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3章 命の猶予
37 悪い夢ならまだ良かった
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不覚だ。
朝目が覚めた瞬間、血の気が引く思いにぶっ倒れそうになった。
あれからまたしばらく蓮の胸で泣いてから、咲は部屋に戻って眠りについた。
その時までは後悔なんてしていなかったのに、朝になった途端正気に戻って、ジワジワと脳内再生される昨晩の記憶に叫びたくなる。
「うわぁぁああん」
窓から差し込む朝日が、泣き疲れた目に染みた。
「おはよう咲ちゃん。どうしたの急に。怖い夢でも見た?」
何も知らずに寝ていたみさぎは、晴れた空を見上げて「良い天気だよ」と笑顔を広げる。
「う、うん……」
ただ怖いだけの悪夢ならどれだけ救われただろう。
時間を巻き戻す魔法があるなら、今すぐにでも絢の所へ飛んで行って土下座でも何でもするのに、そんなのはないと前々から何度も言われている。
「顔洗ってくる」
とりあえず、この腫れぼったい目をどうにかしなければ、と咲は蓮の気配に警戒しつつ洗面台へ向かった。
☆
身支度を整えてリビングへ下りると、みさぎが朝食の用意をしてくれていた。
昨日残したカレーの匂いが、階段の上にまで届いている。
「おはよう、咲ちゃん」
背後から掛けられた声に、咲は慌てて肩をすくめた。蓮だ。
何事もなかったように妹の所へ行った彼に、「おはようございます」とぎこちなく返事する。
「お兄ちゃん、これ運んで。咲ちゃんが作ってくれたカレーだよ」
「やったぁ。それは嬉しいね」
何気ない兄妹の会話の中で、咲は動揺を隠すのに必死だ。
今日は何をしようか、とみさぎがさっき部屋で話をしていたが、今日の予定にはもれなく蓮がついてくる。
楽しそうなみさぎには申し訳ないが、平常心を保てる気がしない――と不安を覚えたところで、咲のポケットでスマホが甲高い音を鳴らした。
『咲ちゃん、おはよう(ハート)』
他愛のないメールの送り主は、姉の凜だ。それが咲には救いの女神に見えて、『おはよう』と返事する。
そして、二人に嘘をついた。
「ごめん、みさぎ。アネキが用があるって言うからさ、朝ごはん食べたら帰るよ」
「えっ、おうちで何かあったの? 大丈夫?」
緊急性をアピールする咲に、みさぎは本気で心配してくる。
悪いなと思いながら、咲は嘘を貫いた。
「そんな大したことはないと思うんだけど、来てほしいって言うからさ。れ、蓮さんもすみません。また今度……」
「用事があるなら仕方ないよ。次、楽しみにしてるね」
次なんてあるとは思えないけれど、咲は申し訳なさそうな顔を作って、みさぎの準備を手伝った。
カレーの後に食べたプリンは、蓮が昨日いなかったお詫びにと買ってきてくれたものだ。
これを食べるのは何だか悔しい気がしたけれど、とっても美味しかったのでちゃんと「美味しい」と伝えた。
蓮は、嬉しそうに笑っていた。
☆
帰り際、玄関で見送ってくれた蓮に、咲は自分の電話番号を書いたメモを渡した。
「これ、みさぎに何かあったら、私にすぐ知らせて下さい」
「私に何かって?」
「うん。だって、もしもってことがあるかもしれないだろ? すぐ連絡貰えるようにしておいた方がいいのかなと思って」
それ以上の深い意味なんてなかった。
十月一日が近付いてきて、もし自分の居ない時にみさぎが記憶を戻したりしたらどうなるか分からない。
家にいる時一番近くにいる彼に頼んでおけばいいと思っただけなのに。
「えぇ? お兄ちゃんに番号なんて教えない方がいいよぉ。ストーカーされるよ?」
「何てこと言うんだよ、みさぎ。俺がそんなことするわけないだろ? ありがとね、咲ちゃん。後で俺のも送るから」
深い意味なんてなかったのに、どうやら二人には別の意味で受け取られてしまったのかもしれない。
短い時間だったけれど、楽しかったと言えば嘘じゃない。
「ありがとうございました」
咲はペコリと頭を下げて荒助家を後にした。
朝目が覚めた瞬間、血の気が引く思いにぶっ倒れそうになった。
あれからまたしばらく蓮の胸で泣いてから、咲は部屋に戻って眠りについた。
その時までは後悔なんてしていなかったのに、朝になった途端正気に戻って、ジワジワと脳内再生される昨晩の記憶に叫びたくなる。
「うわぁぁああん」
窓から差し込む朝日が、泣き疲れた目に染みた。
「おはよう咲ちゃん。どうしたの急に。怖い夢でも見た?」
何も知らずに寝ていたみさぎは、晴れた空を見上げて「良い天気だよ」と笑顔を広げる。
「う、うん……」
ただ怖いだけの悪夢ならどれだけ救われただろう。
時間を巻き戻す魔法があるなら、今すぐにでも絢の所へ飛んで行って土下座でも何でもするのに、そんなのはないと前々から何度も言われている。
「顔洗ってくる」
とりあえず、この腫れぼったい目をどうにかしなければ、と咲は蓮の気配に警戒しつつ洗面台へ向かった。
☆
身支度を整えてリビングへ下りると、みさぎが朝食の用意をしてくれていた。
昨日残したカレーの匂いが、階段の上にまで届いている。
「おはよう、咲ちゃん」
背後から掛けられた声に、咲は慌てて肩をすくめた。蓮だ。
何事もなかったように妹の所へ行った彼に、「おはようございます」とぎこちなく返事する。
「お兄ちゃん、これ運んで。咲ちゃんが作ってくれたカレーだよ」
「やったぁ。それは嬉しいね」
何気ない兄妹の会話の中で、咲は動揺を隠すのに必死だ。
今日は何をしようか、とみさぎがさっき部屋で話をしていたが、今日の予定にはもれなく蓮がついてくる。
楽しそうなみさぎには申し訳ないが、平常心を保てる気がしない――と不安を覚えたところで、咲のポケットでスマホが甲高い音を鳴らした。
『咲ちゃん、おはよう(ハート)』
他愛のないメールの送り主は、姉の凜だ。それが咲には救いの女神に見えて、『おはよう』と返事する。
そして、二人に嘘をついた。
「ごめん、みさぎ。アネキが用があるって言うからさ、朝ごはん食べたら帰るよ」
「えっ、おうちで何かあったの? 大丈夫?」
緊急性をアピールする咲に、みさぎは本気で心配してくる。
悪いなと思いながら、咲は嘘を貫いた。
「そんな大したことはないと思うんだけど、来てほしいって言うからさ。れ、蓮さんもすみません。また今度……」
「用事があるなら仕方ないよ。次、楽しみにしてるね」
次なんてあるとは思えないけれど、咲は申し訳なさそうな顔を作って、みさぎの準備を手伝った。
カレーの後に食べたプリンは、蓮が昨日いなかったお詫びにと買ってきてくれたものだ。
これを食べるのは何だか悔しい気がしたけれど、とっても美味しかったのでちゃんと「美味しい」と伝えた。
蓮は、嬉しそうに笑っていた。
☆
帰り際、玄関で見送ってくれた蓮に、咲は自分の電話番号を書いたメモを渡した。
「これ、みさぎに何かあったら、私にすぐ知らせて下さい」
「私に何かって?」
「うん。だって、もしもってことがあるかもしれないだろ? すぐ連絡貰えるようにしておいた方がいいのかなと思って」
それ以上の深い意味なんてなかった。
十月一日が近付いてきて、もし自分の居ない時にみさぎが記憶を戻したりしたらどうなるか分からない。
家にいる時一番近くにいる彼に頼んでおけばいいと思っただけなのに。
「えぇ? お兄ちゃんに番号なんて教えない方がいいよぉ。ストーカーされるよ?」
「何てこと言うんだよ、みさぎ。俺がそんなことするわけないだろ? ありがとね、咲ちゃん。後で俺のも送るから」
深い意味なんてなかったのに、どうやら二人には別の意味で受け取られてしまったのかもしれない。
短い時間だったけれど、楽しかったと言えば嘘じゃない。
「ありがとうございました」
咲はペコリと頭を下げて荒助家を後にした。
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