砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

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ドブさらいの錫乃介漫遊記

蟹食べ行こう

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「あれ、なんで俺の二つ名知ってるの?」

 「私結構最近までポルトランドにいたの。地下水路全部綺麗にしたり、ポルトランドの奇跡の立役者だったり、アパッシュを壊滅寸前まで追い詰めた事とか、有名じゃないの」

 「そ、そうかなぁ、俺そんなに有名になったぁ? もう俺にもファンの1人や2人いるのかなぁ」

 “なんかどこかでみたシチュエーション……”

 気のせいだって!

 「ホラ、それより店員さん来たよ」


 ギシリと船がひと揺れすると、顔まで覆われている黒装束のスタッフが来たのでドリンクを注文すると、程なくして二つのビールとポートワインが運ばれてくる。


 「それじゃあ何とか今日まで生き延びた事に乾杯」
 「ホントね、昨日は死ぬかと思った、乾杯」


 錫乃介が差し出したタンブラーにコツリと打ち付け、ゴッゴッと飲み始める。アッシュもなかなかイケるクチのようだ。
 テーブルにトンとタンブラーを置くと、タイミングを伺っていたスタッフが、お料理はいかがなさいますか? と尋ねてくる。


 「それじゃあ料理を頼みますかね。苦手なものは?」

 「特に無いけど、クーニャンは蟹が有名よ。クーニャン蟹って」

 「蟹かぁここ最近食ってないな~。よし、蟹には恨み無いが、海産物として生を受けたことを呪え。
 クーニャン蟹の清蒸、焼き蟹、炒め蟹と一通りいっとくか」


 オッケーイ、と指で輪っかを作る仕種をするアッシュ。この時代でもまだ残っているジェスチャーらしい。
 スタッフに注文すると、ススっと下がり、また船がひと揺れする。


 「ねぇ知ってる? クーニャンで蟹を食べるのって、話したくない人と食事をしなければいけない時にチョイスするって」

 「お? 俺に蟹お勧めしておいてそれって
 どういう意味かな?」

 「さぁどうでしょう~」

 黒縁眼鏡の奥に少し悪戯っ子な表情を覗せている姿が、ミリタリーでワイルドなファッションと相まって魅力を引き立てている。


 「確かに蟹食べてる時って無言になるけどな」

 「そうそう、だから面倒臭い相手の時とか丁度良いってこと」

 「ということは、そこそこメッシー抱えてるな?」

 「メッシーだなんて、一人で飲み食いしてると向こうが勝手に奢ってくれるだけよ」

 「男の扱いがなかなか慣れてるじゃないか。まだ若そう見えて」

 「そりゃ女一人でハンターなんてやってればね」

 「ずっとソロなのか?」

 「そうよ、何人か組んだ事もあったけど、私には合わないみたい。死んじゃった奴らもいるけどさ」


 そこまで言い終えて、ほんの少し憂いた表情を見せる。
 そこにすかさず、錫乃介はポートワインを空けグラスに注ぐ。アッシュがグラスを受け取るときには表情が戻っていた。


 「あら、ありがと。そう言う錫乃介さんもずっとソロ?」

 「そうだな。単発的には組んでも基本的にはソロだな」

 「一番死を感じたのってどんなのがあった?」

 「色々あるけど、ぶっちぎりで昨日。終わらない機獣の群れとマッコウ君には絶望すら通り越した何かを感じた」

 「あ、それ私マッコウ君の時は気絶してたけど、昨日はヤバかったかも。今まで貨物船の護衛何回もやったけど、あんなの初めてだったもん」

 「俺船の護衛始めてであれだぜ。もう海出たくねぇよ」

 「錫乃介さん、もってるわね」


 とりとめもない会話を続けていると、ギシリと船が揺れ、香ばしい蟹の香りと共にスタッフがテーブルの上にクーニャン蟹を次々と並べていく。
 蒸し蟹、焼き蟹、炒め蟹。蒸し蟹は清蒸といって老酒で酒蒸しにしてある。もうこのままでも充分美味いが、甘辛の味噌や中華醤油を付けて食す
 焼き蟹は炭火でじっくりと焼いてあり、中から蟹汁が溢れている。もうこのままでも充分美味いが、岩塩と花椒をパラリとかけネギ油に付けて食す。
 炒め蟹は剥きたての生の蟹の身を、サッと表面だけごま油で炒めてあり中はレアだ。もうこのままでも充分に美味いが、チリソースやオイスターソースで食す。


 二人は間も置かずに早々に手を伸ばし、蟹をガシリと掴むと甲羅をバリバリ割りながらがっつく。
 あ、お客様、と言いながらスタッフが慌てて蟹スプーンや蟹バサミをテーブルに並べる。
 もはや、この二人にそんなものは必要ないようだが。
 錫乃介は親の仇か復讐を果たす悪鬼か羅刹か、爪を齧って割っては中身も齧り、甲羅を引き裂いては蟹味噌を啜っていた。
 アッシュも目の前のおっさんなど気にせず、いつまた食べられるかわからない料理を一片の塵も残さぬ勢いで、吸い取る様に食べていた。先程までの少し男受けするような振舞いは何処へやらだ。
 ガリガリバリバリ小一時間、そろそろ食べ尽くすかと言うところで、錫乃介は控えていたスタッフを呼ぶと、ひと揺れふた揺れしてやってくる。


 「サーセン!追加オーダー!」

 「かしこまりました。いかがなさいますか?」

 「ホウボウの塩包焼き、ハゼはアクアパッツァ、ウマヅラの薄造り肝醤油、サンマとサヨリは刺身で、ケンサキイカは輪切りにしてフリット、タコは酢の物、タチウオはポワレでレモンバター、サンマは煮付けで、イワシは香草焼き、あと締めにシャケ茶漬けと明太子パスタ。以上でお願いしやっす!」

 「よ、よろしいのですか? だいぶ量が多いかと……」
 
 注文をとっていたスタッフが、動揺して聞いてくる。


 「余裕っしょ。アッシュイケるだろ?」

 「たぶん楽勝」

 
 ひぇっ! とスタッフは声をだして驚き、慌てて一礼するとひと揺れして出て行った。
 
 そこから先、食卓の上に並べられた魚介類に対して、止むことのない蹂躙に次ぐ蹂躙という表現が相応しい惨劇が行われた。


……………………


 「ふぅ、食った食ったっと。アッシュどうだ満足か?」

 「もう、食えないわ。限界よ~」

 テーブルを埋め尽くす料理を平げ、皿も下がってスッキリしたところで、食後酒の甘い白酒を飲みながら腹をさする二人。錫乃介はもとより、アッシュもチューブトップから見えるぽっこり出たお腹をさすっている。


 「妊婦か」

 「妊娠させられた」

 「いっぱい食べる女は好きだぜ」

 「じゃあ、もっと食べようかな」

 「それでさ、アッシュ」

 「な~に?」

 「どこの組織に頼まれた?」

 
 錫乃介がそのセリフを言うか言わないかその刹那、それまで呑気に腹をさすっていた人間とはとても思えない動きが目の前に、しかし、あまりの早さのせいで側からはスロー再生のように見えたかもしれない。
 アッシュはダボダボのミリタリーコートをひと凪して羽ばたかせ愛用の小型拳銃ベレッタナノを錫乃介の眉間に突きつけ、られなかった。
 アッシュの首には蟹スプーンのフォーク部分が、既に突き刺さる寸前まで食い込み、目の前では卓上にどかりと胡座をかき、蟹スプーンを手にした錫乃介の顔がニヤッとしていた。

 
 「な、なん「なんでじゃない。悪りぃな、0コンマ3秒は俺の方が早かった。最近やたらめったら抜き手が早い奴と続けてつるんでたせいで、俺も学習してんのよ。はい、銃こっちに頂戴」

 “学習したのは主に私です”

 黙りねぃ! とナビに一喝しながら、アッシュの銃を奪い取る。


 「ど、どう「どうして気付いたかって? 俺はドブ掃除の掃除夫としては有名かもしれないが、ポルトランドの奇跡の件はまだ一部の者だけで、他の一般のハンターは知らねぇはずだ。アパッシュ壊滅寸前の件に至ってはユニオン上層部くらいだろ、まだな。
 だが例外はある。マフィアの連中だ。あいつらは情報が早い。おおかたショウロンポンの件も聞いたクーニャンのマフィアの奴らが、俺がこの街来たの知ってとばっちりを受けないように、先手を打って俺を見張れだの殺せだの依頼されたんだろ? そんで俺が声をかけて来やすいようにユニオン前にいたと。どうだ当たらずとも遠からずだろ」


 “私が警戒するよう言うまでもないようでしたね”

 なぁに、前の世界の時、ノンベェ横丁でやけに簡単にナンパ成功したと思ったらよ、飲まされて潰されて金パクられたこと思い出しただけよ。

 “ホントにロクでもない生き方してますね”

 黙りねぃ! ナビを一喝して黙らせる。


 「どうせさっきからこっちの隙を見てるあの黒装束も仲間なんだろ?」

 
 その言葉に、フッと軽く笑うと観念したのか脱力して項垂れる。


 「二つ間違ってる」

 「ん? なんだろうなぁ」

 「あの黒装束の事は知らない。別口じゃないか? それと私はマフィアの依頼を受けたわけじゃない」

 「というと?」

 「アンタに賞金がかかってるだけだよ、錫乃介さん!」

 
 それまで下を向いていた目つきが一転、ヒビの入った黒縁メガネがキラリと光ると、アッシュはテーブルごと錫乃介をドカリと蹴り上げる。
 飛び散るグラスと甘い香りの白酒へ、床に落ちたトルコランプから火が上がる。
 アッシュが床に転がると予測した錫乃介はそこにはいない。

 目端の上部に気配を感じ、すかさず見上げると、幌の骨組に足をかけて逆さまになった錫乃介が、バァとベロを出して戯けている。
 
 「残念でしたぁ。今蹴る寸前おっぱい揉もられたの気付いたぁ? なかなか良いもんもってるじゃん」

 
 クッ! と喉を鳴らして、その場で回転半径の小さいサマーソルトキックを繰り出す女ハンターに、錫乃介は素早く腹筋してその場をいなす。
 不発に終わって地面に着地するアッシュの目に、手にスッポリ収まる程の小さい陶器の小壺が映る。船の調度品やお洒落な電球と見間違う程の綺麗な紺色の丸いフォルム。その見知らぬ物品にほんの僅か動きを止めてしまったアッシュに、上から飛び降りた黒い影が叫びながら突撃してくる。


 「馬鹿野郎! そりゃ陶製爆弾だ!」


 アッシュを抱き抱えて海に向かって船の縁に足をかけて少しでも遠くへと飛び込こもうとするが、着水するよりも爆発は早く衝撃波を放ち、水面を飛ぶ水切りの石の如く錫乃介達を吹き飛ばした。

 それまで静寂な夜を演出していた木造船は、空高く爆炎を上げながら、海に沈んでいくのだった。

 
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