星獣の機迹

なビィ

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070. 少女の願望

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――ムズッ……。



クチッ。


小さな破裂音が響き、消えてゆく。

そのくしゃみに気付いて目を覚まし、心配をして声を掛ける。





「大丈夫? ラウル。」


瞼を擦りながら起き上がるリリナ。



「あ……いや、すまない。大丈夫だ。」


大きな図体からは想像もできないくらい可愛らしいくしゃみをした後、

低く淡々としてはいるが、優しい口調で返答をするラウル。



「すっかり寝てしまったな……。

 昼寝で熟睡するのは久しぶりだ。


 ……ん……!


 これもアシュリィのおか――。」



途中で伸びを挟み、アシュリィへと話し掛けようとするが彼女の姿が見えない。

その様子を見て後ろを振り返るリリナ。



「あれ? いない。」


アシュリィが横になっていた場所は草が倒れ、そこに確実にいたことを指し示している。



「どこ行っちゃったんだろ……。」


リリナが寂しそうに呟く。

その後ろ姿を見、その悲しい感情を遮るように



「何か用事でも思い出したんだろう。

 きっとまた会いに来るさ。」



「うん……。」



ラウルの励ましの言葉もあまり効果が見られない。



「他に何かやりたいことはないのか?

 何でも言ってくれて構わない。

 できる限りのことはしてやるが。」



物憂げな表情を浮かべているリリナがちらりとラウルを見る。




「……。


 ――っ。」


ハッと何かに気付いた様子で顔をふるふると振り、

喝を入れるように両手で頬を叩く。



「ラウルっ! お散歩行こっ!」



先程の表情が嘘のように明るい笑顔を見せるリリナ。

笑顔だけでなく、口調、仕草も楽しそうにはしゃいでいる時のものである。



「あっ、あぁ。」


急な変化に驚きを隠せなかったが、

その変化に疑問を持つよりもまず「リリナの笑顔が見られた」ことによる安堵が勝っている。


リリナに腕を引っ張られ、立ち上がる。



「昼寝といい、本当にそんなことでいいのか?

 他にも贅沢するようなことを言ってみてもいいんだぞ?」



心配そうに確認するラウル。



「ううんっ! いいの! 行こっ?」


変わらず笑顔で歩くように促すリリナ。

ふっと顔を綻ばせ、それに従うラウル。



 ――



 二人が町の周囲を柵沿いに歩いて行く。


 咲いている花の鮮やかさを。

 畑に栽培されている作物を。

 水路の水の心地良さを。


 持ち心地が良い枝を拾ったり。

 ひらひらと舞う蝶々に翻弄されたり。

 牧場の家畜に挨拶をしたり。


 何の変哲もない。

 他愛のない。

 ごくごく自然体で。


 二人がその時を楽しんでいく。



 ――





もう暫くすれば、明るかった陽が赤みを帯びてくる頃。



「――そろそろ帰るか。」


日の位置を確かめ、リリナに話し掛けるラウル。



「うんっ。そうだね……。」


顔は決して暗くない。

笑顔で答えるが、語尾の含みが隠せていない。



「腹も減ってきた頃合いだろう。

 宿に帰って食事にするとしよう。」





それを聞くと。





「――ラウル。私ね。」





リリナの言葉に重みが感じられる。

口調、声の高さ、声色、どれをとっても普段通りのはずなのだ。

だが、そこには【何か】が感じられる。





「ああ、どうした?」





その【何か】を感じ取りつつも、

至って平常心を装い返答するラウル。





「食べたい物があるの。」





笑顔で答えるリリナ。





――内心ほっとするラウル。

ようやく自分の欲を出してくれた。

やっとリリナを満足させられそうだ。





「ああ、何だ? 何でも言ってみろ。」





≪ リリナを置いていく上で踏ん切りをつけるための自己満足ではないか? ≫





「うん、えっとね――。」





言葉が詰まるリリナ。

笑顔を崩さず、声を絞り出すように





「ラウルの作ってくれた、干し肉。食べたいな……。」





――星の到来を知らせる微風そよかぜが二人の間を優しく通り抜けていく。


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