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第三章 魔術都市ランギスト
14 【魔力喰い】
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それは例えるならば連続写真。もしくは、超スロー再生した動画だろうか。
俺の視界の先にいるワイバーンはゆっくりとしたスピードで幾重にも残像を残しながら旋回すると、やはりゆっくりとしたスピードで降下する。
俺は立ち上がると自身の右手を確かめる。
その手には既に短剣は握られていなかったが、何故か黒い霧のような物が俺の体に吸い込まれているようだった。
不思議に思って右手以外の体を見回してみると、左手側には赤い霧が、足元には虹色の霧、そして、眼前では白い霧がやはり俺の体に、それこそ立ち上った湯気が呼吸と共に口内に吸い込まれていくように、俺の体に吸い込まれていった。
「イーヴル!!」
デスガーの声で俺は今が戦闘中である事を思い出し、腰に下げられていた長剣を引き抜くと空を見る。
しかし、予想に反してワイバーンはまだ降下の最中にいるようで、今からでも十分迎撃に間に合う位置にいた。
遅い?
一瞬、そんな感想が頭をよぎるが、今はそんな事を考えている暇はない。
あの時の痛みを思えば確実に大怪我をしたはずだが、現状、それほどの痛みも感じなければ体の不具合も感じない。
恐らく、危機に貧して再生の力が強く働いたのだろうが、それも一撃で命を刈り取られなかったからこそだ。
ならば、これからも何とか致命傷だけは避けなくてはならない。
だが、あのスピードならば……。
俺は剣を片手にワイバーンに突っ込むと、寸での所で体を横回転させながらワイバーンの爪の切っ先を躱す。
その際、羽ばたきによる暴風が荒れ狂うが、俺は剣を縦に立たせて突っ切ると、そのままワイバーンの体に長剣を叩きつけた。
だが──。
「────っ!!」
俺の目の前で砕け散る長剣。
どうやら、魔石による性能の上昇の加護を受けていない唯の長剣ではワイバーンの鱗に勝てなかったらしい。
いや、それにしてもおかしくないだろうか?
俺の力であれば剣が砕ける前に弾かれると思う。
だが、そんな事を考えている間にも事態は動く。
俺の目の端にワイバーンの尻尾の先が動いて迫り、俺は咄嗟に尻尾を掴むと思い切り振り払った。
すると、完全に自棄糞で起こしたその行動の結果、ワイバーンは面白いくらいに吹き飛び、岩に叩きつけられて憤怒の声を上げた。
「……何だ? さっきからおかしな事ばかりが……」
「止まるなイーヴル! ──いや、クリタ・ソウマ!! 今のお前ならワイバーンの攻撃を食らっても死ぬ事はない!! この隙を逃すな!! 奴が飛び立つ前に──」
デスガーが叫び、ワイバーンが羽を広げる──頃には既に俺は駆け出していた。
──遅い。
だが、それはワイバーンだけでなくデスガーもだ。
ここへ来てようやく周りが遅いのではなく俺が速いのだと気付く。
俺は大きく羽ばたき、飛び立つ寸前だったワイバーンの尻尾を掴むとそのまま地面に叩きつけるが、その程度では仮にも“竜”の端くれであるワイバーンは怯まない。
翼竜は叩きつけられながらも爪を振り回し、掴まれた尻尾を離させようと暴れに暴れる。
対する俺の方はというと、ワイバーンの動きは見えるが体の方が完全についてこられるわけでもない。
咄嗟に躱すも爪の先を引っ掛けられ、5m程吹き飛ばされる。
そして、その距離は致命的だった。
ワイバーンが羽ばたき、空へと逃げようと大きく跳ねる。
もしもこのまま逃げられたらワイバーンはそのまま山を降下するだろう。
そして、その動きに合わせて霊峰の魔獣共が人々の領域へと雪崩込む。
俺は走る。
だが、如何に俺の方が速くとも、あと僅か。ほんの僅かリーチが足りない。
それでも俺は手を伸ばし、せめて尻尾の先にでも触れられれば……。そう思った瞬間、突然目の前に一枚の映像が浮かび上がった。
俺は即座に回転し、ワイバーンの視界にわざと躍り出る。
ワイバーンは俺の姿を視界に収め、まるであざ笑うかのように大きく口を開け──。
突然何かに驚いたようにワイバーンが身を翻すのと、その方向に俺が飛び上がるのは殆ど同時だった。
「クリタ・ソウマッ!!」
飛び上がった俺は右手を思い切り握りこむ。
握りこんだことで生まれた確かな抵抗は、俺の肩口まで凄まじい衝撃を伴って体勢を崩そうとするが、事前に回転していた事で得られた揚力がそれを押さえ込む。
右手に握ったそれ──魔剣シルフィードはデスガーによって投擲された威力と、その後に回転させた俺の力が加わって、竜巻の如くワイバーンに向かって振り抜かれる。
僅かに届かなかったその距離は、よりもよってデスガーの──俺の監視者によって埋められたのは余りにも皮肉だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
思い出されるのは目の前で砕け散った長剣の姿。
だが、デスガーは言った。
この剣はよほどの事がない限り折れる事はない、と。
それに何より、俺はこの直後に訪れる光景を、実際にこの目で見ているのだから。
魔剣は振り抜かれ、ワイバーンの首が回転しながら切り離される。
その際手にかかる負担は全く無く、俺は回転しながら地面に向かい、目に入った空には血を噴出させながら墜落していく魔獣の姿が見える。
それは、手を伸ばし、届かないと思ったあの時に唐突に目の前に浮かび上がった光景と全く同じで──。
──俺は地面に叩きつけられながらも、何となく自分の力が何なのか、理解し始めていた。
俺の視界の先にいるワイバーンはゆっくりとしたスピードで幾重にも残像を残しながら旋回すると、やはりゆっくりとしたスピードで降下する。
俺は立ち上がると自身の右手を確かめる。
その手には既に短剣は握られていなかったが、何故か黒い霧のような物が俺の体に吸い込まれているようだった。
不思議に思って右手以外の体を見回してみると、左手側には赤い霧が、足元には虹色の霧、そして、眼前では白い霧がやはり俺の体に、それこそ立ち上った湯気が呼吸と共に口内に吸い込まれていくように、俺の体に吸い込まれていった。
「イーヴル!!」
デスガーの声で俺は今が戦闘中である事を思い出し、腰に下げられていた長剣を引き抜くと空を見る。
しかし、予想に反してワイバーンはまだ降下の最中にいるようで、今からでも十分迎撃に間に合う位置にいた。
遅い?
一瞬、そんな感想が頭をよぎるが、今はそんな事を考えている暇はない。
あの時の痛みを思えば確実に大怪我をしたはずだが、現状、それほどの痛みも感じなければ体の不具合も感じない。
恐らく、危機に貧して再生の力が強く働いたのだろうが、それも一撃で命を刈り取られなかったからこそだ。
ならば、これからも何とか致命傷だけは避けなくてはならない。
だが、あのスピードならば……。
俺は剣を片手にワイバーンに突っ込むと、寸での所で体を横回転させながらワイバーンの爪の切っ先を躱す。
その際、羽ばたきによる暴風が荒れ狂うが、俺は剣を縦に立たせて突っ切ると、そのままワイバーンの体に長剣を叩きつけた。
だが──。
「────っ!!」
俺の目の前で砕け散る長剣。
どうやら、魔石による性能の上昇の加護を受けていない唯の長剣ではワイバーンの鱗に勝てなかったらしい。
いや、それにしてもおかしくないだろうか?
俺の力であれば剣が砕ける前に弾かれると思う。
だが、そんな事を考えている間にも事態は動く。
俺の目の端にワイバーンの尻尾の先が動いて迫り、俺は咄嗟に尻尾を掴むと思い切り振り払った。
すると、完全に自棄糞で起こしたその行動の結果、ワイバーンは面白いくらいに吹き飛び、岩に叩きつけられて憤怒の声を上げた。
「……何だ? さっきからおかしな事ばかりが……」
「止まるなイーヴル! ──いや、クリタ・ソウマ!! 今のお前ならワイバーンの攻撃を食らっても死ぬ事はない!! この隙を逃すな!! 奴が飛び立つ前に──」
デスガーが叫び、ワイバーンが羽を広げる──頃には既に俺は駆け出していた。
──遅い。
だが、それはワイバーンだけでなくデスガーもだ。
ここへ来てようやく周りが遅いのではなく俺が速いのだと気付く。
俺は大きく羽ばたき、飛び立つ寸前だったワイバーンの尻尾を掴むとそのまま地面に叩きつけるが、その程度では仮にも“竜”の端くれであるワイバーンは怯まない。
翼竜は叩きつけられながらも爪を振り回し、掴まれた尻尾を離させようと暴れに暴れる。
対する俺の方はというと、ワイバーンの動きは見えるが体の方が完全についてこられるわけでもない。
咄嗟に躱すも爪の先を引っ掛けられ、5m程吹き飛ばされる。
そして、その距離は致命的だった。
ワイバーンが羽ばたき、空へと逃げようと大きく跳ねる。
もしもこのまま逃げられたらワイバーンはそのまま山を降下するだろう。
そして、その動きに合わせて霊峰の魔獣共が人々の領域へと雪崩込む。
俺は走る。
だが、如何に俺の方が速くとも、あと僅か。ほんの僅かリーチが足りない。
それでも俺は手を伸ばし、せめて尻尾の先にでも触れられれば……。そう思った瞬間、突然目の前に一枚の映像が浮かび上がった。
俺は即座に回転し、ワイバーンの視界にわざと躍り出る。
ワイバーンは俺の姿を視界に収め、まるであざ笑うかのように大きく口を開け──。
突然何かに驚いたようにワイバーンが身を翻すのと、その方向に俺が飛び上がるのは殆ど同時だった。
「クリタ・ソウマッ!!」
飛び上がった俺は右手を思い切り握りこむ。
握りこんだことで生まれた確かな抵抗は、俺の肩口まで凄まじい衝撃を伴って体勢を崩そうとするが、事前に回転していた事で得られた揚力がそれを押さえ込む。
右手に握ったそれ──魔剣シルフィードはデスガーによって投擲された威力と、その後に回転させた俺の力が加わって、竜巻の如くワイバーンに向かって振り抜かれる。
僅かに届かなかったその距離は、よりもよってデスガーの──俺の監視者によって埋められたのは余りにも皮肉だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
思い出されるのは目の前で砕け散った長剣の姿。
だが、デスガーは言った。
この剣はよほどの事がない限り折れる事はない、と。
それに何より、俺はこの直後に訪れる光景を、実際にこの目で見ているのだから。
魔剣は振り抜かれ、ワイバーンの首が回転しながら切り離される。
その際手にかかる負担は全く無く、俺は回転しながら地面に向かい、目に入った空には血を噴出させながら墜落していく魔獣の姿が見える。
それは、手を伸ばし、届かないと思ったあの時に唐突に目の前に浮かび上がった光景と全く同じで──。
──俺は地面に叩きつけられながらも、何となく自分の力が何なのか、理解し始めていた。
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