砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

文字の大きさ
上 下
141 / 262
ドブさらいの錫乃介漫遊記

低俗なミルフィーユ

しおりを挟む

 クーニャンは、蟹だった。
 食べる蟹だけではない。
 建物もオブジェも、やたらと蟹が揃っていた。

 京都府丹後王国にある蟹のオブジェ
 道頓堀かに道楽の動く蟹
 沖縄県那覇市にある蟹の石像
 福井県三国港駅付近の店舗にある蟹
 タイ、グラビタウンにある蟹のオブジェ
 サンフランシスコ、フィッシャーマンズワーフの蟹看板
 オーストラリア、クィーンズランド、レッドマッドクラブの蟹
 そして中国江蘇省蘇州市、その建物も蟹だった。いったい何の因果かわからないが、こちらもグラウンドスクラッチの悪戯なのだろう。
 高さ16メートル幅75メートル。中心の胴体部が建物であり、三階建ての鉄筋コンクリート製、完成は2017年。2018年よりレジャー施設としてオープンし、その後地元住民にシンボルとして長く親しまれていた蟹だった。
 スクラッチ後誰が改造したのかわからないが、脚がワサワサと動くモーションが取り付けられたが、移動できるわけではない。ワサワサ動くだけだ。
 この蟹こそがクーニャンのマフィア、ブラッドクラブのアジトになっていた。

 
 人一人入って重い頭陀袋を引き摺りながら、両開きのガラスドアを蹴り開ける女ハンターは首にコルセットをつけている。

 広いホールは如何にもといった柄の悪い顔触れが、そこかしこのテーブルでギャンブルに興じ、蟹を剥いて食べている。マフィアというより無駄に派手な格好をした暴走族だ。赤や白の特効服、派手なメイク、無駄にトゲの着いた肩パッド、何故か半裸でサラシを腹に巻き、鋲が付いた黒革ベストを素肌に着て頭を紫色の辮髪にしている者もいる。
 一目見ただけで、あまりの頭の悪さの空気に帰りたくなってきたアッシュだが、ここで怖気付いたら舐められるのて、堂々とした佇まいで歩みを進める。


 「なんだねぇちゃん、身体売るなら隣のブロックだぜ」
 「ここで、俺たちにマワされてぇってなら話は別だがな」

 ギャハハハハハ!

 下卑た笑いがあちこちで起きるが、動じる事なくアッシュは言葉を返す。


 「あら、ここマフィアのアジトよね。腐ったゴボウしか生えてないの? それとも黴の生えたベビーキャロットかしら?」

 
 アッシュの煽りに、一番近くの丸テーブルで蟹を食べていた黒革のベストが片眉をピクリとあげる。

 「おーおーおー、言うじゃねえかねえちゃん。病院送りにされてぇのか?」
 「病院言うてもな、産婦人科やないぜ!」

 ギャハハハハハ!

 再び下卑た笑いが巻き起こり、黒革ベストの脅しにすかさず合いの手を入れるもう一人の蟹食い男は甲羅をしゃぶっている。


 「下品に低俗を重ねて醜悪でデコレーションしたミルフィーユみたいね貴方がた」
 
 「あん? ミルフィーユってなんだ? 褒められたのか俺達?」

 さしものアッシュの煽りもIQが低過ぎる甲羅をしゃぶる男には通用しない。


 「ミルフィーユって確かケーキだぞ。たぶん甘っちょろい奴らって意味で言ったから……馬鹿にされてんだ!」

 アッシュの煽りを理解した黒革ベストは多少IQが高いようだ。


 「馬鹿にしたけど、ちょっと意味合いが違うのよね……。貴方達の頭がそこまで悪いと思わなかったわ、ごめんなさい」  

 「おいねえちゃん。ここがどこだかわかってんだろうな。泣く子も黙るブラッドクラブの「わかってるわ。でも、少なくともアンタ達とお馬鹿な会話をしに来たわけではないの。こっちは賞金首の赤銅錫乃介を捕らえたのよ。さっさと賞金頂ける?」

 
 黒革ベストに被せるように威圧的に用件を伝える。そうでもしないといつ迄も頭の悪い不毛な会話が続きそうだからだ。


 「んだと、昨日賞金かけたばかりの錫乃介をだと?」

 「そうよ。そちらの情報屋がユニオンでめぼしいハンターに声をかけて回ってたからね」

 「何処にいる? その頭陀袋か見せろ」

 「ええ、そうよ。ホラ、ご尊顔。ここ置いてくから賞金頂戴」

 袋から錫乃介の顔だけ出して黒革ベストに見せる


 「間違い無さそうだな。よし、ボスのところに案内してやる」


 電脳のデータと称号し錫乃介であると確認している。どうやらこの男、ブラッドクラブの幹部のようだ。
 先程まで下卑た笑いをしていた観客は、その視線を舐めるようにアッシュへ向ける。欲望が剥き出しになっているのが、誰の目にもわかる。
 階段を登り三階のにあるホールが改築されて海が一望できる部屋がボスの居場所であった。この部屋まで引き摺ることができなかったので頭陀袋は仕方なくアッシュが担いでいた。黒革ベストは手伝ってくれなかった。
 元々白い内装だったのかもしれないが、ひどく汚れ、黄土色に染まっている。中心に座る巨大な影がボスなのだろう。歩みを止め頭陀袋をドサリと落とす。

 アッシュの目に入ったのはブラッドクラブのボス、3メートル近い巨漢に、頭に杭が刺さったフランケンシュタインの人造人間のような相貌。飛び出るようなでかい目は左上と右下に向いておりガチャガチャ。どこで手に入れたのか身体を覆うのは蟹の甲羅だ。しかし何といっても目立つのは、右腕のシオマネキのような身の丈ほどもある巨大なハサミだ。
 

 「フンガーフンガー」

 なんなのコイツ……なに喋ってるの?

 「ブラッドクラブのボス、フィドラー様が、よく来た女と言っておられる」

 「バイオリン奏者? やたらと名前だけはオシャレね。名前だけは」
 なんでわかるのよ……

 黒革ベストはなぜかボスの言葉の意味がわかるらしい。


 「フフンガーフフンガー」

 「良い女だな、俺の女になれ。光栄な事だぞ女! フィドラー様からのご指名だぞ!」

 「それはまたの機会考えるわ。今日は賞金もらいに来ただけだし」

 「フンガーフンガーフンガガガー」

 「そう言うな女。何でも好きな物が思いのままだぞ」

 「そ、それは、ちょ、ちょっと魅力的ね。でも今日届け物があるから、お家にいなきゃいけないの」

 「フフフンガー」

 「アフター断るキャバ嬢か」

 「ホントにそんな事言ってるの? 実はアンタがボスなんじゃないの?」

 「そんなわけあるか」

 「一つ聞いていい? こんなチンカスに賞金かけて、どうするの?」

 「フンガー」

 「説明してやれと、わかりやした。こいつはな、ポルトランドのアパッシュを半壊。
 タルマックではマフィアにスタングレネードを投げつけやらかした女の逃亡を補助。
 その女は元々マカゼンの高級娼婦で幹部だかボスだかの色だったらしい。今はコイツの愛人だ。つまり寝取ったことになっている。
 ショウロンポンでも二大マフィアの壊滅に暗躍。
 そんなわけでな、各街でコイツはマフィアで喧嘩売ってるから高く売れるってわけよ」

 ボスの前ではIQが高くなるのか、スラスラと手短かに説明を終える黒革ベスト。


 「成る程、そう言う事。ま、私には関係ないわねそれより早く賞金頂戴」

 「フーンガー、フンーガー、フフフンガー」

 「賞金よりも良いものをくれてやるそうだ。俺はそこのミノムシ連れて出てくので、あとはボスご自由に」

 「ちょ、ちょっと賞金……」


 手を振り頭陀袋に入った錫乃介を担いでドアを閉める黒革ベスト。
 ガチャリと閉められ、ドアに駆け寄るが、中から開けられない。侵入者を出さない構造にでもなってるのか。


 「フンフンフンフンフンフンガー、フンフンフンガーフンガッガー」
 (三千世界の畜生に命を宿して幾星霜。うつし世に忍ぶもこの巨体、マフィアの首座に据えられて、女犯の味を占めたが最後、お主も我の餌となれ」

 「何言ってるのかわからないのよ!」


 鼻息荒く近づいてくる巨大なシオマネキ。ドアを背にどうやって切り抜けるか、頭を高速回転させる。
 大股で仁王立ちにアッシュを捉えようと、ハサミを繰り出した瞬間、フィドラーの股ぐらをスライディングで抜ける。
 体制を立て直しつつ膝をついてベレッタナノを引き抜き、躊躇無く至近距離から脚へ向けて2発の弾丸を飛ばす。背中は蟹の甲羅で覆われているため、効果が無いと判断した為だ。
 弾は間違いなくフィドラーのウチモモへと命中するが効いた様子はない。
 ならばと、振り向いたばかりの顔面に付けた狙いで、3発立て続けに発砲するも、分厚い強靭なゴムを撃ってる感じで、食い込みはするが傷すらつかない。


 「全身換装済みか!」

 「フンフンガフンガーフンガガガガー」
 (一万九千由旬の中で八大地獄を潜り抜け、我のボディは強化され、一切合切受け付けぬ)

 
 怯む事無く、背後の海を一望出来る窓ガラスへ向かって弾丸を放つも防弾ガラスでかすり傷ほど。しかし背後を見せたのがいけなかった。そのまま万力のようなハサミで捕らえられ、床に押しつけられる形で拘束される。
 フィドラーは体を倒し、左腕伸ばしてアッシュのダボダボコートを剥ぎ取り、黒のチューブトップも引きちぎる。


 「フガフガフガフガフガフッフー!」
 (これよこれよ、腹の中から湧き踊る熱きリビドーの快楽よ。我は色情地獄の悪鬼なり)
 

 背中が露わになったところで、なんとか声が出せたアッシュの発した言葉は助けを求める叫びだった。




 “助け、求めてますよ”

 助ける義理もうなくね?

 “まぁ確かに”


 今まさに襲われているアッシュの脳裏にチラつく男は、ドアの前で腕組みしながら悩んでいた。
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

DEADNIGHT

CrazyLight Novels
SF
総合 900 PV 達成!ありがとうございます! Season 2 Ground 執筆中 全章執筆終了次第順次公開予定 1396年、5歳の主人公は村で「自由のために戦う」という言葉を耳にする。当時は意味を理解できなかった、16年後、その言葉の重みを知ることになる。 21歳で帝国軍事組織CTIQAに入隊した主人公は、すぐさまDeadNight(DN)という反乱組織との戦いに巻き込まれた。戦場で自身がDN支配地域の出身だと知り、衝撃を受けた。激しい戦闘の中で意識を失った主人公は、目覚めると2063年の未来世界にいた。 そこで主人公は、CTIQAが敗北し、新たな組織CREWが立ち上がったことを知る。DNはさらに強大化しており、CREWの隊長は主人公に協力を求めた。主人公は躊躇しながらも同意し、10年間新しい戦闘技術を学ぶ。 2073年、第21回DVC戦争が勃発。主人公は過去の経験と新しい技術を駆使して戦い、敵陣に単身で乗り込み、敵軍大将軍の代理者を倒した。この勝利により、両軍に退避命令が出された。主人公がCREW本部の総括官に呼び出され、主人公は自分の役割や、この終わりなき戦いの行方について考えを巡らせながら、総括官室へ向かう。それがはじまりだった。

データワールド(DataWorld)

大斗ダイソン
SF
あらすじ 現代日本、高校生の神夜蒼麻は、親友の玄芳暁斗と共に日常を送っていた。しかし、ある日、不可解な現象に遭遇し、二人は突如として仮想世界(データワールド)に転送されてしまう。 その仮想世界は、かつて禁止された「人体粒子化」実験の結果として生まれた場所だった。そこでは、現実世界から転送された人々がNPC化し、記憶を失った状態で存在していた。 一方、霧咲祇那という少女は、長らくNPCとして機能していたが、謎の白髪の男によって記憶を取り戻す。彼女は自分が仮想世界にいることを再認識し、過去の出来事を思い出す。白髪の男は彼女に協力を求めるが、その真意は不明瞭なままだ。 物語は、現実世界での「人体粒子化」実験の真相、仮想世界の本質、そして登場人物たちの過去と未来が絡み合う。神夜と暁斗は新たな環境に適応しながら、この世界の謎を解き明かそうとする。一方、霧咲祇那は復讐の念に駆られながらも、白髪の男の提案に悩む。 仮想世界では200年もの時が流れ、独特の文化や秩序が形成されていた。発光する星空や、現実とは異なる物理法則など、幻想的な要素が日常に溶け込んでいる。 登場人物たちは、自分たちの存在意義や、現実世界との関係性を模索しながら、仮想世界を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。果たして彼らは真実にたどり着き、自由を手に入れることができるのか。そして、現実世界と仮想世界の境界線は、どのように変化していくのか。 この物語は、SFとファンタジーの要素を融合させながら、人間の記憶、感情、そしてアイデンティティの本質に迫る壮大な冒険譚である。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

処理中です...