屋根裏の魔女、恋を忍ぶ

如月 安

文字の大きさ
上 下
12 / 194
第一部

第12話 誰が毒を入れたのか?

しおりを挟む
 深夜に慌ただしく呼ばれた医師達は、ブランシュと公爵の症状は、毒による中毒症状だと思われる、と見立てた。

 屋根裏のわたしの部屋は、主だった部屋からずいぶん離れている。階下の騒動に全く気付かず、心地良い疲れと幸福感に包まれて、呑気にすやすや眠っていた。

 事の次第を知ったのは、朝食を運んできてくれたアリスタから、話を聞いてからだ。

 その夜、何があったか話してくれたアリスタによると、公爵は幸いにも軽い症状で、一晩嘔吐に苦しんだのち、今朝方、ほとんど改善された。
 ブランシュの方は、今も苦しんでいる様子で、医者の手当てを受けているらしい。

 ブランシュのことが心配で、居ても立ってもおられず、急ぎブランシュの部屋に向かったが、ドアの前には顔立ちの整った金髪の騎士が二人、立っていた。

「決して、どなたもレディ・ブランシュのお部屋に入れてはならない、という指示を受けておりますので」

「申し訳ありませんが、このままお戻りください」

 騎士達は、張り付いたような無表情で、冷然とそう繰り返すのみで、頑として会わせてもらえなかった。

 会わせてもらったところで、わたしにできることなど何もなかっただろう。

 それでも、ブランシュの容態が気掛かりで堪らなかった。


§


 三日後。

 アリスタの話すところによると、ノワゼット公爵が呼び集めた名医たちの手当ての甲斐あって、ブランシュは順調に回復した。

 今では、ベッドに起き上がり、スープなどの他、飲みこみやすいものあれば、口にできていると聞き、ほっと胸を撫でおろす。
 ノワゼット公爵は婚約者が完全に回復するまでは側にいたいからと、自身も病み上がりにも関わらず、屋敷に泊まり込みで、それはもう、献身的に介抱しているらしい。

 ブランシュの部屋の前には信頼できる騎士を配置し、ブランシュの世話は公爵が連れてきた侍女が行い、料理は公爵家から運んできたものを毒見の上でブランシュが口にするという徹底ぶりらしい。
 ブランシュが婚約者から深く愛されていることを改めて知り、わたしの胸はふわりと満たされた。


 その夜、嵐がやって来た。


§


「どう思う? レクター?」

「……仰る通り、最も疑わしいのは、リリアーナというあの妹でしょう」

 伯爵家の書斎で、マホガニーの椅子に座り、ノワゼット公爵は物憂げに琥珀色の液体が入ったグラスを傾けた。

 屋敷の中は寝静まっているが、外では嵐が猛り狂い、激しい雨と風が書斎の窓に叩きつけられ、不吉な音を立てる。

 雷鳴が轟き、時折、窓から差し込む雷光が、二人の厳しい顔つきを浮かび上がらせた。

「手分けして、家中の使用人全員に聞き取りをしましたが、あの日、この屋敷に出入りした者の中に、外部の人間を見かけたものはいませんでした」

「そうだな。料理人のモーリー含め、使用人のほとんどがブランシュの父である先代のロンサール伯爵の時代から勤め、ブランシュに忠誠を尽くし、心酔している。彼らが毒を盛るとは、考えにくいだろう」

「あの日に限らず、この屋敷の周りも公爵の周囲も、騎士が護衛しています。入り込む隙もなければ、屋敷を抜け出す隙もありません」

「つまり、……私とブランシュに毒を盛った者は、おそらく、今もこの屋敷の中にいる、ということだな」

 公爵の目つきが鋭くなる。

 そして、書斎机の上に広げられた新聞をトントン、と指で弾いた。

『犯人、いまだ目星はつかず? 第二騎士団団長ノワゼット公爵とレディ・ブランシュ毒殺未遂事件の真相は!?』という文字が踊る。

「あのリリアーナとかいう娘、なぜ夕食の席に遅れてきたのだろう。同じものを口にしながら、あの娘だけが無事だった。
 ……その上、この家の使用人たちは口を揃えて、あの娘が犯人だと言う。屋根裏に籠もり、怪しげな本を読み、毒の実験を繰り返していると言うじゃないか。
 人嫌いの嫉妬深い魔女だとか噂される娘が、あの夕食の時だけ、やけに機嫌が良さそうだった。変だとわないか?」

「……はい。妙なほど、にやついていました。」

「あの殊勝な態度は演技で、毒を盛ってやった、という達成感による笑みだったとしたら……全て、説明がつく」

 ノワゼット公爵の瞳が、怜悧な輝きを増す。

「妹にしてみれば、姉だけが幸せを掴むのが妬ましくて我慢ならなかったんだろう。
 使用人たちが出迎えで手薄になった隙をついて、料理に毒を盛ったものの、毒の量を間違えたか、もしくは呼ばれた医者たちの腕が良かったか……。
 殺し損ねたと知って、次はどう出るか。……奴らと通じていると思うか?」

「調べてみなければわかりませんが、あるいは。……レディ・ブランシュは、何か仰っていますか?」

「いや。ブランシュは心優しいからな。以前、妹のことを尋ねたが、『あの子の好きにさせてあげたい』と言っていた。きっと、妹を疑いもしていないだろう。だが……残念ながら、僕は、それほど優しくはない」

 ノワゼット公爵は、酷薄な微笑を浮かべ、続けた。

「ブランシュを傷つけた者が誰で、どんな事情があろうとも、生まれてきたことを後悔させてやる。妹を失って、ブランシュは悲しむだろうが、僕がすぐに忘れさせるさ。どの道、あのような気味の悪い妹では、いない方がよっぽど幸せだろう」

 公爵はグラスを揺らし、琥珀色の液体を一口飲んだ。

「……レクター、薄汚いドブネズミを始末しておいてくれ。」

 アラン・ノワゼットは、整った顔立ちに冷徹な笑みをうっすら浮かべ、あっさりと言い放った。

「承知しました。ドブネズミは始末しておきます」

 レクター・ウェインもまた、瞳に一片の感情も映さぬまま、あっさりと了承した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います

きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で……

結婚式後に「爵位を継いだら直ぐに離婚する。お前とは寝室は共にしない!」と宣言されました

山葵
恋愛
結婚式が終わり、披露宴が始まる前に夫になったブランドから「これで父上の命令は守った。だが、これからは俺の好きにさせて貰う。お前とは寝室を共にする事はない。俺には愛する女がいるんだ。父上から早く爵位を譲って貰い、お前とは離婚する。お前もそのつもりでいてくれ」 確かに私達の結婚は政略結婚。 2人の間に恋愛感情は無いけれど、ブランド様に嫁ぐいじょう夫婦として寄り添い共に頑張って行ければと思っていたが…その必要も無い様だ。 ならば私も好きにさせて貰おう!!

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。

百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」 妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。 でも、父はそれでいいと思っていた。 母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。 同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。 この日までは。 「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」 婚約者ジェフリーに棄てられた。 父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。 「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」 「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」 「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」 2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。 王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。 「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」 運命の恋だった。 ================================= (他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)

英雄の平凡な妻

矢野りと
恋愛
キャサリンは伯爵であるエドワードと結婚し、子供にも恵まれ仲睦まじく暮らしていた。その生活はおとぎ話の主人公みたいではないが、平凡で幸せに溢れた毎日であった。だがある日エドワードが『英雄』になってしまったことで事態は一変し二人は周りに翻弄されていく…。 ※設定はゆるいです。 ※作者の他作品『立派な王太子妃』の話も出ていますが、読まなくても大丈夫です。

処理中です...