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第10話 兄妹のように

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 話が一段落した所で姉さんが食事の準備をすると言ってきたので、その間に俺は街を見て回ることした。
 外に出ると大分陽は傾いていたが、情報収集程度なら問題ないだろう。
 俺は先程姉さんと歩いてきた道を逆に戻るように街の中心まで向かって歩く。

 さっき歩いていた時は姉さんと話をしながら歩いていたから気が付かなかったが、どうやらこの街は中心で交わった街道の周りを囲むように円を描いた道が三本ほど巡っているようだ。
 姉さんの家はその一番外側の道沿いにあったようで、中心に向うまでに残り2つの道を横切る事になった。
 広い街だ。
 俺自身が小さな村の出身だからそう感じるだけなのか、これよりも大きいという王都とは一体どれ程の広さなのか想像もつかない。

 しばらく歩いて中心街にまで来ると、沢山の商店や宿屋、それに酒場が見て取れた。
 冒険者としての仕事を酒場で取るのはこの街でも一緒だろう。
 俺は酒場の位置を確認すると、とりあえず、近くの商店の門を潜った。
 理由は一つ。武器の調達だ。
 丁度外からこの店を見た時に、剣と盾をかたどった絵が目に入り、この間の戦いで武器が無くなってしまったのを思い出したのだ。

 正直な話、強敵と戦う場合での俺の武器の使用頻度はかなり低いが、多少凶暴性の低い相手に対しての貢献度はやはり高い。
 武器が無くても戦う力があるとは言っても、全ての戦闘に魔術を使用していたらあっと言う間に魔力が枯渇してしまう。
 それに、前回のシグルズ戦のように遠距離での差し合いで全く手も足も出ないような相手もこれから先出ないとも限らないだろう。
 ゲルガーの力を使えば拳で何とか出来ないこともないが、先の魔人族戦では結局止めを差す事も出来なかった力だ。
 確かに魔人族は地上最強の魔術師だが、同時に地上最弱の戦士でもある。
 その相手に接近戦を挑んで止めもさせないのでは、他の……例えば、魔獣や凶暴な獣人族が相手だった場合、全く歯が立たない恐れがあった。
 それに、この街に来るまでの馬車の中で魔術で回復したものの、あの一戦で俺は右手を壊している。
 そういう意味でもやはり武器は必要だった。

 俺は店の中を回りながら、様々な武器が置かれた陳列棚を見て回る。
 今までは軽量で安価な武器を好んで使っていたが、今までの武器は全て魔術で簡単に破壊されてしまった。
 重い武器だからといって壊れないという保証はないが、少なくとも今までよりは安心できるようにはなるだろう。
 それに、武器が有ると無いとではゲルガーを使った時の戦闘力に大きな差が出てくると思う。

 一通り見て回った後、俺は一本のブロードソードを手に取った。
 長さは50cm程で今まで使っていた武器よりははるかに重いが、肉厚でそう簡単には折れそうもない。
 両刃で刃の部分は粗雑で切れ味には期待できそうに無かったが、とにかく折れなければいい。
 俺はこれを買おうと決めると、下げられている値札を見る。
 値札には銅貨30枚と書かれていた。

「…………」

 俺は剣を手に持ったまま財布の中身を思い出す。
 最後に財布を開いたのは馬車を降りた時だったが、確か銅貨90枚以上入っていたはずだ。
 一度に全財産の1/3を失う事にしばらく悩んだ俺だったが、今回の事は先行投資だと思い、結局買うことに決めた。
 今度こそ長く持ってほしいものだ。




 武器屋の次に向かったのは酒場だった。
 まだ依頼を受けるつもりは無かったが、人身売買について多少でも聞いておきたかった事がある。
 俺は掲示板の前を通り過ぎると、酒場のドアを開ける。
 酒場の中は思っていた以上に沢山の人で溢れており、その殆どが冒険者風の装備を固めていた。
 冒険者の仕事を斡旋している酒場だからだろうか。他の住人や旅人は他の酒場や食事処に逃げてしまったかのような雰囲気であった。
 俺はガヤガヤと騒がしい店内を抜けると、3つ程空いているカウンター席の一つに腰を落とす。
 いらっしゃいと声を掛けてくる主人に冷たい飲み物を頼んだついでに、話しかけることにした。

「随分と沢山の冒険者が在中しているんですね。俺は田舎者だからこんなに沢山の冒険者を見たことはありませんでした。流石大きな街は違いますね」

 俺の言葉に主人は何かのフルーツだろうか? 赤い色の液体が入ったコップをカウンターに置いた後ハハハと笑った。

「少し前まではこんな事はなかったんだが、3ヶ月程前だったかな。何でも王都の要人がとんでもない化け物に殺されたらしくてね。今では王都に向かう全ての道で検問やっててなぁ……。紹介状がないと王都に行けないってんで、他の国から来た冒険者やら旅人がここで足止め食ってるってわけだ」

 主人の言葉に俺は驚く。
 3ヶ月前から通行規制がかけられていたなら、怪しい人間は王都にたどり着く事も出来ないという事になる。
 王都キリスティアは様々な物が集まる大陸一の都市の一つだ。
 当然、獣人族の奴隷達も最終的には王都に集まると思っていた。 
 だから、俺も急いで王都に向かおうと思っていたくらいだったのに。
 故郷の村が襲われたのは2ヶ月ちょっと前の事だ。
 ならば、あの時の人身売買の集団が王都に入った可能性は低いのではないか?
 いや、連中の依頼主が王都の中でも力のある人間であるならば、通行することは可能かも知れない。
 どの道、全ては可能性の話だ。考えるよりも行動した方が早い。

「とんでもない化け物ですか。何だか興味が沸いてきますね」
「あ? お前さんもしかしてここにいる冒険者共と同じように、そいつを追おうとでもするつもりか? 止めとけ止めとけ。今やそいつはS級の賞金首で、全ての賞金稼ぎを返り討ちにしているらしい。王都で追っ手とやりあった時には、その魔術で城下町の一部が吹き飛んだらしいぜ」
「そいつ魔術師なんですか?」
「らしいな。とんでもない魔術の使い手で、王宮の宮廷魔術師と正面から撃ち合って、相手が放った魔術もろとも宮廷魔術師とその護衛兵をごっそり消滅させたらしい。そんな化け物相手にしてたら、命がいくつあっても足りねぇよ」

 聞けば聞くほど化け物だ。もっとも、噂話なんてものは伝わる内に大げさになっていくものだし、話半分に聞いておいた方が良さそうだ。
 もっとも、俺にとって気になる事はそんな賞金首の事などではない。

「物騒ですね。でも、その後は検問にかかっていないんでしょう? もしも、そういった犯罪者が隠れて王都に入り込もうとしたなら、どういったルートがあるんです?」
「そうだなあ」

 俺の言葉に主人は腕を組み、首を捻りながら考えるような仕草をした後、ややあって口を開いた。

「そもそも、そいつが王都に戻ろうとしているかどうかも疑わしいが、もしも検問を通らずに戻るつもりなら、ガルニアの風穴を抜けてギルティアかティアシーズ周りで行けるかな」
「ガルニア風穴……ですか?」
「おお。ここから北にガルニア山脈っつー山岳地帯があるんだが、そこにある自然の洞窟の総称だな。街道が整備されるまではキリスティアとフレイランドを繋ぐ唯一の道だったんだが、とにかく険しい道のりな上に、危険な精霊がいるとかで今では使う人間は殆どいない」

 危険な精霊というフレーズに少しだけ興味がわいたが、俺はそのまま話を促す。

「そこを通ると王都に行ける。と?」
「いや、一度フレイランド領に入った後に、山を回り込むように下る事で関所を通らずにキリスティア王国最北端の町、ギルティアにたどり着くらしい。そこから南下するか、更に西に行ってティアシーズを経由する事で王都に行く事は出来るな。例の賞金首は東に逃げたそうだから、西側の街道にはあまり厳しい検問ははられていないらしい」

 主人の話を聞いて俺は考える。
 もしも、俺が件のレアンドロと同じ立場だったらどう考えるだろうか?
 危険を冒して手に入れた売り物。どうせ売るならどこよりも高く買い取って欲しい。しかし、いつまでも連れ歩くのも目立つ上に食事代等経費が掛かった分利益が少なくなってしまう。
 より少ない経費を使い、どこよりも高い場所で売るのがベストだ。
 そうなると、このあたりで一番奴隷が高く売れるのは王都キリスティアだろう。
 しかし、街道には検問が張られ、非合法な自分達では通る事は出来ない。
 ならどうする? 
 いっそこの町で奴隷を売りさばくか?
 いや、多少日数は掛かるかもしれないが、道があるならそこを通って王都に行けばいい。何、日数はかかるといっても余分にかかる日数は一週間もない。

 俺とレアンドロは違う人間だから同じ思考に至るとは思えない。
 しかし、少なくとも俺だったらそう考える。
 足止めされている時間がある位なら、さっさと移動しよう。と。

「すみませんがお願いがあります」

 だから、俺もすぐに行動に移す。

「もしも、今度ガルニア風穴絡みの仕事が入ったら俺に回して貰えませんか?」
「お前さんに? 大丈夫なのか?」

 俺の体つきをジロジロと見ながらそういう主人に対して、俺は一枚のウロコを差し出しながら答える。

「こう見えてもウィルティアの町ではフォレストワームの討伐任務を成功させた事もあります。素人ではないつもりです」
「ほう」

 主人は俺が渡したウロコを火にかざしたりして見ていたが、すぐに感心したような表情へと変わる。
 シグルズに見逃してもらった後に、起こしたグレイブに言われて剥がしておいたフォレストワームのウロコだった。
 ウィルティアでそうだったように、度々討伐任務が上がるような猛獣を倒した証を持つ事は、冒険者として行動する上で役に立つと言われて持っておいたものだったが、早速役にたった。グレイブに感謝である。

「よし、いいだろ。もしも、これからガルニア風穴がらみの仕事が来たらお前に直接依頼してやるよ」
「助かります。あ、俺の名はテオドミロといいます。何もなければ毎日顔を出しますので、依頼があったらその時に」
「了解だ。もしも、それ以外にもよさげな仕事があったら回してやるよ」
「ありがとうございます」

 俺は主人にお礼を言うと、勘定を済ませて外に出た。
 既に外は完全に陽が落ちており、辺はすっかり夜の様相を見せていた。
 俺は来た道順を思い浮かべながら歩き出すが、どうせ姉さんの家は一番外側の道沿いだ。迷ったら外壁まで行って回って行けばたどり着くだろう。
 そう考えると幾分気分も楽になる。
 半ば朧げになった道を進みながら、先程の事を考えた。

 レアンドロが通行証を持っているというなら別だが、あくまで非合法で獣人族の売買をしているというのなら、ガルニア風穴を抜けた可能性は高いと思う。
 しかし、あくまで可能性だ。
 もしも考えが違っていた場合、かなり無駄な時間を使った上に、レイラに無意味な危険を負わすことにもなってしまう。
 すぐに二人で旅立って、命からがら洞窟を抜けて、数日かけて王都に向かってもてんで見当違いの事をしてましたでは洒落にならない。
 ならば、初めに俺が偵察がてら現地に行ってある程度の確証を持ってから行けば……とも思ったが、それでは俺が留守の間のレイラの世話を姉さんに押しつける事にもなってしまう。
 それも、無報酬で、だ。

 そこで、依頼。というわけだ。

 何しろ、こんな現状だ。
 この町で留まっている人の中には何としてでも王都に行きたいと思っている人もいるだろう。
 そんな人達が、裏から王都に行けるルートがあると聞いたらどうするだろうか? 多分、用心棒を雇ってでも行きたいと思うのではないだろうか。
  これならば、時間をかけて王都に向かっても収入がある分全くの無駄になる事もない。 

 俺は一人頷くと、外壁沿いの道をぶらぶら歩く。
 すると、ようやく姉さんの家と思わしきアパートを発見し、歩を進めた。
 窓からは光が溢れ、人の気配がする。今までにも夜に帰る事はあったが、レイラは真っ暗の部屋で待っていたため、こうして灯りに迎えられるのは素直に嬉しかった。

 俺はノックをするとしばし待つ。
 すると、中から「はーい」という声が聞こえてドアが開き、ひょっこりと姉さんの顔が現れた。
 ホッとする笑顔だ。
 釣られて俺も笑顔になる所だったが、先程まで笑顔だった姉さんの顔が不機嫌そうなものになり、ぷくっと頬が膨らんだ。

「遅い」

 どうやら、姉さんは大層ご立腹のようだった。
 そう言えば、俺は出て行く時に「少しだけ」外出すると言ったような気がする。夕飯が出来るまで間だけ、と。

「……えーと。ごめんなさい?」
「まずはただいま。でしょう?」

 早速ダメ出しをしてくる姉さんに、俺は頭を抱えたくなってしまう。
 これ、絶対先にただいまって言ったら、「まずは謝るのが先でしょう?」とか言ってくるパターンだ。

「……ただいま」
「お帰りなさい。夕飯冷めちゃったけど」

 姉さんの言葉が一々心にグサッと刺さる。
 言った後さっさと中に入ってしまった姉さんの後について中に入った俺に向かって、茶色い毛玉がガバッと飛びついてきた。

「おかえり! お兄ちゃん!」
「え?」

 まだまだ舌っ足らずでぎこちなかったけど、確かにハッキリと言葉を発したレイラに驚きながら見下ろした。

「あ、ただいま」

 そんな俺の様子を見ていたのか、姉さんは顔半分だけ振り返ると、ジトッとした目を俺へと向ける。

「あまりにもテオの帰りが遅いものだから、レイラちゃんと言葉の勉強をしていたの。これから兄妹として暮らしていくなら、それくらいの事は言えなきゃダメでしょ。全く、自分の事を『にいちゃ』なんて呼ばせて……いつからそんな変態さんになっちゃったの」

 久しぶりに会った姉さんが怖いです。
 そもそも、俺だって最初はちゃんと『兄ちゃん』と呼ぶように教えたよ?
 でも、何度教えても『にいちゃ』としか呼んでくれないものだから、いつしか諦めていただけなのに、たった数時間教わっただけで、覚えてしまうなんて……。
 俺、教師としての才能はないんだろうな。

「何か……ホントごめんなさい。でも、俺の名誉の為に言うけど、俺は決して変態というわけでは」
「もういいよ。レイラちゃんもお腹空かしてるし、ご飯にしよ。冷めてるけど」

 しつこいよ。
 とは言えない。
 口が裂けても。
 確かに俺も悪かったのだから。
 3人で席についてご飯を食べ始める。
 レイラは本当にお腹が空いていたようで、逆手に持ったフォークでご飯を口の中に掻き込んでいる。
 それにしてもレイラが元気だ。
 きっと、一杯お昼寝したものだから全く眠くないのだろう。不安が的中してしまった。

「そう言えば、明日はレイラちゃんと買い物に行く約束したから、付き合ってね」

 レイラにフォークの使い方を教えつつ、口の周りを拭いてあげていた姉さんが唐突にそんな事を言い出した。

「買い物? 何買うの?」
「服だよ。レイラちゃんの服。女の子にこんな男の子みたいな服を、それも一着しか用意してあげないなんて。男の子ってこういう所ダメなんだよね」
「いや、単に今まで極貧で……」
「自分の武器は買ってくるのに?」

 バレてましたか、そうですか。
 自分の椅子に立て掛けて置いたブロードソードに目を向けながら言ってくる姉さんに対して、俺は本気で白旗を上げる。
 この街に来てから服は買おうと思っていたんです。
 この剣は偶々先に買ってしまっただけです。
 男の子の服だったのは、旅をする時に動きやすさを重視したのと、尻尾を隠すためなのです。
 言い訳はいくらでも浮かんだが、これを言ってしまったら姉さんは本格的にすねてしまうだろう。

「うん。わかった。荷物持ちでも何でもするから」
「よろしくね」

 そう言うと、姉さんはようやく俺に対しても微笑んでくれた。
 こうして、ようやくストレスに苛まされる事なく、三人囲んで食事をする。
 それは在りし日の家族の光景そのままで、久しぶりに暖かな気持ちを味わった。
 確かに、姉さんの言うように料理は冷めてしまっていたけれど、旅を始めてからここまでの間で、一番美味しい夕飯だった。
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