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03 夢は王妃になることです

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 当然、サリクスは反発した。
 幼少期から勉強漬けで自由が少ない上に、ほんの些細な気晴らしすら許されない環境で、十歳に満たない少女が我慢できるはずがなかったのだ。

「こんな生活もう嫌です! 私、王妃なんかになりたくない! なれなくていい! こんな我慢ばかりしなくちゃならないなら、王妃なんかに選ばれたくない!」

 両親が喜んでくれるからと、その期待に応えようと精一杯努力してきたサリクスだが、とうとう耐えきれず爆発した。
 友人から貰った髪飾りを守るように胸に抱き、泣きながら懸命に心の内を両親に訴える。
 もう我慢できないと。大事なものを捨てられたり奪われるのは嫌だと。
 だが彼らに、彼女の必死な思いは届かなかった。サリクスの頬を引っ叩き、呆然とする彼女に二人はそれぞれ捲し立てた。

「我儘を言うな、サリクス! お前が王妃にならなければ、この家は終わるかもしれないんだぞ!?」

「そうよ! サリクス! これは王妃になるため、仕方がないことなの! あなたもわかっているでしょう!?」

「今までお前にどれだけの金と時間をかけてきたと思っている!? もうあとには引けないんだ!」

「サリクスだって王妃になりたいって言っていたじゃない! それなら、これくらい我慢しなさい!」

 己より体格も年齢も上回っている大人に怒鳴りつけられ、サリクスは萎縮した。
 見たこともないほど怒り狂い声を荒げている両親に、彼女は恐怖したのだ。
 子供が肩を縮こまらせ涙を浮かべても、二人は責め立てるのを止めなかった。

「サリクス、お願い。あなたにしかできないことなの。二百年続いたセントアイビス公爵家を、私たちの代で終わらせるわけにはいかないのよ!」

「わかっている。私たちがお前に無理を強いているということを。だが、理解してくれ。お前が王妃になる以外、もう道はないんだ!」

「……サリクス、王妃になることはとても光栄なことなのよ? 悲観することではないわ。我慢は今だけ。そう、今だけだから」

「——母の言う通りだ、サリクス。王妃になりさえすれば、お前は幸せになれる。だが、そう簡単には選ばれない。私たちが厳しいのも、お前の将来を思ってのことなんだ。生半可な努力では、王妃に選ばれない」

「サリクスのためなら、お母様たちもお金も時間も惜しまないわ。だから……お願い、サリクス。どうか王妃になってちょうだい。あなただけが、私たちの頼りなの……」

「サリクス。お前は私たちの誇りだ。だから、頼む。王妃になって、公爵家を守っておくれ」

「サリクス、お願いよ……サリクス……」

 二人は途中から怒るのを止め、サリクスを宥めるような言葉を繰り返した。
 彼女の小さな身体を抱き、母親は啜り泣き始める。父親は、悔しそうな顔で俯いていた。
 幼い子供の罪悪感につけ込んだ小賢しい言い分は、当時のサリクスの思考を麻痺させるのに十分だった。
 冷静になれば、彼女は子供ながらも、両親の言い訳が自分勝手だということに気がついていただろう。
 だが、鬼の形相をした両親に捲し立てられ、恐怖で頭も心も萎縮した後、同情心を誘うように自分に縋り付いてきたのだ。
 この時、実の両親を突き放せるほど、サリクスの心は強くなかった。

 サリクスの両親は、決して彼女を蔑ろにしていたわけでない。
 魔法の大会でいい成績を残せれば褒めてくれた。算学のテストで悪い点数を取っても励ましてくれた。周りには自慢の娘だと、いつも誇らしげに語ってくれた。
 サリクスは、両親に愛されて嬉しかった。彼女もまた、両親が好きだった。
 それゆえ、二人が悲しんでほしくないと思うのも、二人に嫌われたくないと思うのも、自然な考えだろう。
 そして同時に、二人が理想とする子供——両親の言う事を聞く従順な少女にならなければ、今までの愛情が失われるということを、無意識に理解してしまった。

「——ごめんなさい」

 怒られたのは、私が悪いことを言ったからだ、と。サリクスは考える。

「ごめんなさい、お父様、お母様……」

 腫れた頬を涙で濡らして、謝罪の言葉を繰り返した。

「ごめんなさい、ごめんなさい。わ、私、頑張るから」

 ただただ二人に嫌われないよう、彼らが望む言葉を与える。

「我慢もする。もっといっぱい勉強もする。私、頑張って、王妃になるから……」

 まだ親の愛を失いたくなかった少女は、この瞬間、愚かにも己の存在価値を定めてしまった。

 王妃になれなかったら、二人から嫌われてしまう。そんなの嫌だ。怖い。
 それなら、今だけ我慢しよう。ちょっとの辛抱だ。もっともっと、己が凄い魔法を使えるようになれば、いずれ、彼らも、サリクスの好きなことをさせてくれるはず。
 そうだ、今だけ。今だけ、我慢すればいい話なんだから……と、サリクスは淡い希望を抱いてしまったのだ。

 そして、その選択が間違っていたことを、彼女は十八歳のとき知ることになる。
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