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第一章 心霊スポットと白い影
06 夢の中の二人
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「相馬はどこに行きたいんだい?」
唐突に耳に飛び込んできた声が、物心着いた頃から一緒にいる事が多かった幼馴染。海斗の声だというのを理解するのに時間がかかったのは、さっきまでの状況とあまりにも似つかわしくないと脳が判断したためだ。
俺は慌てて起き上がるとすぐに自分の腹に右手を這わす。
しかし、俺の右手越しに伝わってきた感触は、想像していたものとはちがう安っぽいTシャツのそれだった。
「……Tシャツ? 何でだ? 確か俺はコートを着ていたはずで、しかも腹を刃物で刺されたのに……」
本来であれば酷い傷を負っているはずの俺の腹は傷一つ無いようで、触っていても痛みすら感じない。
それどころか、どうも半袖のTシャツを着ているらしい。なんとも季節外れな事で、俺は頭が混乱した。
「相馬はどこに行きたいんだい?」
そんな中、再び聞こえる海斗の声。
俺はそこでようやく顔を上げ、いま自分がいるのが自分の家の自分の部屋で、さっきまでベッドに横になっていたのだと気がついた。
そして、声のした方に目を向けると、見慣れた姿の幼馴染がガラステーブルの傍に座布団を敷き、スマホをいじっているのが確認できた。
その状況を見て、俺は今の自分に起こっている現状を理解するに至った。
「夢か……」
俺の呟きに海斗がクスリと笑う。
なんとも自然な反応だが、それだけ多くの姿を俺が見続けてきた結果なのだろう。
そして、冷静になってきた頭で、この状況が過去に一度したやりとりの一つだという事にようやく気が付くことが出来た。
だからこそ、この次に海斗が何と口にするかも知っていた。
「ずっとこの街にいるのもいいと思うけど、別の街に行くのも有りだと思わない? 相馬は暑がりだから東北とか北海道とかさ。あ、でも寒すぎるのもちょっと嫌だなぁ……」
スマホをテーブルにおいて顔を上げた海斗は俺に向かって苦笑する。
たしか、これは大学2年目の夏期休暇でのやりとりだった筈。議題は「大学を卒業したらどうするか?」。この時の俺は確か、「南国に行くのもいいかもな」と言ったと思う。
結局は地元の会社に入って未だに実家暮らしだけど、その時はまるで旅行の計画を立てるかのように様々な場所を夢想した。
「俺は別にどこにでも。逆にお前はどこに行きたいんだ?」
だからだろうか。
何となく俺は、その時には聞けなかった事を夢の中とは言え聴きたくなってしまった。
あの時は二人で南国のどこに行こうかという話に切り替わってすぐに全く違う話になってしまったけれど、肝心の海斗の考えを聞いていなかったのだ。
その時は……いや、その後も特に気にする事はなかったけれど、再び同じ状況になった事で確認しておきたいと思った。
例え、これが俺の夢だと分かっていても。
「僕もどこでも。それこそ、相馬が行くところならどこでもいーよ」
「なんだそれは。俺もお前ももう立派な大人なんだし、自分が行きたい所に行って、自分がしたい事をすればいいんだ」
「んー。そうなんだけど」
俺の言葉に海斗は両手を上げて伸びをすると、そのまま両手を後ろ手に支えにしながら天井を見上げる。
「思い浮かばないんだよね」
「何が」
「僕の傍に相馬がいない状況が」
海斗の言葉に俺も過去を振り返る。
確かに、これまでを思い返して見ても、俺のそばには常に海斗がいたような気がした。
「言われてみればそうだな。なんかそう考えると実にキモイ感じだ」
「なんでさ」
「いや、周りから『あいつらホモじゃないか?』とか、思われてそうじゃないか?」
「あー……それは確かに……」
俺の言葉に海斗も初めてその事に思い立ったように体を起こして俺に目を向けると、苦笑しながら左手で右手の二の腕を摩ってみせた。
「そういう趣味は僕にはないんだけど」
「心配しなくても知ってる。ついでに、俺にもそんな趣味はない」
「うん。それは僕もよく知ってる」
お互いに顔を合わせて失笑したあと、何となく沈黙する。
窓を開けていたからか外から吹いてきた風がレースのカーテンを揺らしていた。
「……そんな趣味はないけどさ」
その沈黙を破るように海斗。
「それでもこの先どこまでも、相馬は僕のそばにいる。そんな気がするんだ」
「そりゃなんとも……。恋人も作れないし、結婚も出来そうにないんですがそれだと」
「大丈夫。これまでもお互い恋人の一人も出来たことがないじゃないか」
「そんな悲しい事言うなよ……」
海斗の言葉に俺は頭を掻きむしり、ベッドに横になる。
所謂不貞寝というやつだが、そんな俺の態度に海斗は笑いながらベッドの端に腰掛けた。
「ねえ相馬」
海斗からの呼びかけに、俺はそちらに目を向ける。
すると、これまでで一番強い風が吹き込み、レースのカーテンが大きく揺れた。
そのせいで海斗の顔がカーテンで隠れ、その表情が読み取れない。
それは海斗も同じだっただろうけど、構わず話しかけてきた。
「いつか相馬が僕の前からいなくなってしまったら、僕は絶対相馬を探す。だから、相馬も僕と離れ離れになったなら──」
そこまで耳にした時に。
突然嘗ての思い出は色あせて、代わりに腹部の鈍い痛みと漆黒の闇が俺の眼前に現れたのだった。
唐突に耳に飛び込んできた声が、物心着いた頃から一緒にいる事が多かった幼馴染。海斗の声だというのを理解するのに時間がかかったのは、さっきまでの状況とあまりにも似つかわしくないと脳が判断したためだ。
俺は慌てて起き上がるとすぐに自分の腹に右手を這わす。
しかし、俺の右手越しに伝わってきた感触は、想像していたものとはちがう安っぽいTシャツのそれだった。
「……Tシャツ? 何でだ? 確か俺はコートを着ていたはずで、しかも腹を刃物で刺されたのに……」
本来であれば酷い傷を負っているはずの俺の腹は傷一つ無いようで、触っていても痛みすら感じない。
それどころか、どうも半袖のTシャツを着ているらしい。なんとも季節外れな事で、俺は頭が混乱した。
「相馬はどこに行きたいんだい?」
そんな中、再び聞こえる海斗の声。
俺はそこでようやく顔を上げ、いま自分がいるのが自分の家の自分の部屋で、さっきまでベッドに横になっていたのだと気がついた。
そして、声のした方に目を向けると、見慣れた姿の幼馴染がガラステーブルの傍に座布団を敷き、スマホをいじっているのが確認できた。
その状況を見て、俺は今の自分に起こっている現状を理解するに至った。
「夢か……」
俺の呟きに海斗がクスリと笑う。
なんとも自然な反応だが、それだけ多くの姿を俺が見続けてきた結果なのだろう。
そして、冷静になってきた頭で、この状況が過去に一度したやりとりの一つだという事にようやく気が付くことが出来た。
だからこそ、この次に海斗が何と口にするかも知っていた。
「ずっとこの街にいるのもいいと思うけど、別の街に行くのも有りだと思わない? 相馬は暑がりだから東北とか北海道とかさ。あ、でも寒すぎるのもちょっと嫌だなぁ……」
スマホをテーブルにおいて顔を上げた海斗は俺に向かって苦笑する。
たしか、これは大学2年目の夏期休暇でのやりとりだった筈。議題は「大学を卒業したらどうするか?」。この時の俺は確か、「南国に行くのもいいかもな」と言ったと思う。
結局は地元の会社に入って未だに実家暮らしだけど、その時はまるで旅行の計画を立てるかのように様々な場所を夢想した。
「俺は別にどこにでも。逆にお前はどこに行きたいんだ?」
だからだろうか。
何となく俺は、その時には聞けなかった事を夢の中とは言え聴きたくなってしまった。
あの時は二人で南国のどこに行こうかという話に切り替わってすぐに全く違う話になってしまったけれど、肝心の海斗の考えを聞いていなかったのだ。
その時は……いや、その後も特に気にする事はなかったけれど、再び同じ状況になった事で確認しておきたいと思った。
例え、これが俺の夢だと分かっていても。
「僕もどこでも。それこそ、相馬が行くところならどこでもいーよ」
「なんだそれは。俺もお前ももう立派な大人なんだし、自分が行きたい所に行って、自分がしたい事をすればいいんだ」
「んー。そうなんだけど」
俺の言葉に海斗は両手を上げて伸びをすると、そのまま両手を後ろ手に支えにしながら天井を見上げる。
「思い浮かばないんだよね」
「何が」
「僕の傍に相馬がいない状況が」
海斗の言葉に俺も過去を振り返る。
確かに、これまでを思い返して見ても、俺のそばには常に海斗がいたような気がした。
「言われてみればそうだな。なんかそう考えると実にキモイ感じだ」
「なんでさ」
「いや、周りから『あいつらホモじゃないか?』とか、思われてそうじゃないか?」
「あー……それは確かに……」
俺の言葉に海斗も初めてその事に思い立ったように体を起こして俺に目を向けると、苦笑しながら左手で右手の二の腕を摩ってみせた。
「そういう趣味は僕にはないんだけど」
「心配しなくても知ってる。ついでに、俺にもそんな趣味はない」
「うん。それは僕もよく知ってる」
お互いに顔を合わせて失笑したあと、何となく沈黙する。
窓を開けていたからか外から吹いてきた風がレースのカーテンを揺らしていた。
「……そんな趣味はないけどさ」
その沈黙を破るように海斗。
「それでもこの先どこまでも、相馬は僕のそばにいる。そんな気がするんだ」
「そりゃなんとも……。恋人も作れないし、結婚も出来そうにないんですがそれだと」
「大丈夫。これまでもお互い恋人の一人も出来たことがないじゃないか」
「そんな悲しい事言うなよ……」
海斗の言葉に俺は頭を掻きむしり、ベッドに横になる。
所謂不貞寝というやつだが、そんな俺の態度に海斗は笑いながらベッドの端に腰掛けた。
「ねえ相馬」
海斗からの呼びかけに、俺はそちらに目を向ける。
すると、これまでで一番強い風が吹き込み、レースのカーテンが大きく揺れた。
そのせいで海斗の顔がカーテンで隠れ、その表情が読み取れない。
それは海斗も同じだっただろうけど、構わず話しかけてきた。
「いつか相馬が僕の前からいなくなってしまったら、僕は絶対相馬を探す。だから、相馬も僕と離れ離れになったなら──」
そこまで耳にした時に。
突然嘗ての思い出は色あせて、代わりに腹部の鈍い痛みと漆黒の闇が俺の眼前に現れたのだった。
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