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第15話・陰謀史観

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 壁や床に這う電源コード。
 それらを片っ端から引き抜いて、映るのはテーブルの上の三面鏡状態のディスプレイ、その真ん中の一枚だけにした。

「ふう、やれやれ」

 ラノベの主人公っぽいため息をつきつつ、PCも一台だけ立ち上げる。
 簡単な調べ物をするだけなので、それで充分だからだ。
 貧乏性なのは否定しない。

「さてと……」

 宇藤たちは部屋から追い出した。
 思ったよりもあっさりと帰ってくれたので助かった。
 念のために、部屋の中に隠しカメラとかないか探してみた(無かった)。
 ……まあ、そこまでする必要はないのかもしれんが。

「法帖 文光、っと」

 入力して検索。
 我を知らんとは世間知らずか、みたいなことを豪語してたからな、あの老人。
 どれだけ世間一般で知られた名なのか、調べてみようと思ったのだ。
 だが……

「う、げっ」

 もの凄い量の検索結果。
 トレードやFPSでもビクともしなかったPCが、一瞬固まったくらいだ。

「……うわ」

 個人でウ■キに載ってるのか。
 これなら確かに、知らんのか、と言われても仕方ないレベル、なのかもなあ。

 それらネット情報によると、法帖老は今年80歳で、戦後軍医だった父親の跡を継いで医者となり、東京区内に病院を建て、その経営で財を成したらしい。
 その後、その病院に勤務していた青年医師と共に製薬会社を設立、初代会長となって現在に至る、と。

 そういえば、バイオ系での起業の先駆けとして有名な会社が、たしかHJPという社名だったか。法帖ファーマシーの頭文字とかか?

 更にネット情報では、法帖老は投資術に長け、資産家の中でもトップクラスの資産額を誇るという。
 また、証券業界でも有名人で、某経済新聞の『あたしの履歴書』でも連載を持ったことがあるとか。

「うひゃあ」

 典型的な成功者じゃないか。
 しかし、ここまで成功してるのなら、もう普通に隠居して、この館も自分専用にして、ノンビリ過ごせばいいだろうに。年も年だし。
 何故、こんなに株式相場に固執するんだろう?

 と思ったところで、何故かHJPという社名が気になった。
 何というか、どこかで見たことがあるというか。

「よし……」

 検索してみた。
 簡単に情報が手に入る。ビバ、ネット社会!

「…………」

 だがその結果は、少し意外なものだった。

 見たことがあるのは当然だった。
 この会社は、俺が大学に入学した頃に出来たようで、よく学生課の掲示板にバイト募集が貼られていたのだ。
 で、その内容が『治験』。

 当時は貧乏学生だったため、その割のいいバイトに何度か申し込みそうになった。
 それは、当時の俺が治験と言うものを良く知らなかったせいだ。
 そんなもの知らずな俺を見かねてか、友人がアドバイスしてくれた。『よほど体力に自信が無い限り、手を出さない方が良い』と。

「………………」

 治験とは、新薬や新たな治療方法を実際に人体に使って試験することだ。
 ぶっちゃけると、合法内での人体実験と言っていい。
 そんな治験のバイト募集を、このHJPは未だに行っているのだ。

「……………………」

 無論、治験自体に問題があるわけじゃない。
 事実、他の製薬会社も頻繁に行っている。
 しかし、このHJPのそれは評判が悪いのだ。
 それは今でもそうらしい。
 『HJP 治験』で検索しただけで、いきなり悪評の束が表示されるのだから。

「…………………………」

 これだけ評判が悪ければ、バイトも集まらず、治験もうまく進められないだろう。
 それでも治験は、新薬の開発には必須の事柄に違いない。
 だから、正式な知見は得られなくとも、イレギュラーな形で何らかの実験を行ってるかもしれない……

「そ、そういえば……」

 祢宜さんは、法帖老のお孫さんだった。
 その祢宜さんは、俺に紅茶を淹れてくれたな。
 それはとても美味しいもので、契約のサイン後、3時のおやつ時、それに夕食後にも振舞ってくれた。

 そしてそれは、よく考えてみると俺一人だけだったな……

 更に、申し訳なくなるほどの好待遇……

『相場の神を現出させよ』

 ………………

「……うぷっ」

 いきなりこみ上げてくるものを感じ、俺は急いで隣の洗面所(トイレはその中に在る)へ駆け込んだ。

 ………………

 …………

 ……

「あ、おはようございます」

 祢宜さんの明るい声が、朝7時の厨房に響く。

「朝ごはんは8時からと言ったつもりだったんですが……」

 昨日と同じ、青いメイド服だ。
 相変わらずかわいい。

「お、おはよう、ございます……」

 巨大な冷蔵庫を開け、適当に朝飯になりそうなものを物色してる最中に声をかけられたので、金縛りになってしまう。

「あ、もしかして、加治屋さんは朝ごはんを食べない人なんですか?」
「え、いや、そういうわけでも」

 仕事柄(二交代制だ)、生活のリズムが一定しないってのはある。
 しかし、一日に三度は必ずちゃんとした食事をとるようにしてる。
 労働者は体が資本だからな。

「じゃあ、なぜ……」

 流石は石上さんが管理してる冷蔵庫なだけあって、開封して直接食えるようなものは一切入っていない。
 それでも探して、なんとか半切のフランスパンとビン入りの牛乳を掴みだしたところだったのだ。

「私の作る朝食を、皆さんは避けるんでしょうか」

 肩を落として、見る見るうちに悲し気な表情になっていく祢宜さん。
 こ、これはいかん!

「いえその、あまりにも待遇が良いので、つか良すぎて逆に居心地が悪くなって、というか」

 これは本音だった。
 ただし、昨夜HJPをネットで検索するまでの事だが。

「それに普段が一人暮らしなもんで、寝起きには朝食作る、ってルーチンが体に染みついちゃってて」

 と言いながら、冷蔵庫のドアを閉める。
 が、すぐに横から伸びてきた手によって、再び開けられた。

「加治屋さんも、皆さんと同じことを仰られるんですね」

 ドアを閉めた手の持ち主を確認しようと振り向くが、同時に、持っていたパンと牛乳を別の手によって取り上げられてしまう。

「皆さん、って、え?」

 今度こそ完全に振り向く。
 するとそこには、昨日と同じ服に身を包んだ黒衣装三人組が居た。

「おはよう、祢宜さん」

 三人と祢宜さんが朝の挨拶を交わす。
 閉じられる冷蔵庫のドア。
 そして、美原さんがレタスっぽい野菜と塊のハム、サラがマヨネーズっぽいもの、をそれぞれ持って料理台の方に向かった。

「目の下が黒いわよ、睡眠も仕事のうちなんじゃないの?」
「枕が変わると寝れなくなるんだ。こう見えてけっこうナイーブなんでね」

 実際、寝れなかった。
 あんなフカフカのベッドや寝具も初めてだし、広くて静かな部屋も初めてだし。
 それになんといっても祢宜さんの事が気になって……

 呆れた、という感情を隠そうともしない顔をして、宇藤は俺から奪ったものを持って料理台の方へ行った。
 
 そうか、あいつらも同じことを考えたんだな。
 それで朝食は自分らで作ってる、と。
 あ、昨夜あいつらが俺の部屋に来たのは、ひょっとしてHJPのことを教えようとして……?

「パンが無くなっちゃいましたね」

 手ぶらになった俺を見て、祢宜さん。
 少し嬉しそうだ。

「朝はパンと決めてるんでしょうか? それなら」

 と、祢宜さんがもう一つの冷蔵庫の方に行く。

「丸のままの食パンがここに」

 二斤はありそうな長いパンを取り出して、微笑んだ。

「あ、ありがとう、祢宜さん」

 その後、二人で簡単な卵サンドを作った。
 といっても、卵を扱うのは俺で(卵料理なんて、薬品を混入するにはもってこいだし)、祢宜さんにはコーヒーを淹れてもらうことにした。

 コーヒーなら大丈夫だろうと思ったのだが、それでもやはり気になる。
 それで、ミルを使う祢宜さんを横からじっと凝視してしまったり。

 ……やっぱメイド服は青がいいな。かわいらしさが倍増するよ……

「あ、加治屋さん、卵が焦げて」
「え、おおっと」

 素早くフォロー。
 何とか助かった。が……

「加治屋、ヒューヒュー」

 サラが中学生みたいに囃し立ててくる。

「サラ、てめえ……」

 見ると、三人組がハムサンドを食べながら、ニヤニヤ顔でこちらを見ていた。
 くっ、てめえら、後で覚えとけよ……


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