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第九章 それぞれの想い
アメリア、国境へ①
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第二次医療団の一行が領都を出発した。
団の指揮をとる団長は同行する公爵夫人のために馬車を用意したが、彼女はそれを断って馬に跨った。
夫サラトガ公爵から贈られた、名馬『コハク』である。
今回公爵夫人が医療団に同行するという噂はすでに領都内を駆け巡っていたため、『国王の情婦』を一目見ようという領民たちは沿道につめかけた。
でも、誰もが本気で顔を拝めるとは思ってもいなかっただろう。
せいぜい、彼女の乗る馬車を見るくらいだと思っただろうか。
しかし、行列の中程で白馬に跨る少女を見た時、領民たちは皆息を飲んだ。
颯爽と馬を操り、凛として前を見据える美少女…あれが、本当に噂される『国王の情婦』なのだろうかと。
「す、姿形に騙されるな。あの女は、恥ずかしげも無く、みんなが尊敬する領主様に下げ渡されてきた悪女だ」
誰かがそう言ったのをきっかけに、それまで口を開けてアメリアの姿に見惚れていた領民たちが、声を上げ始めた。
「た、たしかに。女は見た目じゃわからないからな」
「やっと姿を見せたと思えば、なんのパフォーマンスだ」
口々に悪口は言っているが、さすがに大声を上げて正面から罵る者はいない。
世間に知られた悪女ではあっても公爵夫人なのだから、不敬罪で捕まってはたまらないからだ。
アメリアはそんな中を、涼しげな顔で通過して行った。
実は、今領民の間で公爵夫人の悪評が最高潮であることは知っている。
当然だ。
婚姻して1年以上姿を現さず、後継を生むというたった一つの責務さえ果たさない。
領民の尊敬する領主様の害にしかならない女に、誰が好意を持つだろうか。
しかも直近2度に渡る遠征の際にも、夫を見送りにも来ない。
今回突然国境へ赴くと言いだしたのは、もしかしたら愛人である国王に会いたいからではないのだろうか…、などと、そんな悪意ある噂まで囁かれていた。
短い期間で二度行われている遠征への鬱憤が、全てアメリアに向かっているのだとも言える。
皆の、蔑み、批難するような目。
(仕方ないわ。全部責任を放棄して逃げてきた私なのだから…)
アメリアは唇を噛みながら、しかしその目は真っ直ぐ前を見据えていた。
今回のアメリアの行動を知ったセドリックとクラークからも、すぐに思い直すようにとの手紙が届いていた。
戦地になど近づいて欲しくない、安全な場所で待っていて欲しいと。
しかしアメリアの決意は固かった。
人々の目に怯え、隠れてばかりの生活はもう嫌なのだ。
自分は、今はまだ、サラトガ公爵夫人なのだから。
前だけを見て歩みを進めるアメリアの耳に、
「エイミー先生!!」
と叫ぶ声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に、アメリアは思わず顔を向ける。
「先生!エイミー先生!」
ジャンと、夜間学校の生徒たちが沿道から手を振っていた。
(ああ、バレてしまった…)
もちろん覚悟の上ではあるが、アメリアは小さくそう呟いた。
変装しているわけじゃないのだから、毎日のように会っていた生徒たちがアメリアに気づくのは当たり前のことだ。
生徒に限らず、今までエイミーとして交流してきた領民に正体がバレるのは、想定内のことである。
しかし、信用していた先生が悪評ある公爵夫人とこんな形で知り、皆どんなに驚いたことだろう。
本当はこうなる前に自分の口から伝えられればよかったのだろうが、結局アメリアは出来なかった。
目の前でどんな反応をされるのかと思ったら、怖かったのだ。
大好きなみんなに蔑んだ目で見られたら、立ち直れないと思った。
結局、アメリアは今回も逃げたのだ。
(ごめんね、ジャン。ごめんね、みんな)
アメリアは隊列を追いかけてくる子供たちに向かって心の中で謝った。
みんな、きっと傷ついただろう。
アメリアに裏切られたと思っただろう。
蔑みの目を無視し、悪意ある声にも耳を貸さないとばかりに前を向いていたアメリアだったが、子どもたちの姿を目にしたら心が乱れた。
涙腺が緩み、走る子どもたちの姿が霞む。
そしてその時。
「エイミー先生!頑張って!」
ジャンの声が聞こえてきた。
「先生!体に気をつけて!」
そう叫んだのはジャンの妹メイだ。
「先生!頑張って!待ってるから!」
しっかりしたお姉さん格のサリーの声。
「先生!教室で待ってるぞ!いい子で待ってるからな!」
1番やんちゃで困らせられているハンスの声。
口々に叫ぶ子どもたちに、アメリアは手を振って応える。
しかしやがて子どもたちは隊列に追いつけなくなり、その姿形は小さくなっていった。
団の指揮をとる団長は同行する公爵夫人のために馬車を用意したが、彼女はそれを断って馬に跨った。
夫サラトガ公爵から贈られた、名馬『コハク』である。
今回公爵夫人が医療団に同行するという噂はすでに領都内を駆け巡っていたため、『国王の情婦』を一目見ようという領民たちは沿道につめかけた。
でも、誰もが本気で顔を拝めるとは思ってもいなかっただろう。
せいぜい、彼女の乗る馬車を見るくらいだと思っただろうか。
しかし、行列の中程で白馬に跨る少女を見た時、領民たちは皆息を飲んだ。
颯爽と馬を操り、凛として前を見据える美少女…あれが、本当に噂される『国王の情婦』なのだろうかと。
「す、姿形に騙されるな。あの女は、恥ずかしげも無く、みんなが尊敬する領主様に下げ渡されてきた悪女だ」
誰かがそう言ったのをきっかけに、それまで口を開けてアメリアの姿に見惚れていた領民たちが、声を上げ始めた。
「た、たしかに。女は見た目じゃわからないからな」
「やっと姿を見せたと思えば、なんのパフォーマンスだ」
口々に悪口は言っているが、さすがに大声を上げて正面から罵る者はいない。
世間に知られた悪女ではあっても公爵夫人なのだから、不敬罪で捕まってはたまらないからだ。
アメリアはそんな中を、涼しげな顔で通過して行った。
実は、今領民の間で公爵夫人の悪評が最高潮であることは知っている。
当然だ。
婚姻して1年以上姿を現さず、後継を生むというたった一つの責務さえ果たさない。
領民の尊敬する領主様の害にしかならない女に、誰が好意を持つだろうか。
しかも直近2度に渡る遠征の際にも、夫を見送りにも来ない。
今回突然国境へ赴くと言いだしたのは、もしかしたら愛人である国王に会いたいからではないのだろうか…、などと、そんな悪意ある噂まで囁かれていた。
短い期間で二度行われている遠征への鬱憤が、全てアメリアに向かっているのだとも言える。
皆の、蔑み、批難するような目。
(仕方ないわ。全部責任を放棄して逃げてきた私なのだから…)
アメリアは唇を噛みながら、しかしその目は真っ直ぐ前を見据えていた。
今回のアメリアの行動を知ったセドリックとクラークからも、すぐに思い直すようにとの手紙が届いていた。
戦地になど近づいて欲しくない、安全な場所で待っていて欲しいと。
しかしアメリアの決意は固かった。
人々の目に怯え、隠れてばかりの生活はもう嫌なのだ。
自分は、今はまだ、サラトガ公爵夫人なのだから。
前だけを見て歩みを進めるアメリアの耳に、
「エイミー先生!!」
と叫ぶ声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に、アメリアは思わず顔を向ける。
「先生!エイミー先生!」
ジャンと、夜間学校の生徒たちが沿道から手を振っていた。
(ああ、バレてしまった…)
もちろん覚悟の上ではあるが、アメリアは小さくそう呟いた。
変装しているわけじゃないのだから、毎日のように会っていた生徒たちがアメリアに気づくのは当たり前のことだ。
生徒に限らず、今までエイミーとして交流してきた領民に正体がバレるのは、想定内のことである。
しかし、信用していた先生が悪評ある公爵夫人とこんな形で知り、皆どんなに驚いたことだろう。
本当はこうなる前に自分の口から伝えられればよかったのだろうが、結局アメリアは出来なかった。
目の前でどんな反応をされるのかと思ったら、怖かったのだ。
大好きなみんなに蔑んだ目で見られたら、立ち直れないと思った。
結局、アメリアは今回も逃げたのだ。
(ごめんね、ジャン。ごめんね、みんな)
アメリアは隊列を追いかけてくる子供たちに向かって心の中で謝った。
みんな、きっと傷ついただろう。
アメリアに裏切られたと思っただろう。
蔑みの目を無視し、悪意ある声にも耳を貸さないとばかりに前を向いていたアメリアだったが、子どもたちの姿を目にしたら心が乱れた。
涙腺が緩み、走る子どもたちの姿が霞む。
そしてその時。
「エイミー先生!頑張って!」
ジャンの声が聞こえてきた。
「先生!体に気をつけて!」
そう叫んだのはジャンの妹メイだ。
「先生!頑張って!待ってるから!」
しっかりしたお姉さん格のサリーの声。
「先生!教室で待ってるぞ!いい子で待ってるからな!」
1番やんちゃで困らせられているハンスの声。
口々に叫ぶ子どもたちに、アメリアは手を振って応える。
しかしやがて子どもたちは隊列に追いつけなくなり、その姿形は小さくなっていった。
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