魔王の城に配属させられたのですが、超絶ブラックな職場でした

３１話 結末

　ヒロが指先から放った煉獄の炎は、ケルベロスを一瞬で包み込み、それまでのような抵抗を見せることなく、ケルベロスはその巨大な体を炎に焼かれながらもだえ苦しみ、咆哮を上げている。

「グオォォアァァ！」

「よし、これでいける！」

　ヒロはロゼの教えに従い、指先に魔力を集めると炎の威力を上げていく。すると、指先から放たれた炎は一層巨大になり、ケルベロスを包み込んでいく。ケルベロスの三つの頭が激しく動き回り、苦悶の声を上げながらも、その大きな体勢を保ち続けていました。

「ま、まさか……これほどとは……」

　ロゼですら驚きの表情を浮かべながら、ケルベロスの大きな体が揺れ動き、炎の中で苦しむ様子が見られた。ベネッタとダンテも気を失っている中、唯一戦える存在となったヒロは、新たな力でケルベロスに立ち向かっていく。

「さすがだな、ヒロ……」

　ロゼは小さく声をかけるとともに、再びヒロの力に期待を寄せていた。ケルベロスは徐々にその力を取り戻し、3つの首は再び激しい炎を吐き出した。しかし、魔力を調節することができるヒロは、瞬時に、ケルベロスの獄炎に対抗できる炎を作り出し、次々に相殺していく。その鮮やかな動きはかつての魔王の始祖・ヒロを彷彿とさせるような動きで、ケルベロスはその炎に振り回されているかのようだ。

「これで、攻撃の手を緩めずにいける！」

　ヒロは魔力調節を使いながら、炎をケルベロスに次々と浴びせかける。最初は小さな火の粉から、徐々に巨大な火柱へと変化していく。ケルベロスはその激しい炎に押し戻され、再び咆哮を上げながら激しく抵抗している。ヒロは一通りの攻撃を終え、ケルベロスの様子を見ていた。プスプスと身体を焦がしながらケルベロスは鋭い目つきでヒロを睨んでいた。

「まだやる気みたいだな……」

　ケルベロスの目はヒロを睨み続けていた。その瞳はまるで、ケルベロスがヒロに対して本気で戦うに相応しい相手と認めているかのようだ。ヒロもまた、ケルベロスのそれを不思議と肌で感じ取っていた。

　ヒロの手に入れた新しいスキルである『魔力調節』は魔法の威力を調節するという強大な力を持っている。魔法には詠唱時間という概念があり、強大な魔法程、詠唱に時間がかかるため連発をすることができないが、魔力調節は最下級の魔法ですら強大な魔法に匹敵させる、いやそれ以上の威力を出すことができる。

「ふぅ、お互い次が最後の攻撃……か」

　いくら新しいスキルを手にしたヒロと言えど、連戦で体はすでに限界に来ていた。ヒロは翼を広げ、最後の力を振り絞りながらケルベロスの前に立ちふさがる。ヒロの周りには激しい炎の渦が立ち上り、その光景はまるで魔王そのもの。彼が魔力調節で生み出す炎は、もはや最下級の魔法とは思えない程激しく燃え広がっている。

「いくぞ……ケルベロス！」

　ケルベロスは3つの首から放たれる獄炎を重ね合わせ、地獄の業火を作り出した。恐らく喰らえばヒロもろとも辺りは地獄の海と化すだろう。ヒロは覚悟を決め、指先をケルベロスに定めた。ヒロが叫ぶと、彼の指先から放たれた炎はまるで灼熱の刃のように獄炎を切り裂き、ケルベロスの身体に一文字の傷をつけた。ケルベロスは激しく暴れながら、地面に轟音と共に倒れる。

「はぁ、はぁ、倒した……か？」

　ヒロは息を切らしながら、ケルベロスの体勢がくずれたことを確認する。一度は敵の圧倒的な力に押し負けそうになりながらも、ヒロの新たな力と戦い方が実を結び、ケルベロスを打ち破ることに成功したのだ。

「やった……倒せたぞ……」

「素晴らしい戦いでした！　ヒロ選手は何度も戦いの中で成長し、ついに地獄の番犬ケルベロスを打ち倒しました！」

　物陰に隠れていたイブは戦いが終わるとさっと出てきて、実況を始めた。まるで何事もなかったのかのようにヒロに歩み寄った。会場が静かになったことでベルゼルが腰を抜かした状態で四つん這いで現れた。

「お、終わった……」

「無事か……？　ベルゼル」

　ヒロは肩で息をしながら、天を仰いだ。ロゼは拍手しながら、ヒロに向かって歩み寄り、ケルベロスもまた、倒れたままながらもヒロに対して畏敬の念を示すかのように低く唸り声を上げている。

「ヒロ、よくケルベロスを倒したな。まぁ、お前が倒さなければ私がケルベロスを倒すつもりだったが……」

「はは、じゃあずっと見てたんですか？」

「そう……なるな。部下を育てるためだ、多少の被害は仕方ないだろう。幸い誰も死んではいないようだからな」

「えっ？　じゃあダンテとベネッタは？」

　ヒロはダンテとベネッタに目を向けると、2人とも微かに息をしていた。身体は酷く傷ついているが、辛うじて命に問題はなさそうだ。早く手当すれば助かるだろう。ヒロは安心感からか、スッと力が抜ける。

「よか……った」

　ヒロはこと切れた人形のように、その場にバタッと倒れた―――