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エピローグ
しおりを挟む気がつくと、売り方は其処に居た。
殺風景な川原。
人工的な建物などは一切無く、ただ枯れたススキや彼岸花が生えているだけで、人や他の生き物の気配すらも無い。
目の前の川は、向こう岸が見えないほどに幅が広い。流れる水の表層は淡く白く、下の方は不気味に黒い。
その川の上、靄でよく見えないが恐らくは有るだろう向こう岸の方から、一艘の小さな船がやって来る。
船の上には船頭が一人きり、大きな鎌を竿の代わりにしている。
売り方の背後、遠くの黒い山から吹いてくる風をものともせず、その船は進んでくる。
その不思議な動き、奇妙な遠近感、薄い時間の感覚。
そこで初めて、売り方は此処がどこなのかを悟った。
船が岸に着く。船頭は女性だった。
豪奢な作りだが、見た事の無い不思議なデザインの、和裁の服を着ている。
それを部分部分で無理矢理膨らませている豊満な体を、船縁に腰掛けさせた。
そして、ざっくばらんな口調で売り方に話しかける。
遠くから見ていてまさかと思ったが、人間の姿かたちを保ったまま此処へ来た者は非常に珍しい、と。
普通は、握りこぶし大の光の玉になってるのに、と。
よほど特殊で特別な亡くなり方をしたのだろう、とも。
言われて売り方は、そうなのか? と返しつつ自分の姿を見る。
五体満足な体に紺色のスーツ、黒い革靴。
それらは薄い水の膜を通しているように、ユラユラと揺れて見えていた。
その様子を見て船頭は問題なしと判断したか、貴方は向こう岸に行かなければならない、それには渡し賃が必要だと、普通の光の玉にそう言うように言った。
五文と言われた。
売り方は、自分の手持ちを確認しようとする。
しかし、スーツのポケットに財布や金子の類は無かった。
持ち合わせが無い旨を伝えると、船頭は、では渡る途中に自分のしてきた事を話して聞かせてくれれば良いと言った。
貴方の姿かたちや川の幅からして、きっと波乱万丈の人生だったのだろうから、話の面白さも期待出来そうだ、とも。
売り方は戸惑った。
何も憶えていない。自分が何をしてきたのか、何故此処に居るのかも。
そして、生への執着が無いとはこの様な事なのだろうか? 彼はその事について特に不満や不安を感じていなかった。
忘れてしまっていて、話も無理だと告げる売り方。
船頭は、ああそれならと、売り方の背後を指し示した。そこを見ろと。
売り方と遠くの黒い山。その間の中空にいつの間にか巨大な半透明のスクリーンが
浮かんでいて、ある風景が映し出されていた。
それは、墓地の中を歩く少女だ。
都内の、有名な進学校の制服に身を包んでいる。
季節は春なのだろうか、周囲にある桜の木が爛漫と花を咲かせている。
ハラハラと舞い散る花びら、それらを照らす穏やかな日の光。
墓地の中とは言え華やかな風景の中を歩く少女は、それとは対照的に悲しげだ。
そして、その傍らに付いて歩いていると思しき、二人分の人影。
それらは青年と鬼女だったが、売り方には膝から下が薄ぼんやりと見えているだけだった。
足の事を船頭に尋ねる売り方。
すると船頭は、幽霊に足は無い、その裏返しだと言った。
此処からあちらを見ると、そう見えるのだと。
売り方は、分かった様な分からない様な気分でスクリーンに目を戻す。
少女は、一間ほどの高さの、大きな墓石の前で立ち止まった。
それは多分、無縁仏の墓。
そして、その前に向き合い、跪いた。
その両脇に居る二人分の人影から、戸惑いの感情が漏れてくる。
何故こんな事を? という。
少女は、制服のポケットからポケベルを取り出した。
それを、大きな墓石の前に置く。
それらに向かい、手を合わせる少女。
その時、何かの弾みでか、ポケベルに電源が入り、液晶パネルにラストメモリを表示した。
その数字は、“3093”(ありがとう、の意)。
それを見た少女は、ついに泣き出してしまった。
それを見た売り方は、それが自分が送信したものを表示する、自分の持ち物だった事に気づいた。
そして売り方は思い出したのだ、何故自分がそんな事をしたのかを。
そして売り方は思い出したのだ、自分が何者で今までに何をしてきたのかを。
その全てを。
船頭の言う、血縁ある者の姿しか映し出さないというスクリーンを見て。
そこから出てくる声を聞いて。
「――おとうさんの、バカっ」
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