砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

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鋼と海とおっさんと

南海の大決戦

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 ある海域にて1体の超大型機獣が航行していた。その身体は果てしなく長大で数多の武装で身を包み、その背には自らが生み出す飛行型機獣を射出する機能も備えわっていた。その火力は海の王者の風格にふさわしいと自他共に認める者であった。
 そんな王者に近付く、1体のやはり超大型機獣。この者も負けず劣らぬ身体と火力を持ってはいたが、いかんせん日頃いる住処が深海であったため、どうしてもその存在感だけは一枚も二枚も下であった。
 前者が海上の王者ならば、この者は深海の王者といって差し支えないのにも関わらずだ。
 始まりは深海の王者からだった。広い海原ではお互いニアミスすることなど確率的には低いのだが、この海域は餌が豊富なため、こうしてすれ違うこともままある。普段はお互いを見かけても、進路を変えニアミスしないよう航行していた。暗黙の了解とまでなっていたかどうかは不明だが。だがこの日は違った。この世界の転機となる大事件が今起きようとしていた。


「おう、プカプカ浮くしか能がない腐ったゴムボートさんよ、俺様の頭の上からどいちゃあくれねえかね? 目障りなんだよ、いちいちよ」

「何やら尻の方がうるさいのう。どうやら吾輩の漏らした糞に喰らいついた船虫がおるらしい、そのまま糞にまみれて沈んでおれ」


 このくらいの言い争いは、よくあった。それでもそこで終わっていた。なぜなら本気で激突すれば、互いにただでは済まないことがわかっていたからだ。
 そうはいっても生きる物として、腹の虫の居所が悪いこともあるだろう。それが、お互いたまたま今日だったのだろう。タイミングが悪かったのだ。なぜなら悪態だけで終わらなかったのだ。



「言いやがるじゃねぇか、定年間際のジジイがよ。その船虫がロートルの土手っ腹に穴開けて風通しよくしてやろうか? あ?」

「ふむ、いちいち煩わしい船虫だ。これはひとつ殺虫剤でも撒かねばならんようだの」

「おい…… ジジイだと思って下手に出てりゃ…… そろそろ立場ってもんをわからせてやろうかい」

「下手の意味も知らんとはやはり船虫、知能もたかが知れているのも納得じゃな。ほれ、これでも食ろうておれ、機獣ミサイル“スルメ烏賊”に、機獣ミサイル“針鼠”じゃ」

 
 王者の船底から水中発射されたミサイルは、中型機獣程度なら一撃で沈める火力のある機獣ミサイルだ。機獣ミサイルは自ら判断し追尾、激突爆破する死を恐れぬ恐ろしい兵器でもある。しかし、深海の王者には、小石をぶつけられた程度にしかダメージはない。しかし、その感情を爆発させるには充分な威力であった。


「ぬおっ! てんめぇ……あ~あ、とうとう一線超えちまったなぁ、もう後には引けねぇぜ……覚悟はできてんだろうな、大好きな念仏を唱える時間をくれてやる。片道切符の海底への旅へご招待、だばっ⁉」

「どうじゃ? 対潜機獣ミサイル“溟海槍”は。なかなかのもんじゃろう?」

「ぺっ! 大したことねぇな、子犬に舐められたかと思ったっ、へごっ!」

「こちらは対潜機獣ミサイル“大地岩”。ぎゃーぴーぎゃーぴーほざく暇あったら、一発でも多く相手を殴りつけんかい、この青二才ぎょう虫。でかいのは図体だけかいの? 喧嘩の仕方知らんようじゃの? 教えてやろうかの? ん?」


 次の二発の機獣ミサイルは船上より射出され、上空で海面に進路変えて狙いを済ます対大型機獣用。しかし、これでも深海の王者にはせいぜいジャブくらいの効き目しかない。


「て、てんめぇ! ぶっっころーーーーーす! 機獣魚雷、海猫、海狼、剣魚、黒鮫、槍魚、虎魚、射出! あのジジイのケツを食い破れ!!」


 深海の、が大量に放つのはそれぞれの名前通りの特徴をもった魚雷型機獣。海猫は俊敏さ、海狼は集団戦、槍魚は貫通力といった感じだ。それらをまとめて数百発一度に発射して弾幕を貼る得意技『喰えワダツミの遠吠え』である。


「ほっほっほっ、そうこなくては面白くない。少し実力を見せてやろうかの。魚雷迎撃魚雷機獣“海蜘蛛”……展開」

 
 海上の、が放った魚雷は攻撃用ではなく迎撃用。魚雷というより海中で文字通り蜘蛛の巣の如く広範囲の網をはり、通り抜ける物に反応して炸裂する機雷の性能を持った魚雷機獣である。


「なっ! 俺の必殺技『喰えワダツミの遠吠え』が全て…… そんなものまでもってやがるのか!」


 数百発の魚雷は全て“海蜘蛛”の網にかかり炸裂。その威力を発揮することなく海底へ藻屑の泡となって消えた。
 度重なる水中爆破によって視界は濁り、ソナーによる眼力が回復するまでお互い睨みを弱めない。
 

「海の王者の名は伊達ではない、ディックよ。それで終わりかの? なら大人しく海の底でダイオウイカでも食っておれ」


 ディックと呼ばれた深海の王者は、俯きその船体を小刻みに震わす。


「……ク……クックック……グッフッフッフ……」

「なんじゃ?」

「へっへっへっへ。やっぱりなぁ…… あんたやっぱり耄碌してんじゃないかなぁ、あぁ? モーヴィさんよ!!」


 ディックの嘲笑に警戒を怠っていたのは、明らかにモーヴィと呼ばれた王者の油断であった。その船上には爆撃の嵐が降り注いでいた。


「なんじゃ、と、うぉっ!! ぐぁっ! ふぐっ!」

「さっきワダツミを射出させたとき、もう一つの技も発動してたの……気付かなかったようだな」

「ぐっ、こ、この若造……が!」

「知らなかったか? ……俺はただの潜水機獣じゃ、ないんだぜ」

「まさか、青二才と油断したわ! 吾輩だけと思っていた技、既に体得しておったとはな! ならば相手にとって不足なし、ここからはどちらが海の支配者かを決めようではないか!」

「ヒャーーッハッハッハッハッハッハッ!!!!! 集結しやがれ!手下ぁ!子分!手駒共! 闘争のはじまりだぁ!!」
 
 ディックのソナー通信の要請で鮫型機獣や魚雷型機獣の集結によりその場に渦潮が幾つも出来る。


「いでよ我が眷族達。その身を持って勝利の栄光を我らに」

モーヴィの水中クリック音でイルカ型機獣を。エコー音で飛行型機獣を付近に呼び出すと、一触即発の睨み合いが始まるのであった。



…………………………




 その緊急通信が自律鳥型ドローンよりもたらされたのはショーロンポンへの航海中だった。室内に美しく響く声はその内容に関わらず淡々とした口調で報告を読み上げる。

「ショーロンポンから南の海域で機獣戦艦シロナガスと機獣潜艦マッコウ君が大喧嘩? それのせいで物流は止まり、余波でショーロンポンの湾岸が壊滅的な被害。そして喧嘩はまだ続いている模様」

 通信を受け取ったルーラーはハンターユニオン、軍、マフィアには対処しきれない脅威とみなし、即座に指示を下した。

 ショーロンポンにてサンドスチームの全船員住民に災害物資の供給及び、復旧活動の支援、そしてここからの下船であった。
サンドスチーム自らは両機獣の討伐に向かうとし、全乗員乗客に被害が及ばないようの措置であった。
 いつものようにルーラーの部屋に駄弁りに来ていた錫乃介はいち早くその情報を知ることとなる。


「マッコウ君は前に見たけど、あれプラス最強の機獣と名高いシロナガスだろ? いくらサンドスチームでも分が悪いんじゃないのか?」

「だからといって、放っておくわけにはいかないでしょ。いまだにロケット弾や艦上攻撃機を巻き散らしてるのよ。このままじゃショーロンポンだけじゃなく全港湾都市に被害が及ぶ恐れがあるわ」

「艦上機だと?」

「シロナガスは気狂いレシプロやゴーストジェットの空母でもあるのよ。知らなかった?」

「知らなかったな。ジェット機の機獣もおるんか?」

「ええ、今のところシロナガスだけが生み出せることが確認されている機獣よ」

「まごうことなき、化物だな。なんで今まで倒さなかったんだ」

「簡単に言うわね。GPSも使えないのに、どうやってこの広大な海でアイツらの位置を捕捉するのよ?」

「たしかーに」

「それでも何度かやりあってるわ。でもこちらが優勢になると逃げてしまうの。遠洋まで追いかけていたらいつ戻れるかわからないわ。サンドスチームの交易が止まったらそっちの方が大変でしょ? それに速度は向こうの方が段違いで早くて、とても追えるものじゃない。喧嘩してる今の状況はある意味倒すチャンスかもしれないわ」

「なるほど了解」

「あなたも、早めに下船の用意をしておくのね。明日にはショーロンポンよ」



「──ああ、わかった」



……………………



 以前立ち寄った時はグランド・リスボア・マカオやワン・ワールド・トレードセンターなど幾棟もの高層ビルが建ち並んでいたショーロンポンの町並みや要塞砲で防備された護岸は、艦砲射撃でも受けたのかというありさまで流れ弾を何発も受けており、港湾の倉庫街は常軌逸した高波で破壊され水浸しの状態だった。
 船外ではすでにサンドスチームの乗員による復旧活動が始まっており、乗客の下船も速やかに行われている。
 遠方より聞こえる爆音や、時折超長距離からの砲弾や撃墜されたレシプロ機獣が飛び込んでくるところからまだ喧嘩は終わっていないのが伺える。それらの余波はサンドスチームによる迎撃で被害を最小限に収めている。
 錫乃介も一旦は下船したものの、ジャノピーをハンターユニオンに預けた後、なぜかまたサンドスチームに戻って来ていた。



「何で戻ってくるのよ。早く降りなさいよ」

「んーーーーー! 降りたい!」

「降りればいいじゃないの」

「でもな、女一人戦場にいかせるのは俺の主義に反するんだよ!」

「何馬鹿な事をいってるの? 女って私AIよ?」

「AIとか電脳とかそういう問題じゃないんだよね。いいから連れてけよ」

「行ったって何にもできないじゃないの。ま、別に構わないけど責任持たなくってよ」

「大丈夫だ。認知くらいならしてやるから」

「はぁ~なんなのかしら、どうして男ってこんな馬鹿なのかしらねぇ、モディ?」

「え?」


 錫乃介が振り向くとそこには、見慣れた怪しげなアーリア人が後手に組んでそこに直立不動でいた。


「全くですな。ショーロンポーには復旧用の人員配置終わりまして、そして528名の馬鹿共がルーラー艦長に付き従います」

 
 モディの言葉に間違いなく呆れているのだろう。ルーラーの表情がわからないのは少し残念だと錫乃介は思う。


「……男って本当に馬鹿で臭いの好きね」


 ルーラーの長い嘆息を漏らす光景が脳裏に浮かぶ間ができる。そして次に発せられた声は、ゆっくりとし淡々とし、その音色だけで勇気を奮い立たせる秀麗なる声であった。
 

「さぁ早く持ち場にお就きなさい、大騒ぎをしてるもう一組の馬鹿共のお仕置きに行きますわよ」


「ヨー・ソロー!」







 なんだよ、こんなにいるなら格好付けないで降りりゃよかったな。

“アンタほんっと、クズっすね”


残金2,732c




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