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第10話・価値観

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「きゃはははっ」

 核家族が日本のデフォになって、更に親戚間の付き合いも希薄になってかなり長い年月が流れてるはずだから、きっと俺のような奴は多いに違いない。

 正直に言おう。俺は小さい子供が苦手だ。

 男も30にもなれば、それなりに雰囲気も出てきて、そこらのガキンチョどもに説教したり尊敬されたりするのが本来の姿なのだろう。
 つうか、それが普通だったはずだ。たぶん昭和までは。

「あーん、フリツだめだよー」

 しかし今は(2008年)平成で、しかも21世紀ときてる。
 一人っ子で育って、親戚や近所の幼子の相手なんかもしたことがないってのは、別に珍しくない時代だ。

 だから、いざ相手をするとなると、非常に困る。

 奴らは何を考えてるのかさっぱり分からないし、なにより理屈が通じないと来てる。
 小さいし、けたたましいし、ちっともじっとしていない。
 まるで何かの小動物のようだ。

「あっ、ヤシャずるーい」

 しかし、だからといって迂闊に押さえつけたりすると、即座に犯罪者扱いだ。
 ほんの少しのスキンシップでもマズい。
 最近では、声をかけるだけでも事案扱いだ。

 と、長々と言い訳をしてきたが、そんなワケだから、二人の幼女にいいようにされてる現状は、決して俺に問題があることの証明などではないのだ。断じて。

「ずるくないもーん」

 考えてもみろ、山深いところにある謎の洋館で、契約書を作るからそれまでの間飯でも食ってろつって広い食堂に押し込まれたんだぜ。
 どこにも逃げようがないのに、そこへゴシックロリータな服に身を包んだ幼女二人が現れて纏わりつかれたら、どういう態度をとればいいのかを!

 しかも、その子らは明らかに双子で、その上すこぶる付きの美形ときた。

「ずるいもーん」

 身長は110センチくらいか? 透き通るように白い肌。両くくりにまとめられた美しい栗色の髪、大きく印象的な鳶色の瞳。
 それを、黒基調のゴシックロリータな服や靴が包む。

 黙って立っていたら、きっとビスクドールに違いないと信じるレベルだ。

「あたしのー」

 そんな美幼女に袖口を引っ張られている。
 食堂の椅子に座ったままで。
 その両脇から。

「あたしのよー」

 この子らは……いい加減に……

「こらー、ヤっちゃんフーちゃん、静かにしなー」

 隣の厨房から、コックの石上さんの奥さんがやって来た。

「えー、だってヤシャがー」
「えー、だってフリツがー」

 やはり双子だな。顔もそっくりだがリアクションまでもが瓜二つだ。

「もう、静かにしないとゴハンあげないぞ」

 割烹着(かなりふっくらとした)の胸を張って警告する。
 それは幼児には最高レベルに効果的な内容のようで、即座に俺の縛めは解かれた。

「すみません、助かりました」

 お礼を述べる。
 この食堂での先客たちは、あまりにも騒々しすぎた。

「普段はもっと大人しい子たちなんだけどねぇ」

 そうなのか? と思ったところで。

「若い男の人が珍しいんではしゃいでるんだろ……あ、食事お待ちどう」

 と、40絡みのおっさんが大きな皿と小さな皿二つを器用に持って、目の前の広いテーブルの上に置いた。
 若いって、俺はもう30なんだけど。

「お年の方が来られると聞いて、あっさりしたメニューを準備してたんで、こんなもんしか出来なくてスマンね」
「ああいえ、お気遣いなく」

 石上の旦那さん。
 俺が食堂に入って、幼女たちが大騒ぎしたんで、何事かと隣の厨房から様子を見に来てくれたのだ。
 それで、その時に自己紹介は済んでいる。
 
 ちなみに出されたのは、かなりボリュームがありそうなローストビーフとアボカドの冷製パスタだった。

「はい、お水もどうぞ」

 奥さんが、グラスとスプーン・フォークを置いてくれる。

「ほら、ちゃんと椅子に座るんだよ」

 旦那の方が、どこかから幼児用の高い椅子を持ってきた。
 そしてそれを俺の両脇に据える。

「これなら大人しくするだろう」

 そうだろうか?
 これだけ広いテーブル(椅子が20脚はある)なんだから、今俺がいる下座からもっと遠くに配置してくれればいいのに。

 と思ったのだが。

「「いただきます、わぁ?」」

 意外と大人しく、各々の椅子に座った。
 おまけに食事時のマナーについてのご指導まで。

「ああはい、いただきます」

 石上夫婦は、微笑みながら厨房に戻った。

 目の前に置かれた鮮やかな配色の昼食。
 考えてみれば、夕べの夜食から何も食っていなかった。
 空腹もいいところだ。早速いただく。
 
「むう、これは……なるほど……」

 有り合わせで作った、という割には本格的なお店のお味。おいしい。
 この石上さん夫婦は、こんな謎の洋館で働いてるだけあって、ただならぬ腕の持ち主のようだ。

 そして、料理の腕前もだが、子供たちの扱い方も一流のようだ。
 傍に居るから落ち着くのか、各々食事に専念しているようだ。
 あ、ひょっとして夫婦の子供なのか?

 ともかく、それでやっと静けさが戻って……

「両手に花、でお食事かしら。結構な御身分ですことね」

 食堂の出入り口、そのドアの前に宇藤が突っ立っていた。

「これが優雅に見えるのか」

 やっと得た平穏を、この女は……

「見えるわね。それとも価値観の違いかしら? 設計屋さん」


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