ダンシング・オメガバース

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文筆業とか言ってみたり

2 録音されちゃった

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 僕の初めてのエッセイは、十二月から三カ月連続でとある地方紙に掲載された。
 それが結構好評だってことで続きを頼まれて、今度はマンガやアニメのことを書いた。子供だけじゃなく大人も楽しめるものがたくさんあるよって感じのことを。
 本当にこんな感じの内容でいいのかなって疑問符まみれなんだけど、打ち切りになってないってことはOKなんだろう。

 五月の始め、僕は仕上がった原稿を持って編集部を訪ねた。
 少ない人数で回しているみたいだし、あっちのデスクでは電話が鳴りっぱなし。原稿を置いたらさっさと退散するつもりだったのに、引き留められてしまった。

「フォノムラ先生に紹介したい方がいるんですわ」
 僕の担当さんは、四角い体に四角い眼鏡をかけたベータのおじさんだ。
 穂乃村って名字は彼には言いづらいみたいで、こうして気の抜ける呼び方をする。
 それはいいけど、先生って呼ばれるのはムズムズして落ち着かない。でも、それについてはすでに何度かやりあったあとだから我慢する。

「紹介したい人、ですか?」
 話を詳しく聞いたところ、なにやら民族学の研究者さんが僕に会いたいと言っているらしい。
 ちょっと悩んだけど、この会社にはお世話になっているわけだし、むげにするのもな。

 それから数日後、
 待ち合わせのカフェに現れたのは、髭にサングラス、派手な柄の開襟シャツの男性だった。 異世界の生活を知りたいってことかと思って了承したんだけど、失敗だったかもしれない。

 てっきり、大学教授みたいなおじいちゃんが来るもんだと思っていたから、一人で来たことを後悔した。ミラロゥが忙しそうだったので、遠慮したってのもある。
 もちろん、一緒にくるって言ってくれたんだけど。

 ここは基本的には平和な世界だ。
 オメガの僕にも断る権利があるんだから。
 それでもやっぱり警戒してしまう。女性の助手さんが一緒じゃなかったら帰っていたところだ。

「エッセイ拝読いたしました。特に、異世界の歌に興味がありまして」
「歌!?」
 それは想定外だ。ウェディングドレスでも、ケーキでもなく!?
「異世界ではダンスはあまり発展していないのでしょう?」
 それが、バカにするような笑みに見えて、僕はハッとした。
「いえ、全員が踊るわけじゃないけど、ダンスはあります!」

 プロのダンサーだっているし、そういう人の情熱は本当にすごいんだよ。
 まあ僕は、漫画でしか知らないんだけど!
 だけどここは、否定しておかないとマズいと思うんだ。
 僕のうかつな発言のせいで、地球にはまっとうなダンサーがいないとか思われちゃったら困る。違うんだって、一般人が街中で求愛ダンスをする文化がないってだけでダンスを愛する人はいる!

 プロじゃなくたって、そう、夏祭りとかヤーレンだのソーランだのとか聞こえてくるし。
 そうだ、盆踊りだってあるじゃないか!

「あの、僕が自分の住んでた世界のダンスについて無知だってだけで……」
 ゴニョゴニョ言ってはみたものの、イマイチ取り合ってもらえない。
「ええ、まあ、そちらの話は今度ゆっくり」
 って簡単に流されちゃった。うぐぐ、よくない兆候だぞ。

「今日は異世界の歌をお聞かせ願えたらと思います。ここじゃなんですね、場所変えましょか」
「いえあの、僕ではお役に立てそうもないので」

 場所を変えるという言葉に危機感を覚えた。
 この人、なんだか信用できない。早々に辞退しようと思ったのだが、相手はなかなかしつこかった。
 皆が知りたがっていることだとか、学問の発展のためにとか、とにかく頼みますと拝み倒された。僕、弁の立つ人間に弱いみたいだ。そうして強引に連れていかれた先は、スタジオだった。

「録音するんですか!?」
「貴重な資料ですから」
 歌を採録……。確かに民族学かもしれない。
 僕は白目になって、来るんじゃなかったと後悔した。
「……やっぱり僕、帰ります」
「まあそう言わず、ここの料金もう払っちゃってるんですよ」
 そんなの僕に関係なくない? チラッと思ったけれど、怒りの気配を感じ取り、すこし怖くなった僕はおとなしくマイクの前に戻った。

「異世界らしい歌をお願いします」
「あの、それだと範囲が広すぎて」
「では、お好きな歌をお願いします」

 僕が思い浮かべたのは、やっぱりアニメの主題歌だったけど、なんとなくこの人の前で、アニソンを歌うのは抵抗があった。これで好きなものをバカにされたら許せそうもない。
 だからと言って、即興のオリジナルソングってわけにもいかないし、それっぽいものを歌わなきゃ。

 なにか、日本っぽいもので、みんな知ってる名曲で……。
 僕はメチャメチャ頭をひねった。
 そんで『金太郎』とか『赤とんぼ』とかうろ覚えの童謡をいくつか披露した。
 途中から全部ふふふーんだったけど!

「疲れた」
 その夜、僕は帰宅したばかりのミラロゥに泣きついた。
 そんで、彼の膝枕で頭を撫でられながらぐちぐち言った。

 二人掛けのソファー、バンザイ。思いっきり慰めてもらうんだ。
「学術目的とか言われちゃうとさー、断りにくいよね。ううう、録音されちゃった……。僕の下手な歌声が後世に残されちゃう」
 根気強く僕の頭を撫でていたミラロゥが後悔の入り混じる声で呟いた。

「やはり、私も一緒に行くべきだったかな」
「ううん!」
 僕は慌てて彼の膝から頭をあげた。甘えるのはいいけど、悩ませるのはダメだ。
 ミラロゥの頬を両手で挟み込み、彼の目を覗き込んだ。僕は彼の顔を曇らせたくないんだ。

「僕が一人で大丈夫って言ったんだし、ミラロゥが責任を感じる必要なんて一切ない!」
「それはそれで、少し寂しいな」
 拗ねた!
 なにそれ可愛い。ギュギュっと心臓が締め付けられて、思わずキスしてしまった。
 ソファーの上でしばらくじゃれ合ううちに、ささくれだっていた僕の心もふにゃふにゃになっていく。

 ミラロゥが慰めてくれれば、大抵のことはどうだって良くなっちゃうのだ。
 ほわっとなった僕の肩を軽く叩いて、ミラロゥは夕食の準備を始めた。

 彼がパスタをゆでるあいだ、僕はヒヨコみたいにあとをついて回った。
「まあ私も、ルノンの可愛い歌声を他人に聞かせるのは、あまりいい気分じゃないな」

「え、僕、先生の前で歌ったことあった?」
「いつも歌ってる」
「え!?」
「無自覚か」

 からかうようにミラロゥが口の端をあげるので、僕は思わず見とれた。
 そういう顔もすごくカッコイイ。
 ――じゃなくて!
 僕は頬に手を当て心当たりを探ってみた。
 変だな、僕に鼻歌の習慣なんてなかったはずだけど……。
 ミラロゥの前ではずいぶん気を抜いているらしい。

 ベーコンの焼けるいい匂いが、僕を物思いから引き戻した。
 ミラロゥはパスタソースに取り掛かっていた。フライパンの上で、アスパラが鮮やかな緑に変わっていく。これだけでも美味しそうだ。

「今日歌ってきたのは、いつもとは違う歌なんだろう? 私にも聞かせてくれないか」
 ミラロゥは優しい声で僕にねだった。
「えー、恥ずかしいよ」
 と言いつつ、期待の眼差しで見られちゃうと、弱いんだよなあ。

 求められるんじゃ、しかたないよね。
 開き直って『鳩ぽっぽ』を歌うと、ミラロゥは思い切り吹き出した。
「笑わないでよ」
「すまない。あんまり可愛いから」
 む。あまり反省していない口調だ。もう一回とねだられそうな雰囲気だ。

「子供のための歌だからね」
「大人のための歌はないのか」
「ラブソングってこと? えーと、えーと、……不倫の歌しか出てこない」
 懸命に考えた結果だというのに、なぜか無言で頬をつままれた。
 ろくでもないのは、僕のせいじゃないのにな。
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