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第三章 魔術都市ランギスト

13 試験の合否よりも大切なモノ

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 森を走り抜け、木々の終わりを抜けると視界に飛び込んできたのは、大剣を振り抜きワイバーンを押し返したデスガーの姿だった。

「イーヴル!?」

 こちらの姿を見とがめると、明らかに怒気を含んだ声をあげるデスガーだったが、その頭と肩口からは血が流れ、既に満身創痍に近い様相だったのは一目で分かった。
 だから、俺はデスガーとは反対側。神殿に向けて足を進めると空を見上げる。
 そこではワイバーンが再び旋回し、こちらに降下するタイミングを見定めている所だった。

「死ぬつもりか? 足でまといがノコノコ戦場に現れて、役に立つことがあるとでも本気で思っているのか!?」
「足でまといなのは否定しませんよ。ですが、丸きり役にたたないとも言い切れないでしょう?」

 俺は短剣を構えると視線を上げて両足を開く。
 そんな俺の覚悟すら打ち砕くようにデスガーは大剣を地面に叩きつける。

「ほざくなよ。イーヴル。弱者である貴様が何をどうすれば役に立つと言い切れる? 貴様は黙って無様にこの場から逃げ惑えばいいだけだ。それが今、貴様がやらねばならない事でもある」
「成る程、そして、俺は資格無し・・・・と見なされて帰った後にあんたに殺されて終わるわけだ。だが、生憎そんなものはゴメンだ。ああ!! ゴメンだね!! 俺は海斗に会いにいく!! 間違った道に進んだあいつを捕まえて、元の場所に戻らなけりゃいけないんだ!!」

 ワイバーンが降下してくる。

 俺は直ぐにその場から動くと的を絞らせないように、そして、デスガーに近づかないようにして走る。
 そんな俺を見て、デスガーは舌打ちをしながら大剣を振り上げ、同じように動くと、ワイバーンの爪を躱しながら腹に向かって大剣を振り抜く。
 だが、大きく動かしたワイバーンの羽に阻まれて大剣の軌道はワイバーンの硬い鱗に覆われた足の付け根に衝突する。
 それでも、ワイバーンに対してのダメージはあったようだが、鱗を傷つけるまでには至らない。
 恐らく、大剣の切れ味の悪さがここにきて影響しているのだろう。
 そして俺は──

「秘技!! バンザイアタック!!」

 短剣を両手で握って、ワイバーンの尻尾に向かって防御無視の突撃を敢行する。
 それは凶悪な魔獣からすれば愚攻以外の何者でもなかっただろう。
 しかし、躊躇いなく走り抜けた俺の攻撃は、ワイバーンの尻尾の付け根を切り裂き、その後、体を捻ったワイバーンの体当たりをくらい吹き飛ばされた。

「イーヴル!!」

 吹き飛ばされた俺はデスガーの傍らを抜けて岩にぶつかり、跳ね返されて岩だらけの大地を転がる。
 全身打撲に幾つかの骨はヒビでも入ったのだろう。
 猛烈な痛みが全身を襲うが、大きく息を吸って履き出す頃には我慢できる程度の痛みに収まる。
 俺は数瞬体の痛みの箇所を確認すると立ち上がり、空を見上げる。
 そこでは再びワイバーンが旋回している所だった。

「イーヴル貴様は──」
「俺には確かに力は無い」

 俺に向かって伸ばされたデスガーの腕を振り払い、俺は奇跡的に手放さなかった短剣を握り直して空を睨みつける。

「だけど、黙ってこそこそ試されるほど不抜けているつもりも無い! 抜き打ち試験は結構だが、何もわからないまま殺されるくらいなら、ここでやるだけやって死んじまった方がマシなんだよ!」

 ずっと不思議に思っていた事があった。
 それは、期間内に三つの条件を満たさなければ協力を得られないはずのアルベール教授の助けを得られた事。
 最後の課題であるこちらの力の証明を行えなかったにも関わらず……だ。

 そこへ来て今回の依頼に、当然のようについてきたデスガーに、こちらを挑発するかのような彼の態度。
 そして、本当の危険が迫った途端に手のひらを返すように逃がそうとしてきた矛盾。
 その疑問も、もしもこの旅が俺の力を見極める為の物だとしたら頷けた。

「デスガーさん。一つ質問だ。あんたがこの場に留まってあいつを止めようとした理由だと思うのだが、あいつが俺たちを追って下ってきたらどんな被害が出る?」

 俺の質問にデスガーは顔を顰めたが、直ぐに諦めたように空を見上げると、大剣を肩に担いで答える。

「ワイバーンの生息域はあくまでこの霊峰のみだ。だが、霊峰に住み着いた魔獣どもは違う。奴らはワイバーンの降下に合わせて下山し、近隣の拠点を襲うだろう」

 多少予想とは違うものの、近い内容に俺は舌打ちする。

「──今回の俺の任務は確かに貴様の見極めも含まれていた。その際、貴様が危険な思想の持ち主であれば始末する為の権限も与えられていた。だが、今回のワイバーンは流石に難易度が高すぎる。もはや貴様の実力の見極め以前の問題なのだ。それに、貴様の思考は今回の行動で理解したつもりだ。ここで貴様が背を向けた所で既に俺には貴様を叩き切るつもりは無い」
「それは、あんたが生きて戻れたら……だろう?」

 俺の言葉が終わると同時にワイバーンが再び降下する。
 俺たちは特に打ち合わせをするでもなく左右に散ると、お互いの獲物を持ってワイバーンに向かう。
 だが、先程までは目標をデスガー一本に絞っていたワイバーンの動きが先程と違い変化した。

「イーヴル!!」

 デスガーは叫び、大剣を振りかざすが、その切っ先は届かない。
 何故なら、ワイバーンの爪と牙は俺の方に向けられていたからだ。

「……奴の鱗を傷つけられる可能性が高いのが俺だからか!!」

 考えられるのは先ほどの攻撃。
 鱗を傷つけられなかったデスガーの大剣と、鱗を切り裂いた俺の短剣。
 恐らく、強化の魔石を付けた事で俺の短剣の切れ味が強化されているから起こった現象だろう。
 それに、俺の力で魔石化したベリルは、通常の魔石よりも質の高いものが出来上がっていた。
 そのため、俺よりも遥かに強力な力を持つデスガーの持つ剣の切れ味を上回ったという所だろう。
 勿論、風の魔力が込められているとは言え、ただの金属の板でしかないデスガーの大剣と切れ味を比べる時点で間違っているのだろうが。

 俺は大きく横に向かって飛び込むと回転受けしながら立ち上がり、ワイバーンに向かって向き直る。
 が、そんな俺の眼前に迫ってきたのは、猛烈な勢いで迫り来る尾の一撃だった。

「なっ!?」
「イーヴルッ!!」

 咄嗟に短剣を突き立てられたのは偶然か、それとも本能か。

 しかし、ワイバーンの尾の一撃にしてみれば俺の細腕から繰り出された攻撃など、それこそ“蚊”の一刺しのような物で──。

「ごあっ!!」

 無常にも尾は振り抜かれ、軽々と飛ばされる俺の体と折れ飛ばされた短剣。

 空中を回転し、地面に叩きつけられ、バギボギと耳障りな音が直接脳内に響き渡り、全身が引き千切られたような痛みと熱が体中に広がって視界がようやく収束する。
 その視界の端に見えたのは、地面に落ち、砕け散った短剣と、同じように粉々に砕け散った俺の腰に下げていた袋に詰めていた多数の魔石。
 砕け散った魔石の中には謎の虹色魔石と、神殿の中で拾った白い魔石も含まれており──。

「イーヴル!! ────っ!? 何だ!? その姿は!?」

 俺に駆け寄ろうとしていたデスガーが足を止め、驚愕の声を上げたその時──。

 ──俺の視線の先で旋回していたワイバーンの姿が幾重にもブレた──。
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