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初恋、やり直し
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その日もコンスタンスは庭で愛犬フィルと戯れていた。
コンスタンスが円盤を投げるとフィルが走って行って上手にキャッチし、また投げてくれとばかりにコンスタンスの元に戻ってくる。
この円盤は先日オレリアンが贈ってくれたもので、フィルにとってもコンスタンスにとってもお気に入りの遊び道具になっていた。
何度目かに投げた円盤が、フィルがキャッチ出来ずに転がって行った。
どうやらコンスタンスの投げ方が下手だったようである。
転がる円盤を追いかけて行ったフィルが、突然庭の外れの大木に向かって唸り始めた。
「ゔー、ゔー」
「どうしたの?フィル」
不思議に思ったコンスタンスが近寄って行くと、大木の陰にはヒース侯爵オレリアンが立っていた。
見つかるつもりはなかったのだろう。
かなり気まずそうな、困ったような顔で立っている。
(こんなところに隠れて、こっそり私を見に来たのかしら…)
コンスタンスに面会を求める夫に、相変わらず父も兄も冷たい。
邪険に追い払われているのに、オレリアンはこうして大木に隠れてまで妻を見に来てくれた…。
そう思ったら、コンスタンスはなんだか胸の奥があたたかくなるような気がした。
それに、こんな大きな男の人が必死に隠れているなんて、なんだか可愛いではないか。
しかも、コンスタンスが気に入りそうなお菓子や玩具をちょくちょく贈ってくれる夫が、悪い人のわけないと思うのだ。
背の高い夫を見上げ、コンスタンスは満面の笑みを浮かべてこう呼んでいた。
「旦那様…!」
と。
今日もオレリアンはコンスタンスへの面会を申し入れて、門前払いを受けていた。
しかも最近では、訪問するたびに公爵やエリアスからコンスタンスとの離縁を勧められている。
『今のコンスタンスでは、侯爵夫人のつとめは果たせない。
いつまでこの状態が続くのか先が見えない今、離縁するのがお互いにとっても一番いいだろう』
と言うのが公爵家側の理由だ。
それを拒否すると、
『君にとってもその方が都合がいいだろう』
とか、
『離縁するからといって持参金を戻せなどとは言わないから』
とか、
『たった1年で離縁して社交界で悪い噂を立てられると気にしているなら大丈夫だ。
我が公爵家の威信をかけて噂など払拭してやろう』
などと口々に言われるのだ。
こうして聞くと、コンスタンスがいかに公爵家で愛され、大事に思われているのかよくわかる。
王命だったとは言え、本当は最初からオレリアンに嫁がせるのは意に染まぬことだったのは確かであろう。
コンスタンスが記憶喪失になったことを不幸中の幸いと、もう夫の元に戻す気はこれっぽっちも無いように見える。
だが、オレリアンだとて、今この状態の妻と離縁するなど、人として、騎士として、到底受け入れられないことである。
正直持参金とか、社交界での噂とかはどうでもいいが、せめて本人と直接会って言葉を交わしたいのだ。
しかし、なんとか少しの時間だけでも面会させて欲しいと申し入れたが、やはり今日も願いは叶わず、『お引き取りを』と冷たく言い捨てられてしまった。
こうして今日も離縁を迫られ辟易していたオレリアンは、最近そうしているように、帰る前に庭で遊ぶ妻の姿を垣間見ようと大木の陰から伺った。
妻は、自分が贈った玩具を使って楽しそうに犬と戯れていた。
相変わらず草だらけになるのも厭わず転げ回り、スカートの裾を翻して飛んだり跳ねたりしている。
ここからでもわかるほど、剥き出しになっている白い足が眩しい。
今日もこっそり様子を見て帰るつもりだったのだが、運悪く、彼女の愛犬に見つかってしまった。
愛犬の様子を訝しく思った彼女が大木に近づいて来る。
オレリアンは覚悟を決め大木の陰からそっと歩み出た。
彼女は、また驚いて泣くだろうかー。
しかし、オレリアンの不安をよそに、コンスタンスは夫を見るなりぱぁっと顔を輝かせた。
そして、こう呼んだのだ。
「旦那様!!」
と。
コンスタンスが円盤を投げるとフィルが走って行って上手にキャッチし、また投げてくれとばかりにコンスタンスの元に戻ってくる。
この円盤は先日オレリアンが贈ってくれたもので、フィルにとってもコンスタンスにとってもお気に入りの遊び道具になっていた。
何度目かに投げた円盤が、フィルがキャッチ出来ずに転がって行った。
どうやらコンスタンスの投げ方が下手だったようである。
転がる円盤を追いかけて行ったフィルが、突然庭の外れの大木に向かって唸り始めた。
「ゔー、ゔー」
「どうしたの?フィル」
不思議に思ったコンスタンスが近寄って行くと、大木の陰にはヒース侯爵オレリアンが立っていた。
見つかるつもりはなかったのだろう。
かなり気まずそうな、困ったような顔で立っている。
(こんなところに隠れて、こっそり私を見に来たのかしら…)
コンスタンスに面会を求める夫に、相変わらず父も兄も冷たい。
邪険に追い払われているのに、オレリアンはこうして大木に隠れてまで妻を見に来てくれた…。
そう思ったら、コンスタンスはなんだか胸の奥があたたかくなるような気がした。
それに、こんな大きな男の人が必死に隠れているなんて、なんだか可愛いではないか。
しかも、コンスタンスが気に入りそうなお菓子や玩具をちょくちょく贈ってくれる夫が、悪い人のわけないと思うのだ。
背の高い夫を見上げ、コンスタンスは満面の笑みを浮かべてこう呼んでいた。
「旦那様…!」
と。
今日もオレリアンはコンスタンスへの面会を申し入れて、門前払いを受けていた。
しかも最近では、訪問するたびに公爵やエリアスからコンスタンスとの離縁を勧められている。
『今のコンスタンスでは、侯爵夫人のつとめは果たせない。
いつまでこの状態が続くのか先が見えない今、離縁するのがお互いにとっても一番いいだろう』
と言うのが公爵家側の理由だ。
それを拒否すると、
『君にとってもその方が都合がいいだろう』
とか、
『離縁するからといって持参金を戻せなどとは言わないから』
とか、
『たった1年で離縁して社交界で悪い噂を立てられると気にしているなら大丈夫だ。
我が公爵家の威信をかけて噂など払拭してやろう』
などと口々に言われるのだ。
こうして聞くと、コンスタンスがいかに公爵家で愛され、大事に思われているのかよくわかる。
王命だったとは言え、本当は最初からオレリアンに嫁がせるのは意に染まぬことだったのは確かであろう。
コンスタンスが記憶喪失になったことを不幸中の幸いと、もう夫の元に戻す気はこれっぽっちも無いように見える。
だが、オレリアンだとて、今この状態の妻と離縁するなど、人として、騎士として、到底受け入れられないことである。
正直持参金とか、社交界での噂とかはどうでもいいが、せめて本人と直接会って言葉を交わしたいのだ。
しかし、なんとか少しの時間だけでも面会させて欲しいと申し入れたが、やはり今日も願いは叶わず、『お引き取りを』と冷たく言い捨てられてしまった。
こうして今日も離縁を迫られ辟易していたオレリアンは、最近そうしているように、帰る前に庭で遊ぶ妻の姿を垣間見ようと大木の陰から伺った。
妻は、自分が贈った玩具を使って楽しそうに犬と戯れていた。
相変わらず草だらけになるのも厭わず転げ回り、スカートの裾を翻して飛んだり跳ねたりしている。
ここからでもわかるほど、剥き出しになっている白い足が眩しい。
今日もこっそり様子を見て帰るつもりだったのだが、運悪く、彼女の愛犬に見つかってしまった。
愛犬の様子を訝しく思った彼女が大木に近づいて来る。
オレリアンは覚悟を決め大木の陰からそっと歩み出た。
彼女は、また驚いて泣くだろうかー。
しかし、オレリアンの不安をよそに、コンスタンスは夫を見るなりぱぁっと顔を輝かせた。
そして、こう呼んだのだ。
「旦那様!!」
と。
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