御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第三章 はた迷惑な居候

02 「おはよう旦那様」

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 さて、これは一体全体どういう状況なのだろう。

 相変わらず殺風景なリビングに転がる2人の少女。
 その2人が2人共服を血だらけにして倒れているのだから何かの事件なのではないかと疑ってしまう。
 もしもそうなら、直ぐにでも通報して面倒事からはおさらばしたいところだけど、白い髪の少女の姿が視界に入る事でそんな考えも吹き飛んでしまった。

 白い猫耳と白い尻尾。そして、以前この家にやって来て、いつの間にかいなくなってしまった猫耳幼女に着せてあげた筈のトレーナー。

 俺は近くに寄るとしゃがみこみ、その顔をじっくりと眺める。
 顔は……あの時の子に似ているかもしれない。だが、あの時の子の見た目が5~6歳位だとすると、この子の外見年齢はどう見ても10代後半から20代前半と言った所だ。いくら何でも年齢が違いすぎた。

 だが、俺はカリスの言葉を思い出す。
 確かカリスは言っていた。
 もしもこの世界に来れるのが子供だけなのだとしたら、こちらに来た魔女は見た目通りの年齢ではないはずだ……と。

「……まさか……本当に……?」

 俺は呟くと猫娘の白い肌に手を伸ばす。
 整った顔立ちに透き通るような白い肌。もしもこれが普通の状態だったなら思わず息を飲んでしまうような状況だったのだろうが、あいにくとその美しい顔……特に頬から顎にかけてベットリとへばりついた乾きかけた赤黒い血に思わず顔を顰めてしまった。

 そして、その様子は猫娘の足元に転がっている金髪少女も同様で、畳に広がった長く美しい金髪はともかくとして、白く優美なドレスの胸元、そして、肌が露出した右腕にも既に固まった赤黒い液体だったものがベットリとへばりついていた。

「……考えるのは後だ。兎も角濡れタオルと着替えだな。それから、一応救急箱も用意しておくか」

 あくまで一応だ。
 もしもあれだけの量の血液が自前のものだとしたならば、既に息絶えていてもおかしくない出血量であるにも関わらず、2人とも意識を失ってはいるものの穏やかな寝息をたてていた。
 ならば……あの血液は……そういうことなのだろう。

 俺は自室に向かいながら色々と状況を考えるが、どうにも頭がこんがらがって上手くいかない。
 ただひとつ言える事は、また厄介事が舞い込んできたのだろう……という事だった。


◇◇◇◇


 
「とりあえずは……こんな所か……」

 修羅場だった。あくまで俺の中限定でだが。
 
 前回猫娘の体を洗って着替えさせた時は「まだ幼女だし……」という言い訳がたったが、今回はそうもいかなかった。
 猫娘の体から汚れを拭き取り、金髪少女の体を拭いている時点で一瞬、翠を呼ぼうか……とも考えなくもなかったのだが、今回の厄介事のレベルがわからなかった。
 唯の迷子や家出少女ならば兎も角、「御伽の世界の住人が~」等と説明した所で頭を疑われるだけだろう。
 特に、2人の体を汚していたのは大量の血液だ。こんなもの何の事前説明もなしに見せようものなら、ためらいもなく通報されてしまうかもしれなかった。

 ともあれ、俺はやり遂げた。

 俺の周りに散らばるのは血に汚れたドレスとトレーナー。それから赤く染まった多数のタオルと不気味な色合いをたたえた洗面器だが、やり遂げと言ったらやり遂げたのだ。
 例え絵面が殺人現場のそれだとしてもやり遂げたのだ。

「…………」

 俺の布団で仲良く寝息を立てている2人を見ながら、俺はようやく少しだけ落ち着いて考える。

 金髪少女の方は完全に初対面だが、猫耳少女の方は以前来た猫娘によく似ている。
 髪色や耳と尻尾の造形もそうだが、顔立ちや雰囲気もだ。
 あの少女が普通に成長したらこうなるだろうと言った容姿に、俺が猫娘に上げたトレーナーを着ていた事。
 何より、この少女は俺の顔を見るなり『やっと帰ってきた』と言ってホッとした表情を見せたのだ。その態度はとても初対面の少女のものでは無かった。

「……お前は……あの時の猫娘なのか……?」

 誰に話しかけるでもなく呟く俺の声に応えるものは誰もいない。
 俺は静かに嘆息すると立ち上がり、部屋に散らばった残骸に手を伸ばす。
 これからこれの後始末をして、それから自分の用事を済ませなければいけない。

「……明日から仕事だってのに」

 特にきつい仕事ではないが、家でゴロゴロしているのとは違うのだ。
 俺は汚れた布や服を両手で抱えるともう一度嘆息してリビングを出る。
 取り敢えず、布団が無くなってしまったので今日は毛布で寝るしかないだろう。
 朝晩の寒さもようやく収まってきた事だけがせめてもの救いだった。



◇◇◇◇



「……体が痛え……」

 今日の寝覚めは最悪だった。
 俺の自室は唯一リフォームされた洋間だが、床はフローリングである。
 流石に板間に毛布一枚の直寝はもう若くない体には応えたようだ。

 俺は起き上がった状態で腕を回したり体を捻ったりして慣らしてから立ち上がる。
 毛布を片付け、考えるのは昨日の狂った状況の事だ。

 他人の血を体中に浴びた少女を2人匿った。
 勿論、本人達から事情を聴いていない以上“匿った”という表現は正しくないかもしれないが、通報せずに寝かせている時点で第三者から見れば立派に匿っている事と同義であろう。
 当然、片方は完全に未成年者である以上、誘拐という可能性も捨てきれない。勿論、俺が犯人として……だ。

 ため息しか出ない。

 もしも、あの猫耳少女があの時の猫娘だというのなら、あいつは俺の元に厄介事しか持ち込んでいない事になる。
 先日のカリスの件もあいつが絡んでいるという事だし、ここ最近の俺の頭痛の種はあいつ絡みと言ってもいいのではないか。

 俺は廊下を進みリビングに足を踏み入れる。
 踏み入れた先では一人の少女が起きていたらしく上半身を起こしてぼんやりと窓の外を眺めていた。
 もう一人の……金髪少女の方はまだ起きていないらしく布団の中だったが、ゆっくりと胸が上下していたから死んでいる事はないだろう。

 やがて、俺が部屋に入ってきたのに気がついたのだろう。
 いや、ひょっとしたら俺の背中に付いている“監視装置”を通して俺が起きた事に反応し、釣られて起きたのかもしれない。
 だからこそ、俺がここにいる事を知っているのは必然で、当然猫耳少女は淀みない動作でこちらに顔を向ける。

 人の入り込まないような大地に降り積もった新雪のような純白のショートヘアーに元気に立った猫の耳。
 昨夜のような疲れきった表情は既になく、金色の目を爛々と輝かせ、俺の目を見てニッコリと微笑んだ。

「おはよう。旦那様・・・

 その言葉に、俺はガックリと肩を落とし、深い、深い溜息をつくしか無かった。

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