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第48話・ステイプルチェイサー

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 しかしツマラナイ反省をしてる場合じゃない。
 S225からは離されつつあるのだから。

 道路は緩い右カーブが2つ、緩い左カーブと続いて。
 それらを抜けると、いきなりキツそうな右カーブが現れた。

「待ってました」

 緩いカーブなのでアクセルも緩めで回ってて、クルマもストレス風だったが。
 右カーブの前で一旦後傾のためにアクセルオン。
 スタリオンが喜ぶ感じが両手に伝わってくる。

 しかしすぐにターンポイントに到達。
 アクセルをジワっとオフでハンドル切り→アクセルジワ踏みでハンドル戻し。
 それで強烈な左Gの中カーブの出口が見えたが、それは直前でしかもまた右。

「ふ」

 複合カーブとは意表を突かれたが、この走り方なら逆に好都合。
 アクセルを踏み込んでターンポイントに飛び込むだけでいい。
 今しがたと全く同じ作業で、今度こそカーブをクリア(直線が見えた)した。

 まるでバッタのようなコーナリング。
 いや、スタリオンは馬だから障害競走馬ステイプルチェイサーか。

 気が付けばS225は10メートルほど先に接近していて。
 200メートルほど先の左カーブまでは何とかついて行けそうだった。

 しかし、このスタリオンは不思議なクルマだ。

 昨夜調べたあのS225というクルマは、最新式のミッドシップで。
 エンジンやサスペンション、ボディなどのスペックシートは。
 煌びやかで眩しくてまともに見てられない代物だったというのに。

 そこへ持ってきてこのスタリオンは。
 車検証によると20年余り前の超々セコハンで。
 (さっきのショー会場には、こっちの方が相応しかったのでは)
 車重に至っては、カタログ諸元で300キロ以上重いのに。

 新免に毛が生えた程度の俺の運転で。
 直線加速で離され、減速でもコーナリングでも離されてる筈なのに。
 それでも何故かついて行けてる。
 むしろ間を詰めてる。

「……おっと」

 直線の終わりの左カーブは緩いものだった。
 そこを抜けると、右側に広い駐車場。
 そこには十台くらいの、いわゆる走り屋のクルマと青年たちが居た。

 彼らの目に、このスタリオンの走りはどういう風に映るのだろうか……

 道路はまた直線になった。

 純音がゆっくり走ってくれてるのだろうか?
 いや、怖くなるからスピードメーターは見ないが。
 実際にフロントウィンドウの向こう側は結構なスピードの世界なのだ。
 手は抜いていても、速度を下げるほどのものではないに違いない。

 やはり、このクルマを改造した人間の所為なのだろう。
 浅香 純音すみお、天才と呼ばれた男。

 と思ったところで、不意に例の数式が脳内をよぎった。
 あれは液晶の組成を導き出すためのものではなく。
 もっと広く物理の根源を表すものではなかったのだろうか?
 でなければ、別業界の人間が車をこんなに速くすることが出来るとは……

「っく……」

 先行してるS225が急減速。
 緩い左カーブの後、いきなりキツそうな右カーブが出現したのだ。
 俺も合わせてフットブレーキをかける。

 見ると、S225はまたテールパイプから黒い煙を吐いた。
 あれはたぶん、シフトダウンをしているからだろう。
 それで回転を合わせる為にエンジンを空ぶかしして。
 そしてミッドシップ故の運動性能の高さで、捩れるように曲がっていくと。

 ははあ、なるほど……
 と納得したこちらは、スタリオンがブレーキかけすぎで失速気味。
 いかん離される!
 慌てて加速しながらカーブに入って、例のバッタコーナリングを決めた。

 このコーナリングはスキーと同じだから、タイミングが全てだ。
 ミスるとたぶん外側に吹っ飛ぶ。
 だから余計なことを考えずに集中しなくては。

 と思いながら左右のカーブを幾つかこなしたところで。
 道の右側に“ここから那須塩原市”の標識が。

「え……」

 なんてこった、もうそんなに走ってきたのか。
 純音は何処までとは言ってなかったが。
 常識で考えれば、峠道の終わりがゴールだろう。

 そういえば、ついさっきまで道路はそれほど下りって感じでなかった。
 むしろ若干登ってさえいたかも(おかげで走り易かった)。
 それが今、標識を境にして下りに変わったような(微妙な差だが)。

 ショー会場からしばらくは下りだったから、高さ的には頂点が2つある形。
 つまりダブルトップチャートだ。
 株価の推移なら、これから後しばらくして大暴落するのが定石……

 いかん、余計なことを考えるからまた離され始めてる!
 道路はキツ目のカーブが右に左に連続していた。
 近くにいないとS225の明るいライトの恩恵にあずかれないし。
 いやもう本当に集中しないと危険が危ない!

 そう思って運転に集中。
 チャンスがあればS225を抜いてしまうくらいの勢いで。

 それでしばらくS225の挙動を見ていた。
 しかしそれをすればするほど、那須のゲレンデを思い出してしまう。

『私の後をついて来て』

 白基調のスキーウェアに零れるような笑顔。
 滑り始めると、手を伸ばせば届きそうな距離なのに。
 間を風と雪を削る音に邪魔されて。

 楽し気に舞う後ろ姿を、ついにつかまえる事が叶わないまま――

「……って、ゲッ」

 急に道路の下りがキツくなった。
 増すスピード。
 それに合わせるかのように道幅も広くなっている。
 
 路面には黒々としたタイヤのブラックマーク。
 それらによってセンターラインはほとんど消されている。
 なんというか、路面から殺気のようなものまで感じられて……

「なんだここはっ!?」



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