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高校二年生 春
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「ありがとね……ひっく」
涙を流す先輩にハンカチを貸してあげた。
先輩が観たかった映画は、感動系の類だった。簡単に言えば、病気を患ったヒロインが最後は死ぬ話だ。余命宣告されたヒロインを好きな主人公くん。ヒロインが情緒不安定になったり、泣いたりしたときでも、いつも傍で寄り添う姿はとても献身的だった。そんなにも一人の人に愛情を注ぎ込むことができる姿にはあまり感情移入できなかった。卑屈なところは似ていたけれど、それ以外の部分が僕の性格と正反対に思えたからだ。
上映が終わり、暗闇から一気に視界が開けたとき、すすり泣く声があちこちで聞こえてきたので、泣ける映画だったのだろう。憮然とした態度で座っていた僕は、空気の読めない奴で、蚊帳の外に放置されているかのように感じられた。
「夏樹くんって感情がないの? ひっく」
涙を一滴も流していない僕を心底不思議そうな顔で質問してきた。
「僕だって感動しましたよ」
「じぇったいうしょだゃー」
もう涙声で言葉の原型をほとんど留めていない。それにしても先輩は感受性が豊かすぎる。いくら感動する映画を観たからと言って、映画館を出て、さらに近くのカフェに入ってから十五分ほどが経過しているというのに、涙と鼻水が洪水のようにまだまだ溢れてきている様子だった。
「感動はしたんだけど、少し展開が読めてしまったというか……」
全く楽しめなかったわけではない。僕も感動はした。けれど、きっとこうなるんだろうな、の連続だった。そんなことを考えながら映画を観ていた僕は、こういうジャンルは向いていないのだろう。ミステリーやサスペンスばかりを好む僕と先輩では、映画の嗜好が全然合わないのだろう。
「しょれでも、泣けるでしょぉ」
まともに会話ができるのは、この涙がある程度収まってからだろうな。
泣いている先輩には申し訳ないけれど、目が赤く、鼻をすすり、ハキハキ言葉を発することができない姿は、少し面白く、興味深かった。なんだか未知の生物に遭遇したときのような感覚だった。まあ、未知の生物になんか会ったことがないけれど、きっとこういう感覚なんだと思う。
自分とは全然似ているところがないのに、なぜか一緒にいて居心地がいい。そんな不思議な感覚を味わわせてくれる彼女を観察する方が僕は楽しめるのかもしれない。幸い、まだまだ涙で視界不良なおかげで、僕が観察していても気づかれる気配はなかった。
カフェに入ってから、三十分ほどが経過し、さすがに先輩の涙も出なくなった。落ち着いて涙が出なくなったというよりは、涙が全て出尽くしたんじゃないかと思った。
「ふぅ。ごめんね。号泣しちゃって」
「面白かったんで、全然構わないですよ」
僕がそう言うと、眉間にシワを寄せて、睨まれた。獲物を見つけたライオンのような目つきに恐怖心を覚えたので、なんとか話を逸らさないと……。
「せ、先輩って映画観に来る友達とかいないんですか?」
焦ったせいで、当たり障りのない、特別気にもなっていないことが口から出てきた。
「え? どうして?」
「えー、いつも僕と遊んでいて、友達とは遊んだりしないのかなーって思いまして」
頭をフル回転させて、理由を考えた。最初は特に気にしていなかった質問だけれど、訊ねてみると、案外気になってきた。
毎週末、僕とほとんど遊んでいたので、友達と遊ぶことはないのか疑問だった。平日も僕と帰ることが多いし、もしかしたら先輩も僕と同じで友達が少ないのかもしれない。
「あー、そういうことね。ちゃんといるよ。夏樹くんと違って」
さっきのお返し、とでも言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべて、言った。心底悪そうな顔をしている。
「別に僕を引き合いに出さなくていいじゃないですか」
「ははっ。ごめんねぇ。クラスに親友が一人いるんだけどね、その子と昨日遊んだよ!」
き、昨日……?
「体力すごいですね。もしかして、毎週そんな感じですか?」
「そうだねー。土日のどっちかで夏樹くんと遊んで、空いてる日でその子と遊ぶって感じかな?」
僕は一日先輩と遊んだだけでも、翌日まで疲れが残るのに、二日連続遊びに行くなんて考えられなかった。僕の方が若いはずなのに、明らかに先輩の方が体力はあった。
別に僕の疲れも不快に感じるものではなく、適度な疲れだ。むしろ、普段身体をあまり動かさない分、これくらいの疲労感は味わうべきなんだと思う。健康的にも適度に身体を疲労させるのは、良いことであるはずだ。僕の場合は、その疲労からの回復が先輩よりも遅いようで、翌日にも疲労が抜けきらず、精力的に活動する気が起きないのだ。
そんな僕に比べて、先輩は疲労感なんて一切感じさせないくらいに、気楽そうな顔をしている。そんな先輩を見ていると、少しばかりの疲労を吸い取ってくれるような気がした。
「ぷはーっ。よし、そろそろ出よっか!」先輩はアルコールでも飲んだのかと勘違いしそうな飲みっぷりだが、中身はオレンジジュースだ。
「そうですね」
僕らの前の木製のテーブルの上には、空になった白いカップだけが鎮座していた。僕は少し前にコーヒーを飲み終えていた。先輩も飲み終わったようなので、お会計を済ませて、カフェを出た。
涙を流す先輩にハンカチを貸してあげた。
先輩が観たかった映画は、感動系の類だった。簡単に言えば、病気を患ったヒロインが最後は死ぬ話だ。余命宣告されたヒロインを好きな主人公くん。ヒロインが情緒不安定になったり、泣いたりしたときでも、いつも傍で寄り添う姿はとても献身的だった。そんなにも一人の人に愛情を注ぎ込むことができる姿にはあまり感情移入できなかった。卑屈なところは似ていたけれど、それ以外の部分が僕の性格と正反対に思えたからだ。
上映が終わり、暗闇から一気に視界が開けたとき、すすり泣く声があちこちで聞こえてきたので、泣ける映画だったのだろう。憮然とした態度で座っていた僕は、空気の読めない奴で、蚊帳の外に放置されているかのように感じられた。
「夏樹くんって感情がないの? ひっく」
涙を一滴も流していない僕を心底不思議そうな顔で質問してきた。
「僕だって感動しましたよ」
「じぇったいうしょだゃー」
もう涙声で言葉の原型をほとんど留めていない。それにしても先輩は感受性が豊かすぎる。いくら感動する映画を観たからと言って、映画館を出て、さらに近くのカフェに入ってから十五分ほどが経過しているというのに、涙と鼻水が洪水のようにまだまだ溢れてきている様子だった。
「感動はしたんだけど、少し展開が読めてしまったというか……」
全く楽しめなかったわけではない。僕も感動はした。けれど、きっとこうなるんだろうな、の連続だった。そんなことを考えながら映画を観ていた僕は、こういうジャンルは向いていないのだろう。ミステリーやサスペンスばかりを好む僕と先輩では、映画の嗜好が全然合わないのだろう。
「しょれでも、泣けるでしょぉ」
まともに会話ができるのは、この涙がある程度収まってからだろうな。
泣いている先輩には申し訳ないけれど、目が赤く、鼻をすすり、ハキハキ言葉を発することができない姿は、少し面白く、興味深かった。なんだか未知の生物に遭遇したときのような感覚だった。まあ、未知の生物になんか会ったことがないけれど、きっとこういう感覚なんだと思う。
自分とは全然似ているところがないのに、なぜか一緒にいて居心地がいい。そんな不思議な感覚を味わわせてくれる彼女を観察する方が僕は楽しめるのかもしれない。幸い、まだまだ涙で視界不良なおかげで、僕が観察していても気づかれる気配はなかった。
カフェに入ってから、三十分ほどが経過し、さすがに先輩の涙も出なくなった。落ち着いて涙が出なくなったというよりは、涙が全て出尽くしたんじゃないかと思った。
「ふぅ。ごめんね。号泣しちゃって」
「面白かったんで、全然構わないですよ」
僕がそう言うと、眉間にシワを寄せて、睨まれた。獲物を見つけたライオンのような目つきに恐怖心を覚えたので、なんとか話を逸らさないと……。
「せ、先輩って映画観に来る友達とかいないんですか?」
焦ったせいで、当たり障りのない、特別気にもなっていないことが口から出てきた。
「え? どうして?」
「えー、いつも僕と遊んでいて、友達とは遊んだりしないのかなーって思いまして」
頭をフル回転させて、理由を考えた。最初は特に気にしていなかった質問だけれど、訊ねてみると、案外気になってきた。
毎週末、僕とほとんど遊んでいたので、友達と遊ぶことはないのか疑問だった。平日も僕と帰ることが多いし、もしかしたら先輩も僕と同じで友達が少ないのかもしれない。
「あー、そういうことね。ちゃんといるよ。夏樹くんと違って」
さっきのお返し、とでも言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべて、言った。心底悪そうな顔をしている。
「別に僕を引き合いに出さなくていいじゃないですか」
「ははっ。ごめんねぇ。クラスに親友が一人いるんだけどね、その子と昨日遊んだよ!」
き、昨日……?
「体力すごいですね。もしかして、毎週そんな感じですか?」
「そうだねー。土日のどっちかで夏樹くんと遊んで、空いてる日でその子と遊ぶって感じかな?」
僕は一日先輩と遊んだだけでも、翌日まで疲れが残るのに、二日連続遊びに行くなんて考えられなかった。僕の方が若いはずなのに、明らかに先輩の方が体力はあった。
別に僕の疲れも不快に感じるものではなく、適度な疲れだ。むしろ、普段身体をあまり動かさない分、これくらいの疲労感は味わうべきなんだと思う。健康的にも適度に身体を疲労させるのは、良いことであるはずだ。僕の場合は、その疲労からの回復が先輩よりも遅いようで、翌日にも疲労が抜けきらず、精力的に活動する気が起きないのだ。
そんな僕に比べて、先輩は疲労感なんて一切感じさせないくらいに、気楽そうな顔をしている。そんな先輩を見ていると、少しばかりの疲労を吸い取ってくれるような気がした。
「ぷはーっ。よし、そろそろ出よっか!」先輩はアルコールでも飲んだのかと勘違いしそうな飲みっぷりだが、中身はオレンジジュースだ。
「そうですね」
僕らの前の木製のテーブルの上には、空になった白いカップだけが鎮座していた。僕は少し前にコーヒーを飲み終えていた。先輩も飲み終わったようなので、お会計を済ませて、カフェを出た。
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