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第60話・巫女さんから龍の伝説を聞いてみては如何でしょうか?

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 8月21日 木曜日

 午前7時 起床
      朝食・後片付け
      洗顔・歯磨き・ラジオ体操

 午前8時 PC立ち上げ・メールチェック(未着)
      スレイブの基板の検図を開始

 午前10時 お茶休憩(10分)
       スレイブの基板の検図を再開

 正午   昼食(冷凍の自作カレーライス)
      後片付け

 午後1時 スレイブの基板の検図を再開

 午後3時 お茶休憩(10分)
      スレイブの基板の検図を再開

 午後6時 スレイブの基板の検図が終了
      祢宜さんへ結果をメール

 午後7時 夕食(冷凍の自作カレーライス)
      後片付け

 午後8時 シャワー・洗濯・アイロンがけ
      歯磨き

 午後9時 メールチェック

 ……祢宜さんからメールが入ってた。
 それは、今日の検図の結果に関するもので、珍しくサラのコメントも付いていた。

 スレイブの方はちょっと気になるところが数か所あったものの、昨日のマスタのデコデコほどではないので、軽い書き方でレポートしたのだが。
 どうもサラは靴の上から足を掻くようなじれったさを感じたようで。
 すぐにでも有明(東京)に来て、現物で説明しろと書いてきたのだ。

 笑ったのは、それを読んだらしい美原さんのコメントで、そのほとんどがサラをたしなめる内容だったのだ。

 ああ、なんかもう懐かしくなってるな、この二人のやり取り。
 そしてついこの間までは更に多くの人たちがいて、ガヤガヤと賑やかだったのに……

 と思ったところで、俺の今日一日を思い出してゲッソリした。
 まるで小学生の夏休みの日記みたいに、事柄を箇条書きしただけみたいな。
 味もそっけもないものだったのだ。

 世間の、ニートと呼ばれる連中は毎日こんななんだろうか。
 よくやるな……

 と変な感心をしたものの、ここへ来る前(関内に居る頃)の自分の生活も、ほとんど似たようなものだったからなあ。
 他人のことをどうこう言える立場ではないな……

 …………

 ………………

 8月22日 金曜日

「おつかれさまです」

 ランドクルーザーの運転席から、後部座席に乗り込んでくる神職姿の親父さんと巫女姿のお袋さんを労う。
 祢宜さんは助手席で、お袋さんのそれよりもっと派手な巫女服を着ていた。

「ありがとう、帰りもよろしく」

 にこやかに親父さんが。
 お袋さんは親父さんに向かって、ほらシートベルト締めてとか言ってる。
 ああそうか、自分のクルマの後部座席なんて滅多に乗る事は無いだろうから。
 いまいち要領が掴めないんだろうな。

「それでは参ります」

 ルームミラーで後ろの二人がシートベルトを着用したのを確認して。
 (なんかお雛様が並んでるようで微笑ましい)
 ランクルを大きな工場の広い駐車場から発進させた。

「今日のような地鎮祭みたいなのは、しょっちゅうあるんですか?」

 車体は大きいが、オートマなので運転そのものは楽ちんだ。
 この西那須野あたりは道路も広いし。
 その気楽さで、助手席の祢宜さんに話かけた。

「今日みたいな新工場の建設というのはめったにありませんが」

 でももっと小さな地鎮祭はちょくちょくあるのだとか。
 実入りもいいしね、と小さく舌を出して。

「しかし、祢宜さんの正体が巫女さんだとは思いませんでしたよ」

 それだけ普段のメイドドレスの印象が強かったからだが、それは言わないでおいた。
 いま着ている巫女服も、それと同じくらいに似合ってるからだ。
 髪型も、巫女さん風の(なんだろう、ミヤビ結いっていうのか?)それにして、一段と雰囲気が変わってて……

「あ、そこを左に」

 俺が言わんとしてるところを察して照れたのか、祢宜さんはカーナビの代わりを始めた。
 こういうかわいいところが、俺より年上とは思わせないんだよなあ。

「なんですか? ニヤニヤと……」

 こんどはむくれた。
 それで水先を変えることにした。

「繰り返しになりますが、本日はお誘い頂きまして誠にありがとうございます」

 今朝、いつも通り8時にPCの前に座って。
 急ぎの仕事は無いから、メールチェックの後は地下のコンピュータの部屋を掃除でもしようかな、とか考えてたところへ祢宜さんからケータイに着信が。

 出ると、今日は神社の応援に来て欲しいとの依頼だった。
 法帖老の了解も得ているとの由だったので。

「いやあ、こちらも助かりますよ、送迎をしてもらえると」

 と親父さん。
 神事の際に履く草履でクルマの運転をすると、警察に見つかったら捕まるらしい。

 まあ、でっち上げの理由だろうな。
 運転の時だけ靴に履き替えるのなんて大した手間じゃないし。

「いえ、大したことでは。それにお昼ご飯もごちそうになってしまって」
「それなら晩ご飯もお楽しみに」

 お袋さんが。
 そう、今日は泊まれる準備をして来るようにと祢宜さんから言われてたのだ。
 断ることも出来たのだが。

「はい、楽しみです。いやあ、自作のカレーも尽きたのでどうしようかと思ってたんですよ」

 と正直に言った。

「そこへあの美味しいお昼ですから。マジで助かります」
「へぇ……美味しかったんだって」

 今度はお袋さんがニヤニヤ笑いで、助手席の方を向いて言った。
 ん? ということは祢宜さんの手料理だったのか?

「ええっと、ピンポーン、進行方向このまま直進です」
「交差点も無いのに何言ってるんだ」

 祢宜さんの照れ隠しに、親父さんが容赦なく突っ込む。
 ああ、この遠慮のなさが家族だねえ……

 ちょっとだけ羨ましくなった。

 …………

 ………………

 神社に到着。
 夕食にはまだまだ時間があるので、とりあえず境内を散策することにした。

 流石に館の周辺と較べると暑い。
 しかし、周囲の高い立ち木で良い感じに日陰になってるので、結構過ごしやすい。

 玉砂利の参道を歩く。
 この神社の縁起は、ここから遠く東にある山の中に住んでいた龍が、地元の修験者によって追い出され、この近くでのたうち回って出来た、とのことだった。
 (午前中に、親父さんが教えてくれた)

 そういえば、ここの近くに川が流れていたっけ。
 昔から氾濫することがあったのだろう。
 その様を龍に例えて、神社を建立して氾濫を防ごうとしたのだろうな。

 まあよくある類いの逸話だが、しかしまたここでも龍なのか。
 那須の山の伝説と言えば殺生石が有名だが、誰の話にも出て来ない。
 そのことを祢宜さんに訊くと、『まあ、あそこは観光地ですから』としか言わなかった。

 つまり、商業的に有名でない話(龍絡み)はマジなんだってことか?
 ちょっと天然のクーラーが背筋を……

 と、あまり寒くないか。
 やっぱ昨夜、このサマースーツにアイロンがけをしといて正解だった。
 拭いておいた革靴と合わせて、まあまあ見られる格好だ。

 それで、神社の皆の送迎も難なくこなせたのだが。

「有明からメールが入ってました」

 巫女服のままの祢宜さんが、神社の隣にある自宅から出てきて。

「そ、そうですか。それで?」

 とりあえずメールの内容を聞く。
 それによると、黒服組三人は明日の土曜日に那須の館へ来るとのこと。
 どうやら問題の修正案がまとまったらしい。
 それで、その修正案でもって館のコンピュータが問題無く動作するかを確認するとのことだった。

「それは、良かった」

 またあのしんどいながらも楽しい日々が再開するのか。
 楽しみだ。

「今夜はうちに泊まって下さいね」
「え、ええ、それはこちらからもお願い……あっ」

 祢宜さんの念押しに一旦は了解しようとしたのだが。
 あの日々が始まるということは、また館の外に出られなくなるという事で。
 しようと思っていたお礼を、しそびれてしまうのではないかと。
 そう思ったから。

「あの祢宜さん、実はですね……」

 休暇の間のことを話した。
 出来れば今日の内に、ショートコースへ行ってお礼をしておきたいのだと。
 しかし祢宜さんの反応はあまり快いものではなく。

「茶臼岳 倍音さん、ですか……」

 と、何か不審者の名を聞いた時の様な反応までしたのだ。

「偽名でしょうね」
「い、いいえ、その苗字の方はいらっしゃいますよ。でも……」

 と、奥歯にものが挟まったような言い方をしたところで。
 祢宜さんの巫女服の中から、ケータイの呼び出し音が鳴った。

「はい祢宜です。ああ、宇藤さん?」

 うわ、宇藤か。
 まあ奴も館にまた来るんだろうから、その為の連絡なんだろうな。
 明日か。

「はい……え、今どちらですか?」

 それより、倍音に関する祢宜さんの反応が良いものじゃなかったのは。
 やっぱ相手が女の子だったからかな?
 それで、中学生くらいの女の子には何を持って行ったら喜ばれるかなんて、訊いちゃマズかったかな?
 いや、これ自惚れすぎか?

 と思いながらも、ゆっくりと駐車場のスタリオンの方へ向かおうとしたところで。

「行くなとは言いません。が、この話だけは聞いてからにして下さい」

 祢宜さんにガッシとスーツの裾を掴まれた。
 そして拝殿の方へと誘われる。

 うって変わったその真摯な顔と雰囲気に。
 俺は断る理由を持っていなかった。


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