失われた相場譚2~信用崩壊~

焼き鳥 ◆Oppai.FF16

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第13話・主観

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「……シャーシは液冷、ミドルウェアにはオンメモリデータベースを採用し、売買注文1件あたり1ミリ秒でこなす超高速処理を実現します」

 空調が唸る微かな音、ひんやりとした空気、オフホワイトで統一された清潔な壁や床。
 まるで手術室のような地下室。

「これが、当社の誇る次世代型株式売買用システムサーバ、Narrowheadなろうヘッドです」

 手術室と違うのは、まずは広さだ。
 圧倒的に広い。合間に柱もあるが、ほぼ館の下部全てが地下室になっていると言っていいだろう。

「……なろう? 小説家にでもなるのか?」

 そしてなにより、部屋の主人用であるベッドが無い。
 その主人を照らす、あの特徴的なライトも無い。
 その代わり、同じ意匠の大きな金属製の箱が十数個、部屋のほぼ中央部に鎮座している。

「なりません」

 金属製の箱からは太い電線ケーブルが数本と、ジャバラのホースが4本出ており、箱の傍らに立っている、大きなスタンドラックに繋がっていた。
 ラックには沢山の小さなLEDランプが付いた計測器のような箱が重ねて置かれている。
 それらは忙しそうに点滅していて、稼働状態であることを示していた。

「ギャフン」

 スタンドラックの後ろに、部屋の金属チックな雰囲気から浮いた、ピンク基調のチェアとテーブルが二組。
 そのテーブルの上には、30インチクラスのディスプレイが各々3台、三面鏡状態で置かれている。
 それにシースルーキーボードと花柄マウス。

「……リアルでギャフンっていう人、初めて見ました」

 以前テレビのニュースで見たことがある、スーパーコンピュータそのものだった。
 それも確か宇治通が作ったか、いや、ライバルメーカーのいぬECだったか?
 まあどちらにしても、恐ろしく金と手間暇がかかってそうなのは、素人の俺にもはっきりと分かる代物だった。

「加治屋、変」

 裏庭に専用の搬入口があるとはいえ、こんな大きなものを設置するのは大変だったろうと思われた。
 だがそこは祖業が運送会社、宇治通の社員たちだけで東京の研究所から持ち込んで、難なく設置したそうな。

「うちの会社じゃあ慣用句なんだよ、美原さん。ほら、数人で一つの仕事やるから、素直に退くのが必要な場面が多いんで」

 それにしてもモノがモノだ、セキュリティは万全にする必要があった筈。
 宇治通も当初はそう考えたが、こんな山の中で厳重な警戒をしても、それは目立たせるだけで、逆に悪人を呼び寄せる要因になるとも思われた。

「そのたびにギャフンって言ってんの? 昭和のギャグマンガじゃあるまいし」

 そこで、宇治通と東証それに法帖老の間で討議され、徹底的に秘匿する事になったと。
 表向きは法帖老の別荘兼某社の保養所とする。
 建設時、地下室の存在は、積雪時の館内でのリクレーション用空間と建築業者には説明したらしい。

「ツンノミ課長はうるさいよ」

 竣工し、サーバの搬入も終わって、さて仕事を開始と思ったところで問題が発生。
 館の外観の派手さにつられて、近くの保養所や別荘の管理人たちが足しげく見学にやって来だしたというのだ。

 それがなくとも、ご近所から怪しまれないように普通の警備会社と契約はしていたし、月に二回は館の内外の掃除や庭木の維持管理などを業者に委託していたため、当初の想定以上に部外者の出入りがあるということが判明した。

「ツンノミ? 加治屋、変なうえに変な言葉作ってる」

 金持ちの老人の別荘という館の中で、スーツ姿のおっさんたちが忙しく働いていたら、胡散臭く思われるのは当然。
 そこで、館には必要最低限の人数、それも女性社員だけ入ることにして、服も館の召使いっぽいものに変更することが決定されたのだとか。

 だから彼女らは、俺が正式に契約するまでその職務をひたすら隠していたのだ。

「チビッ子メイドもうるさいよ」

 光ケーブルによる専用回線の恩恵もあって、システムの動作確認と運用試験も順調に消化。
 スケジュール的には、外部からベンチマーカーを入れて性能測定をするまでになっていた。

「まあまあ加治屋さん。それよりも午後からのトレードは如何でしたか?」

 ベンチマークを行うトレーダーの手配は、法帖老の担当となった。
 人脈により、人材にはたくさんの当てがあった。
 何故なら、ネット証券の興隆により、他職種への異動や転職を余儀なくされた証券マンが多数いたからだ。

 彼らの多くは慣れない職場で困っているだろう。
 そこへ割のいいバイトがあると声をかければ、良質な人材がいくらでもベンチマークに就いてくれるに違いない。
 と、法帖老は高を括っていたのだが……

「ああ、あれから例のピコピコは見えなかったよ。残念ながら、ね」

 ところが、実際に声をかけられた元証券マンたちは、元々は海千山千の相場師たち。
 株式相場では数々の一流企業の大株主として名の知れた法帖老からの誘いで、且つ那須の山奥で内容不明な仕事に従事、と、その内容に胡散臭いものを感じるのを禁じえなかった彼らは、館の前に着くと同時に回れ右。
 酷い者になると、新幹線の駅を降りたところで温泉街に方向転換してそのまま行方不明になったりした。

「やっぱりアンタの見間違いじゃないの」

 いつまで経ってもベンチマークを開始できないことに業を煮やした宇治通と東証は、法帖老にコンピュータソフトの関連会社から人材を招聘することを提案。
 法帖老はそれを受けて、コンピュータ関連の会社に転職した元証券マンから相応しい人物を選び出し、呼びつけたのだ。

 それが梶谷氏であり、そして何かの手違いでそれが俺になってしまった、と言うのがこれまでの大雑把な経緯だ。

「いいえ課長、サラちゃんによると、午前中の該当銘柄の板データの中にちょっと妙なデータがあるのは確かなようです。午後からももっとそのデータを拾えれば、詳しく解析するのも可能だったのだけど……」

 契約書にサインしてから、一気に館の中の空気が柔らかなものに変わった。
 (あくまでも俺の主観だが)
 
 まずは待望(?)の名刺交換。
 宇治通の二人の名前は知っていたが、職務は初めて知った。
 と言っても大雑把なものだが、サラがソフト系で美原さんが通信系+簡単なハード一般。
 二人は同い年だとのことなので、自動的に美原さんも24歳ということに。

「そ、そうなの? ……じゃあ明日に持ち越しね、ブツブツ」

 そして東証の課長。苗字は知っていたが、名前は初見。
 フルネームで、宇藤うどう 春香はるかというらしい。
 ツンノミにはもったいない名前だ。
 因みに推定30歳。

 最後に、法帖老の後ろに居た青メイドさんだが。
 と思ったところで、地下室の端の出入り口が、重苦しい音を立てて開かれた。
 そこに居たのは……

「皆さん、夕食の用意が出来ました」

 祢宜ねぎ 耶白やはくさん。推定(どう高く見積もっても)18歳。
 法帖老のお孫さんで、祖父の身の回りの世話の為に来たという、本来の意味でのメイドさんだ。


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