上 下
29 / 67

第29話・先入観

しおりを挟む
 
「おつです♪」

 後場も良いデータが採れたと一人喜んでるサラ以外は、皆ゲンナリとした午後3時。

 昨日の注文データに乗っける形のシミュレーショントレードながら、かなりの大相場にでっち上げる事に成功した。
 美原さんと宇藤の監視によると、特に不具合的な動作も見受けられなかったらしい。
 けっこう頑丈なのな、この試作サーバ。

 宇藤は、とりあえずお茶だと厨房に向かった。
 お茶セットはPCルームにもあったのだが、どうも石上さんが用意してくれるオヤツが目当てらしい。

 俺はどうしようかと迷ったが、前引けに較べて体の調子は悪くなかった(作業のコツをのみ込んだようだ)し、昼休みに撮った枚数で足りるのかどうか祢宜さんに確認していなかったこともあって、再度庭に出てみた。

 しかし、誰も居なかった。

 厨房にでも居るのだろうか?
 そういえば、普段祢宜さんや法帖老がどこで何をしてるのか知らなかった。
 今日は特に、トレードの監視をする必要が無いからと、法帖老はPCルームにすら居なかったからな……

 あ、そういえば。
 たしか老が、今日は双子と車の様子を見るとか言ってたな。
 それなら。

 …………

 というわけで、やたら広い駐車場がある裏庭にやってきたのだ。
 (なんかますます館もののエロゲみたくなってきた)
 見回すと、大きなワンボックスと紺色のミニバンの手前に、昨日乗ってきたクルマ=スタリオンが見えた。

「ん、あれは……」

 スタリオンはボンネットが開けられ、中を覗き込んでる人が一人。
 石上(旦那)さんだった。
 普段のコック服ではなく、自宅からの通い用と思しき、シンプルなポロシャツと綿のズボン姿だ。

「おう、加治屋さん」

 こちらに気づいて声をかけてくれる。

「あ、どうも」

 返事をして歩み寄る。

「その代車、何かあったんですか?」

 ボンネットの中を覗き込んでた時の、シリアスな顔が気になったのだ。

「ん、あったっつうか、法帖さまから言いつかったのよ、この車に関して分かる限りの事を教えてくれとね」

 石上さんまで動員か。人使いが荒いというか、よほどこのクルマが気になってるんだな、あの爺さんは。

「そうですか、それで何かありましたか? 変なトコとか」
「変なトコというのは無いな。加治屋さんも昨日フツウに運転して来たんだろ?」

 ん、まあ、エンジンにやたら力があるくらいかな。あ、あと、運転席がバケットシートに替えられてるってことか。

「え、ええまあ、特に問題はありませんでしたね」
「ふむ、しかし厳密に言うとまともなトコというのも一つも無いんだわ、コイツには」
「? といいますと?」

 説明してくれる石上さん。

 ・自分は若い頃に車にはまってた時期があって、この年式の車なら大体の事は分かるという事。
 ・この車・スタリオンは、見れば見るほど改造箇所だらけだという事。
 ・ざっと見てもボンネットやフェンダーはFRPで、マフラーやボルトナット類はチタン製だろうという事。
 ・軽量化にこだわってると想像できるが、そのくせ助手席とリアシートは手付かずのままだという事。
 ・当時日本ではグループAというレースが流行っていて、改造パーツには事欠かなかったという事。
 ・しかしこの車の改造パーツの半分くらいは、米国のチューニングショップ製だろうという事。
 ・ここまでやると、ふつう車検証はマル改になるはずだが、当時は改造車検なんて無理だったという事。

 そこまで聞いて、思い当たることがあったので口を挟む。

「あ、そういえば、車検証には『カイ』って表記がありました」
「そ、そうか」

 まあ最近の車検なら通してくれるのかもな、と独りごちる石上さん。

「でも、ホントに車検通ってるんですかねえ? エンジンこんな事になってるのに」

 二人で覗き込むボンネットの中。
 素人なので詳しい事はよく分からないが、この鈍い銀色に輝く太いパイプがのたうってるエンジンルームを見ると、これがエンジンの枷を外しまくった結果であることは何となく想像がついた。

「エンジンと補器類はアメ製だな。上り坂も楽々だったろ?」
「あ、ええ、4速で登ってきました」
「ほう、スゲエな……でもまあ、アメリカ人はそういうトルク優先を好むからな」

 ボンネットを閉じ、今度はホイールに目を移す石上さん。
 曰く、これはイタリア製のマグネシウムホイールで、白く塗られているのは、それが競技用(細かなひび割れでもすぐに発見できるように)を意味しているのだとか。
 当然、車検は通らない代物らしい。

「このホイールだけで新車の軽が買えるぞ」
「はあ、それなら……」

 目をキラキラ輝かせてる石上さんに言った。

「お乗りになってみては如何ですか?」

 祢宜さんから預かってきたのだろう、石上さんの手にはスタリオンのキーが握られていた。
 それほど凄いと思ってるのなら、実際に乗って感じを確かめたいだろうに。
 しかし。

「い、いや俺はいいよお」

 断ってきた。

「え、なんでですか? スタンドの人からも好きに乗って良いと言われてますし」

 嗾ける。
 決して、遠慮してる石上さんをかわいいと思ったからではない。

「いやあ、これ乗っちゃうと、昔の色々を思い出してマズい事になりそうだから……」

 と、片手を振ってボソボソと。
 詳しい人は、見ただけでそれがどんな乗り味なのか分かるものなのか?

 しかし、昔の色々とやらを思い出したところで、それが何の問題に……
 と思ったところで。

「あんたー、いつまでクルマ見てんのー!?」

 館の裏口から、奥さんの声が。
 それを聞いて、石上さんの表情が一瞬で普段の料理人のそれに戻った。
 ああ、なるほどね。

「じゃあ、法帖様には私の方から言っておきます、このクルマのこと」
「お、助かる。じゃあよろしく頼むわ」

 言って、石上さんは館の方に小走りで去って行った。
 その背中には、昔の色々を偲ばせる淡い哀愁と、プロ意識の発露たる料理人の雰囲気が重なって見えて。
 なかなか渋いじゃん、と思った。

 さて、例のメモ書きがグローブボックスの中とかに有ったりしないかな。
 そう思って、スタリオンの助手席のドアノブを掴んだのだが。

「鍵がかかってる……」

 …………

 その後、厨房で石上さんから集中ドアロックではない事を教えてもらって、ガッカリしたことは内緒だ。
 (尚、法帖老と祢宜さんは、他のみんなと一緒に食堂でおやつを楽しんでいましたとさ)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

胡桃の中の蜃気楼

萩尾雅縁
経済・企業
義務と規律に縛られ生きて来た英国貴族嫡男ヘンリーと、日本人留学生・飛鳥。全寮制パブリックスクールで出会ったこの類まれなる才能を持つ二人の出逢いが、徐々に世界を揺り動かしていく。青年企業家としての道を歩み始めるヘンリーの熾烈な戦いが今、始まる。  

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

処理中です...