徒数の割に広い図書室には、ほとんど生徒の姿はない。
「お願いします」とカウンターで読書中の図書委員に本を返却したところで、「荒助さん」と窓際から突然名前を呼ばれた。クラスの盛り上げ役・鈴木だ。
「鈴木くん、読書中?」
「うん。昼はここにいるのが多いかな」
午後の授業までまだ時間があることを確認して、みさぎは彼に近付いた。二人きりで話すのは初めてかもしれない。
鈴木は読んでいた厚い本をパタリと畳んで、長机の上に置いた。どんな本かは分からないが、タイトルに『愛』の文字が入っているので、恐らく恋愛小説だろう。
「鈴木くんって、こういうの読むんだ」
「恋愛小説は恋の指南書だからね」
そんなことを言う割には、いまだに彼が誰かと付き合ったという話は聞かない。
「そ、そうなんだ。私はあんまり読まないかな……」
みさぎは鈴木の隣に座って、閉じられた本のページを適当にめくってみた。
『好きだよ』とそんなセリフが見えて、思わず鈴木を振り向いてしまう。
彼はとりわけ女子から嫌われるような顔をしているわけではないのだ。ただ言動だったり、闇雲に手を出している感じが評価を下げる原因になっている。
こんな本をテキストにするのも何か間違っているような気がする――と思いながら、みさぎは本を閉じて彼に尋ねた。
「鈴木くんって、どんな人がタイプなの? 誰でもいいの?」
「可愛い顔して失礼なこと言うね。そんなことないよ。ただ、誰かを好きになるのに固定された理由なんてないと思うんだ。素敵だって思ったり、いいなってふと感じた時から、恋は始まるんだよ」
「分かるような、全然分からないような……」
それは遠回しに言えば、誰でもいいと言っているような。
ザワリと鳥肌が立って、みさぎは両腕をそっとさすった。
大体、一華が好きだと公言しておいて、鈴木は絢にもちょっかいを出しているし、年上がいいのかと思えば、入学当初はクラスの女子にも声を掛けていた。
「荒助さんには難しいかな」
「うん」
「なら、試しにコレ読んでみたら? 面白いよ。恋した気分も味わえるし」
鈴木は閉じられた本を、みさぎの前へ滑らせた。
「本か……読んでみようかな」
女子が話題にするような恋愛ドラマもほとんど見ていないが、たまにはこういうのもいいかなと思った。
「うんうん。荒助さんって可愛いけど、海堂とばっかりいるから目立たないし、こういうの読んで弾けちゃってもいいんじゃないかな」
「ちょっと、遠回しに嫌味言われた気がする……」
遠回しどころか、ハッキリ言われた気もする。
みさぎがムッとした顔を向けると、鈴木は「違うよぉ」と弁解した。
「海堂は無類の美人だからね。アイツのインパクトが強すぎるんだよ。俺、アイツが小学校に転校してきたときから知ってるけど、あんな性格俺とは合わないからね。アイツを手なずける男が居たら、拍手贈りたいくらいだよ」
「咲ちゃんに彼……か。想像できないよね」
大きく頷いて、みさぎはその意見に同意した。
「でしょ? 荒助さんはそうだね、可愛いけど普通って言うか。俺、荒助さんみたいなコ好きだけど、とっくに諦めてるから、僕のことも諦めてね」
「は?」
何故だろう、望んだ記憶がない事を諦めて欲しいと言われた。
「うん、だって相江が怖いからね。あ、そろそろ時間だ。先に戻るね」
「……えっ?」
鈴木はあっさり行ってしまう。
どうしてそこに湊が出てくるのか分からないが、みさぎはとりあえず鈴木おススメの本をカウンターへ持って行った。
特に進展もないまま、いつも通りの日々が続いている。
あの日咲に「好き」について聞いて自分の気持ちは決まっているけれど、「急ぐ必要はない」という言葉に甘えて、まだ本人には伝えていない。
――『気持ちが変わったら教えて』
智に、保健室でそう言われた。
四人で行こうと約束した秋祭りは、今月の最終日だ。それまでは今のままの関係でいたいと思うのは我儘なのだろうか。
祭が終わったら、彼にもきちんと自分の気持ちを話そうと思う。
「咲ちゃんは、あれからお兄ちゃんと連絡とってるの?」
お泊り会の時、咲が蓮に電話番号を渡していた。当初蓮が言っていた【恋人候補の品定め】だった訳ではないと思いたいけれど、実際の所はどうなのか気になってしまう。
けれど咲は「いやいや」と手をひらひらさせて、食べ終わった弁当の蓋を閉めた。
「最初に連絡先送ってもらっただけだよ」
咲はあの時、『みさぎに何かあった時の為に』的なことを言っていた。そのまま受け止めれば納得がいくし、幾多のナンパ男を蹴散らして来た咲が特定の男に興味があるとは思えない。
「だよね、しかもお兄ちゃんなんてね」
最後に取っておいたウインナーを食べて、みさぎは「ごちそうさま」と手を合わせる。
連絡先を交換したくらいで、考えすぎだ。
「ここの所お兄ちゃんバイト忙しいみたいで、毎晩くたくたになって帰って来るんだよ」
「あぁ、夜のコンビニって大変そうだよな」
「ん? お兄ちゃんのバイトがコンビニだって咲ちゃんに話したっけ?」
「えっ」
弁当箱をしまう咲の手が止まる。
「い、いや、この間泊りに行った時、本人に聞いたんだよ。みさぎ、トイレにでも行ってたんじゃないか?」
「そうか」
何故か咲が動揺しているが、確かにあの朝そんなことがあったかもしれない。
「それよりみさぎ、図書室行くんじゃなかったっけ?」
「ああっ、そうだった! 行ってくる」
先日、宿題の資料のためにと借りた本の返却日が今日までだった。朝までは覚えていたのにすっかり忘れてしまっていて、みさぎは慌てて弁当をしまい教室を飛び出た。
☆
高校の図書室は昼と放課後に開いている。
電車の時間を考えると、今のうちに返しておきたかった。
生徒数の割に広い図書室には、ほとんど生徒の姿はない。
「お願いします」とカウンターで読書中の図書委員に本を返却したところで、「荒助さん」と窓際から突然名前を呼ばれた。クラスの盛り上げ役・鈴木だ。
「鈴木くん、読書中?」
「うん。昼はここにいるのが多いかな」
午後の授業までまだ時間があることを確認して、みさぎは彼に近付いた。二人きりで話すのは初めてかもしれない。
鈴木は読んでいた厚い本をパタリと畳んで、長机の上に置いた。どんな本かは分からないが、タイトルに『愛』の文字が入っているので、恐らく恋愛小説だろう。
「鈴木くんって、こういうの読むんだ」
「恋愛小説は恋の指南書だからね」
そんなことを言う割には、いまだに彼が誰かと付き合ったという話は聞かない。
「そ、そうなんだ。私はあんまり読まないかな……」
みさぎは鈴木の隣に座って、閉じられた本のページを適当にめくってみた。
『好きだよ』とそんなセリフが見えて、思わず鈴木を振り向いてしまう。
彼はとりわけ女子から嫌われるような顔をしているわけではないのだ。ただ言動だったり、闇雲に手を出している感じが評価を下げる原因になっている。
こんな本をテキストにするのも何か間違っているような気がする――と思いながら、みさぎは本を閉じて彼に尋ねた。
「鈴木くんって、どんな人がタイプなの? 誰でもいいの?」
「可愛い顔して失礼なこと言うね。そんなことないよ。ただ、誰かを好きになるのに固定された理由なんてないと思うんだ。素敵だって思ったり、いいなってふと感じた時から、恋は始まるんだよ」
「分かるような、全然分からないような……」
それは遠回しに言えば、誰でもいいと言っているような。
ザワリと鳥肌が立って、みさぎは両腕をそっとさすった。
大体、一華が好きだと公言しておいて、鈴木は絢にもちょっかいを出しているし、年上がいいのかと思えば、入学当初はクラスの女子にも声を掛けていた。
「荒助さんには難しいかな」
「うん」
「なら、試しにコレ読んでみたら? 面白いよ。恋した気分も味わえるし」
鈴木は閉じられた本を、みさぎの前へ滑らせた。
「本か……読んでみようかな」
女子が話題にするような恋愛ドラマもほとんど見ていないが、たまにはこういうのもいいかなと思った。
「うんうん。荒助さんって可愛いけど、海堂とばっかりいるから目立たないし、こういうの読んで弾けちゃってもいいんじゃないかな」
「ちょっと、遠回しに嫌味言われた気がする……」
遠回しどころか、ハッキリ言われた気もする。
みさぎがムッとした顔を向けると、鈴木は「違うよぉ」と弁解した。
「海堂は無類の美人だからね。アイツのインパクトが強すぎるんだよ。俺、アイツが小学校に転校してきたときから知ってるけど、あんな性格俺とは合わないからね。アイツを手なずける男が居たら、拍手贈りたいくらいだよ」
「咲ちゃんに彼……か。想像できないよね」
大きく頷いて、みさぎはその意見に同意した。
「でしょ? 荒助さんはそうだね、可愛いけど普通って言うか。俺、荒助さんみたいなコ好きだけど、とっくに諦めてるから、僕のことも諦めてね」
「は?」
何故だろう、望んだ記憶がない事を諦めて欲しいと言われた。
「うん、だって相江が怖いからね。あ、そろそろ時間だ。先に戻るね」
「……えっ?」
鈴木はあっさり行ってしまう。
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