7歳の侯爵夫人

凛江

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7歳、やり直し

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キャッ、キャッ!

ルーデル公爵邸の庭から明るい笑い声が聞こえてくる。

元公爵令嬢で現ヒース侯爵夫人、コンスタンスの笑い声だ。

コンスタンスは愛犬のフィルとボールを使って戯れている。

フィルは8歳だからここ12年分の記憶がないコンスタンスはもちろんフィルのことも覚えていなかったが、彼女は彼に一目会うなりいっぺんで気に入った。

フィルも大好きだったコンスタンスに久しぶりに会えたのが嬉しくて、コンスタンスが公爵邸に戻ってからは片時もそばを離れない。

それに、以前はお妃教育で忙しく、またその教育の成果で実家である公爵邸でもお淑やかに過ごしていたコンスタンスが、今は大声で笑い、走り回り、転げ回って、フィルと遊んでくれるのだから。


コンスタンスの笑い声は邸中に響き渡り、それを聞いている公爵夫妻の顔にも笑顔が浮かぶ。

また邸の中で働く者たちも、コンスタンスの楽しそうな声を聞いて笑顔になる。

 コンスタンスが記憶を失って7歳の幼女に戻ってしまったことは、隠しおおせることではないし、もちろん邸中の者が知っている。

だが彼女の笑顔と笑い声は、ルーデル公爵邸に幸せな気持ちを振りまいていた。


「あらあら、またお嬢様は草だらけになって」

リアが、草だらけになったコンスタンスのワンピースを手で払ってくれる。

でも払ったそのそばから、コンスタンスは走って飛びついてくるフィルを受け止めながら後ろに転がって、また、草だらけになるのだ。

「リア、無駄だ。きりがない」

背後から声がして、コンスタンスは振り返った。

リアの後ろには苦笑する兄エリアスが立っている。

コンスタンスは満面の笑みを浮かべると、
「おかえりなさい!お兄様!」
とエリアスに抱きついた。

「こらやめろ。僕にも草がつく!」

いちおう拒んではいるが、エリアスが満更でもないのを、リアは知っている。

その証拠に、
「ただいま、コニー」
と言うととびきり優しい笑顔を浮かべ、妹の体をさも愛おしそうに抱きしめた。


「さて、今日はどのくらい進んだのかな?」

エリアスがコンスタンスを促して邸の方へ戻ろうとすると、彼女は
「え?もう?
お兄様も遊びましょうよ」
と唇を尖らせた。

「こらこら。
夕食の前に復習しておかないとね」

「はあい」

仏頂面になった妹の手を取ると、エリアスは手を繋いで邸の方へ歩き出した。


今のコンスタンスは7歳までの記憶しかなく、知識や常識も幼女並みだ。

元々ルーデル公爵家の教育方針は『子どもは子どもらしく』だったので、本当の7歳当時のコンスタンスの知識もマナーも、平均的7歳児以下であったことだろう。

彼女はただ、両親や兄や公爵邸に仕える者たちに溺愛され、笑っていてくれればいい存在だったのである。


それがー。

一変したのは、王太子の婚約者に決まり、お妃教育が始まってからだ。

いや、数年をかけて、徐々に変わっていったと言った方がいいだろう。

元気に笑っていた…、庭を転げ回っていたコンスタンスはなりを潜め、どこから見ても立派なレディに変貌していく。

それと引き換えに喜怒哀楽に乏しく、常に冷静沈着なコンスタンスが出来上がったのは、14、5歳の頃だったか。

はたから見ていても痛々しい程だったが、コンスタンスが王太子妃になることは王家が決めたことであって、家族はただ見守るしかなかった。


(でももうあの厳しいお妃教育はない。
だから、また7歳からやり直すんだ。
本来のコニーのままで…)

そう頭の中で念じて、エリアスは妹を振り返った。

現在コンスタンスは家庭教師に付いて、7歳の勉強からやり直している。

ごく平均的7歳の勉強だ。

そして、エリアスが王宮勤めから帰って来るとコンスタンスの勉強をみてやり、今日学んだところをおさらいする。

元々出来が良いからか記憶の片隅に残っているからかわからないが、勉強の進みは驚くほど早い。


エリアスはキュッとコンスタンスの手を握り、彼女を見下ろした。

コンスタンスも兄を見上げ、ニッコリと微笑む。


この先、記憶が戻るのか、コンスタンスがこのまま緩やかに成長するのかはわからない。

でも、両親も、エリアスも、例えコンスタンスが一生このままでも、ずっと公爵邸で過ごせばいいと思っている。

ましてや、あの冷たい夫の元へなど、戻すことはあり得ない。


今度こそ、守ってみせる。

エリアスはコンスタンスの手を、再びキュッと握りしめた。
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