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第33話・遊観
しおりを挟む「えっと、ただの神社の娘ですけど」
スタリオンから降りて、祢宜さん。
何を訊きたいの? ってな飄々とした表情で。
「だからその苗字なんですか?」
俺も降りて、カマをかけてみる。
つうか、ずっと気になってたんだよな、その苗字。
「……もちろん本名ですが」
間があったな。
こりゃ、俺の疑念は的を射ていたのか?
「なんでそんな偽名を使う事にしたんですか?」
分かりやすく言い直して、畳み掛ける。
祢宜なんて苗字、初めて聞いたし。
神社の役職を意味するものだとは知ってるが、それを神社の人間が韜晦の為の偽名として使うには、逆に的外れになるだろうに。
「いえ、ですから本名ですって」
あくまでも本名だと言い張る祢宜さん。
とってつけたような戸惑いを顔に張り付けて。
何の為にそんな事をするのか、意味不明だった。
「はあ……」
スタリオンのルーフ越しに行われる、実りの無い会話。
当人の目的が不明な以上、こんな細かな事を問いただしても無意味なのは分かってるのだが。
「あ、それじゃあ……」
何かに気づいたのか、横の方を見ながら祢宜さんが。
「あすこに私の両親が居ますから、直接お聞きになってみては如何でしょうか」
手のひらで指し示された先を見る。
そこは境内の端。拝殿の前あたりに紅白の衣装と、白と萌黄色の衣装を着た人が居た。
「おおーい」
そっちに向かって、気軽な感じ―まさに親子という―で手を振る祢宜さん。
「え、いやちょっと……」
こちらに気づき、駆け寄ってくる二人。
って、駆け寄ってくる……?
なんで?
「はあっはあっ……は、初めましてっ……」
先に着いたのは萌黄色の方の人。竹箒を抱えた男性。
服装の派手さとは裏腹の、60絡みに見える髪(白髪交じりだ)や顔かたち。
息を切らせながらも挨拶をしてくれる。
「あ、ああ、初めまして」
勢いに押されて挨拶を返す。
目が点になってるのが自分でも分かった。
「あ、お父さん、この人は」
「まあ、結構いい男を……連れて来た、じゃないの……」
俺を紹介しようとした祢宜さんに、遅れてきた巫女服姿の女の人(お袋さんか?)が被せるように。
って、いい男って?
矢板スコールでヨレヨレになったスーツ着てる俺がか?
「もうっ、違うよお母さんっ!」
お母さんと呼ばれた、巫女服の女の人。
石上さんの奥方の白い割烹着もそうだったが、白い服ってのは胸周りをよりふくよかに見せる効果があるようだ。
髪も、巫女さんの格好の割に短めなので、より一層その印象が強くなるのかもしれない。
「この人は、仕事場の同僚にあたる人で、そういう関係じゃ……」
「なんだ、そうなのか? ……いやでも、今後どうなるかは」
息が整った風の男性、俺を見ながら。
「なんせまだ若そうだし」
と言ってくれた。
またか、またしても若造扱いか。
俺って、北関東の人からしたらそんな子供っぽく見える風体なんだろうか?
だから。
「いえ、今年30になりました」
と、悪びれずに言った。
しかし、それに対するリアクションは。
「まだ30なの。若い若い。うちの旦那が30の頃なんてもっと……」
「さんじゅう? 三十ちょうどなのですか?」
普段とは逆のものだった。
え、30ってまだまだ若いって認識が一般的なのか?
会社では係長で、とっくに中堅クラスのポジな雰囲気なんだが。
「え、ええ、さんじゅう丁度ですが」
と、戸惑いながらも父親の方に返答する。
すると。
「三十ちょうど! 若い! ウチのこの娘なんて」
そこまで父親が言ったところで。
「!!!」
祢宜さんが、いつの間にかスタリオンから出していた自分のバッグを、父親の脳天に叩きつけた。
伸ばした腕を振り回し、遠心力を100パーセント活用する形で。
「うべふっ!!」
某世紀末救世主伝説もかくやの、ひしゃげたような断末魔を残して父親が倒れる。
「ああっ、お父さんがっ」
倒れたまま起き上がってこない父親を見おろす祢宜さん、それを見ながら母親が。
「わ、我が娘ながら恐ろしい子……」
と絶句した。
「あ、あら? おほほほほほほほっ……」
バッグを背後にポイ投げし、オホホ笑いを繰り出す祢宜さん。
その異次元から放たれるような威圧感に、今度は、自分の額に縦線が数十本描かれたのが分かった。
「う、うう~ん、はっ、ここはいったい……?」
「お、お父さん、よかった」
母親の助けにより、目を覚ます父親。
「ん、キミは……?」
こちらに気づき、立ち上がる。
「あ、初めまして。私は娘さんの仕事場の同僚で、加治屋 九郎といいます」
胸ポケットから、シュバッという擬音が付きそうな勢いで名刺入れを出し、更にその中から一枚を取り出して父親に渡す。
無論、両手でだ。
関西系なら、ここはネタをループさせるのに絶好の場面。
しかしそれは面倒なので、それを殺して有無を言わせず話を進める意味もあった。
「おおっと、これはご丁寧にどうも」
最初は片手で受け取ろうとした父親、俺が両手を使った所為か、持っていた箒を急いで傍らの母親に預け、両手でそれを受け取った。
そこまで畏まらなくてもいいのだが。
「遅れましたが、私はこの神社の宮司を務めております、祢宜 利男といいます」
そして、名刺を持って来ますからと言って踵を返した。
「あ、いえいえ、そこまでは」
遠慮したのだが、振り向きもせず社務所らしい建物の方へ小走りで行ってしまった。
ううむ、名刺を出したのは失敗だったか?
しかし、これで祢宜さんが何を隠してるのか、ほぼ確定した。
30で若いと断言される、彼女の実年齢。
つまり確実に俺より年上。
父親の口ぶりからすると、どうも35あたり……? まさか、よんじゅう……(ゴクリ)
この、どう見ても高校生にしか見えないルックスで……!
あ、だから宇藤たちが祢宜さんに対して、なんか独特な距離感を持ってたのか?
うむ、今にして思えば、自分よりも年上の人間に対するそれのような感じであったような、そうでもなかったような……
「まあまあ、立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」
言って、母親さんも社務所の方へ歩き出す。
「折角ですから、お茶でも」
祢宜さんからも。
こうなってしまうと特に断る理由も無いので、付いて行くことにした。
「祢宜さんの苗字って、本物だったんですね」
少なくとも、読みは同じなのだろう。
「疑ったりしてすみませんでした」
だから素直に頭を下げた。
間違いだと分かったら、即謝罪で波風立たずだ。
ギャフンは通用しないだろうしな。
「ああ、そんな、お気になさらず。よく言われますので」
父の修業時代の話なんか凄いですよ、と祢宜さんが話を変えてくれる。
そうか、会社で言うと、苗字が部長とか常務くらいなもんだろうからな。
周囲の人間も言い辛かったに違いない。
「それに、実は加治屋さんに秘密にしてることもありますから」
玉砂利を踏んで参道を進みながら。
「なんですか? それは」
素直に訊いた。
まさか、隠してるのは自分の年齢だけではなかったのか!?
「今日来た製薬会社の社長さんの奥さん、実は、社長が若いお医者さんだった時の患者さんだったそうですよ」
なにかの内緒ごとを話すときの様に、口元に手のひらをかざして、声を潜めて。
「……は?」
なんだそれ?
秘密といえば館に関わる何事かじゃないのか?
いや、エロゲなら普通ここで何やら怪しげな曰くとかが明かされるんだろうに。
「治癒不可能と言われた難病の少女を、自分で作りだした新薬で死の淵から救い出す青年医師。固い絆で結ばれた二人は、当然のように結婚して……」
「はあ……」
うっとりと話す祢宜さんに適当に相槌を打つ。
つうか、あの夫婦にはそんなハードな過去があったのか。
その割に、社長の方はなんかイマイチ青臭さが抜けきってない感じだったが。
「その時の薬を元にして、今の製薬会社を立ち上げたそうですよ。ロマンチックですね」
「え、えっとあの」
どうも最近、ロマンチックと聞くと王子様のもっこりストッキングしか頭に浮かばなくなってしまってて、祢宜さんに到底同意できない。
つーか、そういうことではなく。
「ではなくてですね、秘密といえばもっと神秘的なというか、スピリチュアルな何かみたいな」
「はあ……」
今度は祢宜さんが生返事になった。
どうやら本当の秘密は話す気はないらしい(当然か)。
「スピリチュアルですか。それならこの神社に関わる事で」
そして社務所の前に着く。
「神を祀る、神聖な場所にあるこの社務所の中に」
母親が、社務所の裏にあるドアを開けたところで。
「実はエアコンが入ってるのです!」
開け放たれたドアの中から、程よい冷気が流れ出てくる。
夕刻とはいえまだまだ暑かったので、けっこうキモチイイ。
いや、室外機がドアの横にあるのは見えてたんだけどね。
しかし、これは祢宜さんにとって、とっておきのネタだったのだろう。
だから、疑った事のお詫びも含めてこうリアクションした。
「ギャフン!」
……案の定、祢宜さんと母親は固まってしまった。
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