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第三章 魔術都市ランギスト

06 進捗が目に見えないと不安でしかない

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 朝晩が寒くなってくると思い出されるのは、がんがん外の空気が入り込む構造の家に住んでいたベンズさん夫婦のことである。
 既に何年もあの場所で生活していたらしいのでいらぬ心配だとは思うのだが、それでも心配は心配だ。
 ただ、俺の場合は人の心配をしている場合ではないという状況もあり、結局は直ぐに頭の中から吹っ飛んでしまうのだが。

「おい“イーヴル”! 何だそのペースは! ふざけてるのか!?」

 なけ無しの体力を振り絞って今俺が歩いているのは山である。
 もう、本格的な山道。この世界に来たばかりの頃の洞窟の出口に樹海が広がっていたけど、あれに猛烈な傾斜が付いたらこうなるだろうなって位の。

 で、その山道を先頭に立って歩いていた大男が俺に向かって怒鳴ってきている。
 名前は確か【デスガー】とかいう俺からしたら有り得ない名前の男だ。職業は【ハンター】。それも、モグリではなくしっかりと登録されたプロという事だった。

 この辺の制度やら何やらの話は俺にはよくわからないのだが、所謂【魔獣】を狩ることで生計を立てているハンターと呼ばれる職業も、実際にはちゃんと国に登録しないといくら魔獣を狩っても密猟扱いになって売る事が出来ない仕組みなのだとか。
 それでも、資格を持っていないモグリのハンター達が後を絶たない理由としては、それだけ魔獣狩りが美味しいからだろう。どこの世界にも裏ルートってやつは存在しているだろうし、売ろうとすればいくらでも売れというわけだ。

 ただ、例えそうだとしてもやはり正式に認められているハンターというものは実力に対する信用という点に於いては信頼出来るらしく、今回の俺の目的に対して護衛として雇われたわけである。
 ちなみに、彼が俺を呼ぶ時に使う“イーヴル”の意味はわからない。辞書にも先人が残したと思われる和訳本にも載っていなかったので多分蔑称かなにかだろう。あの人の俺への辺り的に。

「……ふざけてません。これでも俺は頑張っているつもりなんです」
 
 本音を言えば嫌な奴ではある。
 あるのだが、折角アルベール教授が俺の為に雇ってくれた人物を無碍に扱うわけにもいかない。例え、その相手が俺を侮辱している可能性が高かろうが……だ。

 だから、俺は精一杯不満な表情を出さないようにして答えたつもりだったのだが、どうも相手は其の辺の雰囲気を感じ取ったらしい。

「頑張るか。いい言葉だな。頑張る。だが、結果としてお前は足を引っ張っている! 戦闘でも役立たず! 歩くのも遅い! 挙句の果てに自分の荷物も全部は持てないときたもんだ! さて、結果が伴っていない頑張りは果たして頑張っていると言えるだろうか! 言えると思うか? イーヴル!」
「……結果だけを見るならば、言えないでしょう」
「そう! その通りだ! よく言えたなイーヴル! 上出来だ! ならばやる事は一つだ! わかるな!? その貧弱な足をバカみたいに早く動かせって言ってるんだよ! その無駄に回る口を閉じて前進する事だけに使えと言ってるんだよ! わかったら返事をしろ! それくらいの発言は許そう! さあ! どうするイーブル!」
「……頑張ります」
「違う! そうじゃない! そうじゃないんだイーヴル! お前はさっきの俺の話を聞いていなかったのか!? それとも、言葉が理解できなかったか!? 確かにお前は異国の人間なのかもしれん! しかし、この国の言葉を習得したからこそ、アルベール卿から此度の任務に同行する事を許可された人間では無かったか!? ならば、俺の言葉をお前が理解できなかったハズなどない! いいかイーブル! もしもお前が俺の声が小さくて聞こえなかったのならっ!! もう一度だけ言ってやるっ!! 俺が聞きたいのは“やるか”“やれないか”だっ!! それ以外の返事などいらんっ!! 魔獣の餌にでもしてしまえっ!! さあイーヴル!! 覚悟を見せろ!! その腐った魔獣の臓腑のような貴様の内面にある腐臭を吐き出してしまえっ!! 答えろイーヴル!! 貴様の返事は!?」
「……やります」
「いいぞ! それでいいんだイーヴル! 言ったからには絶対に結果を出せ! 俺が受けた依頼は貴様を生きて返す事だ! だから、この依頼が終わるまでは絶対に貴様を守ると約束しよう!! だが!! もしも貴様がその言を違えたならば、依頼終了後にその足ぶった切ってやるから覚悟しろよ! イーヴル!」
「…………」
「いいぞ!! 賢い男だイーヴル!! その調子で口を動かさず足を動かせよ!!」

 ようやく機嫌を直したらしく、ガハハと高笑いしながら更にペースを上げる大男の背中を必死で追いかける。
 短く刈り込まれた白髪は赤みがかった周りの木の葉の景色からすると浮いており、目印としてはこれ以上ない。
 しかし、運動不足がデフォルトだった現代日本人の俺と、職業柄山野を駆け回っている現役ハンターと比べてくれるなと思うくらいは許されるのではないかと思う。

 だが、あの男が言った以上もしも俺があの男について行けなかったら本当に街に帰ったと同時に両足を切り落とすくらいの事は平気でやるだろう。まだまだ短い付き合いではあるものの、既にそれがわかるくらいにはお互いの事がわかるようになっていた。

 俺は自前の背負袋と俺の背負袋、更には2mはあるだろう馬鹿でかい大剣を担いでいる大きな背中を必死で追いかけながら、こんな事になってしまった原因を思い出していた。




 
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