21 / 27
21.闇の中
しおりを挟む
アカリは、自分の周りに次々とファントムたちが現れるのを感じた。
いや、そもそも彼らを生みだしたのは自分自身なのだから、自分だけは彼らを本当の名であるガングラティとガングレトと呼んでやらなければならいだろう……そんなことをアカリは思う。
……そういえば、下男と下女ということは雌雄の別があるということだがどうやって見分ければいいのだろう? どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。自分がこれから消える存在だということを忘れて「あははっ」と吹き出した。
そうしている間にアカリの周りは闇に包まれ、アカリはその中に立ち尽くしていた。その中から先程まで話していた女の声が聞こえてくる。
「おやすみなさい……アカリ」
この瞬間においても、ヘルの体は宇宙のように膨張を続けている……はずだ。しかし、もはや闇の末端となろうとしているアカリに、その事実を確認するすべはない。最期に、己の小ささを知るのみだった。
アカリは夜空に向かって話しかけるように、ただ静かに、その言葉を口にした。きっとこれが最期の言葉になるだろうと思いながら……。
「おやすみなさい……ヘル」
ずぶり……と、足下から、泥の中に引きずり込まれるような気持ちの悪い感覚を一瞬だけ感じた。
その時に、微かに意識が飛んだような気がしたが、まだ消滅したわけではなかった。
目を開くと、アカリがいるのは完全な暗闇ではなく、薄明りに照らされた果ての見えないだだっ広い空間だった。なんだかとても懐かしい。そして、とても暖かく心地よい。
「……あのまま、消えてしまうと思ったのに」
このまま闇の中で楽に消えていくだけだと思っていたのに、再び自分が置かれた状況が分からなく不安が胸いっぱいに広がる。まだ生き残っているのが残念なような、ほっとしたような、複雑な感情がアカリの頭の中でぐるぐると渦巻いた。
そんなアカリの耳に、どこからともなく規則正しく刻まれる音が聞こえてきた。それは、とても近いようであり、とても遠くから聞こえるようでもあり。
それは心臓の鼓動に似ている……と思ったが、すぐにその音の正体に思い至った。
メトロノームだ……。
ピアノと一緒に常にあったあの音。大嫌いだった音。けれど、今は、この音と共にあるだけで妙に安心する。
その気持ちよさと安心感から、強烈な睡魔が襲いかかってくる。瞼が自然と落ちていくのが分かる。今度こそ、自分は消え去ってしまうのだろうか?
「眠たいな……眠っちゃってもいいのかな?」とアカリは誰にともなく尋ねる。何の返答もなかったので、「いいんだったら……。眠っちゃおう……」と誰にではなく、自分自身に語り掛けた。
そして目を瞑る。
……本当に、それでいいのか?
唐突にアカリの耳に入ってきたのは聞き覚えのない男の声。心地よいまどろみから引き戻されたことに少し不快感を覚えつつ瞼を開いた。
声を発した相手の姿は、目に見える範囲にはなかった。
「誰?」
アカリは問う。
「私は……君の光だ」
姿を見せないまま、声だけが返ってきた。
「私の光?」
光という単語から、アカリはいつも一緒にいた神獣の姿を直感的に連想した。
「バルドルなの? どこにいるの?」
「私はいつだって、君の側にいるよ」
優しい言葉が返ってきて、アカリは泣きそうになった。
「バルドル……ありがとう。でも、もういいんだよ。私は辛いんだ。苦しいんだ。もう、頑張れないよ」
「頑張らなくてもいいよ。でも、本当にもう、出来ることは残っていないのかい? 心残りはないのかい?」
その言葉はアカリの心を深く抉った。
「心残りがないはずがない!」
反射的に口をついた叫びは、紛れもなくアカリの心からの本音。
けれどすぐに「だけれども……」と冷静に戻り、俯いて大きく首を左右に振った。途端に、ジワリと目尻に涙が滲む。
「私は……要らない人間なんだよ。帰ったところで、私にい場所なんてないんだよ」
いつの間にか、すぐ真横に誰かが立っているような気配があった。アカリは、その気配に向かって話しかける。
「バルドル、そこにいるの?」
その気配が頷いたようにも思えた。
「ねぇ、バルドル。お願いだから、姿を見せて……」
弱々しくどこかにいる神獣にアカリは訴えた。
いや、そもそも彼らを生みだしたのは自分自身なのだから、自分だけは彼らを本当の名であるガングラティとガングレトと呼んでやらなければならいだろう……そんなことをアカリは思う。
……そういえば、下男と下女ということは雌雄の別があるということだがどうやって見分ければいいのだろう? どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。自分がこれから消える存在だということを忘れて「あははっ」と吹き出した。
そうしている間にアカリの周りは闇に包まれ、アカリはその中に立ち尽くしていた。その中から先程まで話していた女の声が聞こえてくる。
「おやすみなさい……アカリ」
この瞬間においても、ヘルの体は宇宙のように膨張を続けている……はずだ。しかし、もはや闇の末端となろうとしているアカリに、その事実を確認するすべはない。最期に、己の小ささを知るのみだった。
アカリは夜空に向かって話しかけるように、ただ静かに、その言葉を口にした。きっとこれが最期の言葉になるだろうと思いながら……。
「おやすみなさい……ヘル」
ずぶり……と、足下から、泥の中に引きずり込まれるような気持ちの悪い感覚を一瞬だけ感じた。
その時に、微かに意識が飛んだような気がしたが、まだ消滅したわけではなかった。
目を開くと、アカリがいるのは完全な暗闇ではなく、薄明りに照らされた果ての見えないだだっ広い空間だった。なんだかとても懐かしい。そして、とても暖かく心地よい。
「……あのまま、消えてしまうと思ったのに」
このまま闇の中で楽に消えていくだけだと思っていたのに、再び自分が置かれた状況が分からなく不安が胸いっぱいに広がる。まだ生き残っているのが残念なような、ほっとしたような、複雑な感情がアカリの頭の中でぐるぐると渦巻いた。
そんなアカリの耳に、どこからともなく規則正しく刻まれる音が聞こえてきた。それは、とても近いようであり、とても遠くから聞こえるようでもあり。
それは心臓の鼓動に似ている……と思ったが、すぐにその音の正体に思い至った。
メトロノームだ……。
ピアノと一緒に常にあったあの音。大嫌いだった音。けれど、今は、この音と共にあるだけで妙に安心する。
その気持ちよさと安心感から、強烈な睡魔が襲いかかってくる。瞼が自然と落ちていくのが分かる。今度こそ、自分は消え去ってしまうのだろうか?
「眠たいな……眠っちゃってもいいのかな?」とアカリは誰にともなく尋ねる。何の返答もなかったので、「いいんだったら……。眠っちゃおう……」と誰にではなく、自分自身に語り掛けた。
そして目を瞑る。
……本当に、それでいいのか?
唐突にアカリの耳に入ってきたのは聞き覚えのない男の声。心地よいまどろみから引き戻されたことに少し不快感を覚えつつ瞼を開いた。
声を発した相手の姿は、目に見える範囲にはなかった。
「誰?」
アカリは問う。
「私は……君の光だ」
姿を見せないまま、声だけが返ってきた。
「私の光?」
光という単語から、アカリはいつも一緒にいた神獣の姿を直感的に連想した。
「バルドルなの? どこにいるの?」
「私はいつだって、君の側にいるよ」
優しい言葉が返ってきて、アカリは泣きそうになった。
「バルドル……ありがとう。でも、もういいんだよ。私は辛いんだ。苦しいんだ。もう、頑張れないよ」
「頑張らなくてもいいよ。でも、本当にもう、出来ることは残っていないのかい? 心残りはないのかい?」
その言葉はアカリの心を深く抉った。
「心残りがないはずがない!」
反射的に口をついた叫びは、紛れもなくアカリの心からの本音。
けれどすぐに「だけれども……」と冷静に戻り、俯いて大きく首を左右に振った。途端に、ジワリと目尻に涙が滲む。
「私は……要らない人間なんだよ。帰ったところで、私にい場所なんてないんだよ」
いつの間にか、すぐ真横に誰かが立っているような気配があった。アカリは、その気配に向かって話しかける。
「バルドル、そこにいるの?」
その気配が頷いたようにも思えた。
「ねぇ、バルドル。お願いだから、姿を見せて……」
弱々しくどこかにいる神獣にアカリは訴えた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
世界を滅ぼす?魔王の子に転生した女子高生。レベル1の村人にタコ殴りされるくらい弱い私が、いつしか世界を征服する大魔王になる物語であーる。
ninjin
ファンタジー
魔王の子供に転生した女子高生。絶大なる魔力を魔王から引き継ぐが、悪魔が怖くて悪魔との契約に失敗してしまう。
悪魔との契約は、絶大なる特殊能力を手に入れる大事な儀式である。その悪魔との契約に失敗した主人公ルシスは、天使様にみそめられて、7大天使様と契約することになる。
しかし、魔王が天使と契約するには、大きな犠牲が伴うのであった。それは、5年間魔力を失うのであった。
魔力を失ったルシスは、レベル1の村人にもタコ殴りされるくらいに弱くなり、魔界の魔王書庫に幽閉される。
魔王書庫にてルシスは、秘密裏に7大天使様の力を借りて、壮絶な特訓を受けて、魔力を取り戻した時のために力を蓄えていた。
しかし、10歳の誕生日を迎えて、絶大なる魔力を取り戻す前日に、ルシスは魔界から追放されてしまうのであった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる