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ガイル⑤

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(抱いてもいないのに、満たされるこの気持ちはなんだろう・・・)


ガイルはサラが風邪をひかないよう寝室の暖炉に連れていった。女性を寝室に招いて手を出さなかったなんて初めてであろう。ガイルは火が消えかけている暖炉の前でウイスキーに再び手を出そうとするも、その手を止めた。彼女の唇の感触を酒で忘れたくなかったからだ。


(全て、はっきりと思い出していたい)


ガイルはベッドに入った。一人きりの部屋はどこか寂しい。


(誘えば、朝までいてくれるだろうか)



暗闇の中で、ガイルは彼女を想いながら眠りについた。








「今夜も夕食は家で食べるなんて珍しいわね」
「ええ、悪いですか、ルリ叔母様」
「いいえ、いいのよ。どういう風の吹きまわしかと思っただけ」
「最近寒いので屋敷から出るのが億劫なだけです」


夕食の場で叔母は怪しんだようにガイルを見た。ガイルは鮭のムニエルをフォークで上品に口に入れた。最近は食欲も増え、手放せなかった酒もほとんど夜しか飲まない。


「レイラ、今日は勉強どうだった」
「午前は座学でしたが、午後は歌を教えていただきました。サラ先生に今流行ってるオペラ・エイミーを歌っていただいたんです。とってもお上手でしたわ」
「そうか」


(ああ、それは知っている)


午後書斎の窓を開けると、遠くから天使の歌声が聞こえてきていた。窓際に座り、目を瞑りながら彼女の歌に聞き入った。仕事を持ってきたダンが窓を閉めようとしたが、ガイルはそれを引き留め、暫く彼女の声を聞きながら仕事を済ませたのである。


「あら、ガイル、なんかニヤけてない?」
「・・・いえ、ルリ叔母さんの気のせいですよ」


ガイルは緩んでいた口を引き締めた。目敏い叔母から逃げるように、食事を後にした。







「シーガル伯爵、報告書です」
「ああ」


あれからガイルは大きな仕事がない場合は屋敷にとどまった。昨夜もパウロ男爵から紳士クラブに誘われるも、乗り気にならず断った。何度も今日こそはと出掛ける準備をするのだが、彼女が水を浴びて風邪を引いていないだろうか、夜泥棒に入られて彼女が襲われないかどうかなど余計な心配が募り屋敷を出れないのだ。


(何より、私が彼女に会いたいんだ・・・)



「ほら、暖めてあるから、座れ」
「ありがとうございます」


慣れたようにサラが暖炉の前に座った。髪を手解き、ガイルもその横に座りブランケットを自身と彼女の肩に掛ける。ガイルがその報告書を読みながら、軽く会話もするようになった。


「今日レイラが歌を教えてもらったと喜んでいた」
「そうなんです、レイラ様歌が好きみたいですね。何度も歌ってとせがまれてしまいました」
「今日君の声が聞こえていたぞ」
「えっ、そうなんですか」


サラは頬を赤く染める。リンゴのように頬を染め恥ずかしがる彼女は可愛らしい。


「その・・・お前の声は悪くなかったぞ」
「お、恐れ入ります・・・」


(こんなに教養があって美しいのに、なぜ家庭教師なんかしてるんだ。持参金がなくとも彼女と結婚したい人も多くいるだろう)


「君はなぜこの仕事を?結婚だってしようと思えばできるだろう」
「・・・大切な人を・・・戦争で亡くしてしまったんです」
「っ・・・婚約、していたのか」
「・・・そのようなものです」


(彼女も・・・家族を戦争で亡くしてしまった被害者なんだな)


彼女に婚約者がいたことにツキリと胸が傷んだ。


「まだ、そいつのことを愛しているのか」
「・・・そう、ですね、そうかもしれません」


サラの瞳から一瞬薄暗い闇を見た気がした。


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