上 下
7 / 32

07 死ぬことすら許されない

しおりを挟む
 サリクスが目を覚ますと、そこはどこかの神殿のようだった。身体が重い。指一本動かすのすら億劫だ。ぼんやりとした頭で、サリクスは自分が床に倒れていることに気がついた。

(え……? 私、死んだはずじゃ……)

 呻き声を上げ、サリクスは己の首を触った。確かに氷柱で貫いたはずの喉は痛みがなく、傷一つない。
 どういうことかと混乱したまま大理石の床からゆっくりと起き上がれば、頭上から歓声の声が上がる。

「やった、やった! サリクスが目を覚ましたよ!」

「よかった、よかった!」

「これでまた一緒に遊べるよ!」

 見上げれば、多くの精霊達が喜んでいた。普段は光の球でしかない彼らが、本来の姿であった。サラマンダーは尻尾に炎を宿したトカゲに、ウンディーネは手のひらほどの大きさの人魚に。他の精霊も同様だ。
 サリクスが驚く間も無く、精霊達が彼女に飛びついてきた。十数体もの彼らに一斉に抱きつかれ、再び床に倒れそうになるのを慌てて堪える。

「な、なんで皆、その姿に? 地上だと戻れないって言ってなかった?」

 サリクスが困惑していると、精霊達ははしゃぎながら言った。

「そうだよ! 僕らはあそこだとこの姿になれない!」

「でもここは地上じゃないもの!」

「だってここは精霊界! 私たちの故郷よ!」

「せ、精霊界!?」

 サリクスはギョッと目を見開く。
 精霊界は文字通り、精霊達が住まう場所。彼らはここから気まぐれに地上に顔を出し、人間達に悪戯したり力を貸したりするのだ。
 精霊しか行き来できない空間に、どうして私が……と、サリクスが疑問に思っていると、落ち着いた声に名前を呼ばれた。

「ああ、サリクスよ。目覚めましたか。身体の調子はどうでしょうか?」

 サリクスの目前で、風が螺旋状に吹いた。キラキラと緑の光が集まり、風に乗って人の形をつくる。顔はなく、身体は男とも女とも見れる、中性的な姿だった。
 見たこともない魔法にサリクスが驚き、正体を尋ねる。

「あなたは、一体誰ですか?」

「厳密に言えば、私に名前はありません。ただ、精霊界を守り、維持しているため、皆からは王と呼ばれています」

 目の前の人物が王と名乗ると、精霊達が誇るように言った。

「そうだよ! 王様はすごいんだ! なんでも助けてくれるの!!」

「サリクスのことを助けてくれたのも、王様なんだよ! ありがとう、王様!!」

 彼らの発言に、サリクスが固まった。また己の喉に手を添え、震えた声で問いかける。

「あなたが、私を助けたのですか……」

 「ええ。精霊達が泣きながら縋ってきたため、なんとか蘇生したのですが……」精霊王はサリクスに近寄った。「どうやら、事情がおありのようで。何があったのですか?」

「——私は、自分で自分の喉を、魔法で貫きました」

 サリクスは呟くように話した。

「もう生きる意味が無かった。だから、死んでしまいたかった。なのに、こんなのって……」

 うつむいて涙を溢す彼女に、精霊達が驚く。

「え、なんで? サリクス、泣いちゃやだー!」

「泣かないで。せっかく、元気になったのに」

「そうよ! もっと喜びましょう! 一緒に遊びましょう!」

 精霊達の無邪気な励ましの言葉に、サリクスは何も言えない。精霊王が見兼ねて、彼女に纏わりつく精霊を払った。

「まだサリクスの体調は万全ではないのです。彼女に無理させてはいけません。私が許可するまで、あなた達はあちらで遊んでいなさい」

 えー!? と、不満を露わにする精霊達を、無理矢理風に乗っけて外に出す。一体残らず追い払った後、精霊王はサリクスの視線に合わせるよう屈んだ。

「彼らの代わりに私が謝罪します、サリクス。精霊は人の心の機微に疎い。どんな生命も尊いと考える彼らに、あなたの気持ちは理解できないでしょう。私も、彼らに乞われるまま生き返らせ、あなたのことなど考えてもいなかった。申し訳ありません」

 頭を下げる王に対し、サリクスは力なく首を横に振った。

「……いえ、謝らないでください。今まで精霊の力を借りおきながら、彼らが都合よく理解してくれると考えた、私も浅はかだったんです」

 そうしてサリクスは縋るように王と顔を合わせ、頭を下げた。

「殺してくれとは言いません。お願いします。どうか、精霊達に見つからないよう、地上に返してくれませんか。きっと、また私が死のうとしたら、彼らは止めるでしょう。たとえ死んでも、またあなたに蘇生してくれと頼むでしょう。だから、どうか、どうか……」

 精霊王はしばし躊躇った後、サリクスの嘆願を断った。

「それはできません。私も精霊と同様、生命を尊び、見守る者。死にたいと願うあなたに寄り添うことはすれど、自ら命を終わらせようとする者の願いは叶えられない」

 絶望していくサリクスに、精霊王は無慈悲に告げた。

「しばらくの間、精霊界で過ごしなさい。地上とは違い、ここには人の業がありません。きっとあなたも、ここで過ごしているうちに、心を入れ替えられるでしょう」

しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

魔女の私と聖女と呼ばれる妹〜隣国の王子様は魔女の方がお好きみたいです?!〜

海空里和
恋愛
エルダーはオスタシス王国の第二王子に婚約を破棄された。義妹のティナが聖女の力に目覚めてから、婚約者を乗り換えられたのだ。それから、家も追い出され、王宮での仕事も解雇された。 それでも母が残したハーブのお店がある! ハーブの仕事さえ出来れば幸せなエルダーは、義妹の幸せマウントも気にせず、自由気ままに生きていた。 しかしある日、父親から隣国のロズイエ王国へ嫁ぐように言われてしまう。しかも、そのお相手には想い人がいるようで?! 聖女の力に頼りきりでハーブを蔑ろにしていた自国に限界を感じていたエルダーは、ハーブを大切にしているロズイエに希望を感じた。「じゃあ、王子様には想い人と幸せになってもらって、私はロズイエで平民としてお店をやらせてもらえば良いじゃない?!」 かくして、エルダーの仮初めの妻計画が始まった。 王子様もその計画に甘えることにしたけど……? これは、ハーブが大好きで一人でも強く生きていきたい女の子と、相手が好きすぎてポンコツになってしまったヒーローのお話。 ※こちらのお話は、小説家になろうで投稿していたものです。

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。

桧山 紗綺
恋愛
子爵家の長男として生まれた主人公は幼い頃から家を出て、いずれ婿入りする男爵家で育てられた。婚約者とも穏やかで良好な関係を築いている。 それが綻んだのは学園へ入学して二年目のこと。  「婚約を破棄するわ」 ある日突然婚約者から婚約の解消を告げられる。婚約者の隣には別の男子生徒。 しかもすでに双方の親の間で話は済み婚約は解消されていると。 理解が追いつく前に婚約者は立ち去っていった。 一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。 婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。 それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。 恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。 そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。  いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。 来期からはそうでないと気づき青褪める。 婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。 絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。   ◇◇ 幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。 基本は男性主人公の視点でお話が進みます。 ◇◇ 第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。 呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます! 本編完結しました! 皆様のおかげです、ありがとうございます! ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました! ◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

処理中です...