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第一章

南楓とバレンタインデー

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「いいだろー」

 神崎がウザい。チョコを片手にニヤニヤして、嬉しそうに自慢してくる。何度かスルーしているけれど、無視されても気にせずに話しかけてくる。
 チョコは須藤から登校中に貰ったらしい。須藤は料理ができる系女子らしいので、きっと美味しいのだろう。

 今日は二月十四日。バレンタインデーだ。
 最後に貰ったのはいつだっただろう。小六の頃まで遡る気がする。確か楓から十円で売っているチョコを一つ貰った記憶がある。ホワイトデーの日にお返しを要求されたので、バレンタインのチョコとして渡したものだと認識しても問題ないよね?

 バレンタインとは無縁の人生を歩んできた。楓を除き、貰ったことがない。今年も同じだ。下駄箱を開けても上履きしかなかったし、同級生の女子さんに昼休憩に呼び出される予定もない。昨日と何も変わらない学校生活を送っている。

 こんなにも毎年貰えないと、期待することもなくなった。下駄箱にチョコ入ってたらどうしよー、とか考えて登校するのは小四でやめた。客観的に見て、俺という人間に魅力はないらしい。

 目の前にいる浮かれてる奴は、去年までは毎年数個貰えていたそうなので、敗北感を覚える。今年は須藤と付き合っていることもあり、一つしか貰えなかったらしいけど、そのチョコを大事そうに何度もカバンから取り出しては愛でている。
 こいつは家に帰っても、もったいない、とか言って食べないのではないだろうか。チョコは観賞用ではなく、食べられるために生まれてきたのに。まあ、これは想像なので帰宅して即行で食べ始めるのかもしれないけど。

「お前はまだ貰ってないのかー」
「『まだ』って言い方やめて欲しいんだけど。貰える予定があるみたいじゃん」

 お、また一人宇都宮のところに行ったな。宇都宮の席には休憩時間がくる度に女子が向かってる。彼女いなかったっけ?
 彼も悪い人間ではないので、彼女がいるから、と冷たくあしらうのではなく、全員平等に対応している。どうして自分がこんなに上から目線でスクールカースト最上層にいる宇都宮のことを評価しているのか。
 嫉妬、ではない。決して。それは言い過ぎた。多分。

「南から貰えねえの?」
「直接訊いたわけではないけど、貰えないんじゃないかな? 楓は今、チョコ作ってる場合じゃないから。妹の受験が近いから最近付きっ切りで教えてるらしいし」

 それに勉強、スポーツなど何でもそつなくこなすイメージの楓だけど、料理は得意ではないらしい。青葉ちゃんの手伝いなしで、チョコを完成させられる可能性は低いと思われる。

「あー、前に言ってたな。うちの高校受けるんだろ? 受かったら挨拶しないとな。『南の彼氏の親友です!』って」
「いらん。会わせん」
「俺が勝手に会いに行く」
「......勝手にどうぞ」

 止めても無駄だ。同じ学校に通っていれば、いつか会うことになってしまうので、早いか遅いかの違いだ。

「そうさせてもらう。でも、残念だよなー。彼女いるのにチョコ貰えないって」
「まあ、そうだね。でも、仕方ないよ。楓の妹には絶対受かって欲しいし」
「そうか。泣きたかったら俺の胸で泣いてもいいんだぜ?」
「涙でチョコが溶けたらごめんね」
「やっぱ、さっきのはなしだ!」

 
「悟、チョコ貰った?」
「俺が貰ってるとでも?」

 二日ぶりに二人で下校している。青葉ちゃんのこともあり、最近は楓と帰る頻度が落ちていた。

「そうだと思った! 彼女がいることになってるんだしね」

 確かに学校では彼女がいることになっている。今年チョコが貰えないのは、きっと俺に彼女がいるから誰も渡してこないんだ。そうに違いない! 

「彼女いなかったとしても、貰えてないかっ」

 そんな可愛らしい話し方で、中々エグいことを言うな......。自分でもわかっていたことなので、大したダメージではない。楓のナチュラル暴言耐性がない人間にとっては、大ダメージになりかねない発言だぞ。気をつけていただきたい。

「そんな悟にこれをあげるよ。はいっ」

 カバンから長方形の箱を取り出した。

「ポッキー?」
「そう! ポッキー」

 楓は箱を開けて、一袋取り出し、開封する。

「一緒に食べながら、帰ろ」
「ああ」
「本当は手作りに挑戦したかったんだけど、青葉の手助けなしで作ったら悲惨なことになりそうだったから。ごめんね。来年こそ、頑張ってみるから!」
「楽しみにしてる」

 今のところ来年まではこの関係を続けるつもりであることがわかった。来年、チョコをくれる予定であることも。

「ふふふ。楽しみにしといて!」

 二人で食べるポッキーは、いつもより甘く感じた。それが気のせいであることはわかっているけれど、そう知覚したのだ。

 今年は昨年までとは違ったバレンタインデーになった。
 バレンタインデーを待ち遠しいと感じるのは、生まれてはじめてだった。
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