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第八章 拉致、そして帰還
逃亡①
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翌日の夜、アメリアは世話係が運んできた質素な夕食をゆっくり食べていた。
乱暴されそうになった時の抵抗で疲れ果て、食欲など全くない。
しかし、腹が減っては戦もできぬという心境だ。
『隙があったら逃げる』
アメリアはまだ、それを諦めてはいない。
狭い部屋の中ではあるが、なるべく体を動かすようにもしている。
両手首を縛られたままなので不自由ではあるが、膝を曲げたり伸ばしたりくらいの運動なら出来るからだ。
『頭』と呼ばれる男からは静かにしているようにとは言われたが、アメリアは一向に体を動かすことをやめなかった。
そんなアメリアを見て、やがて『頭』も呆れたように笑うだけになった。
どうせ深窓の貴族夫人が何も出来るわけないと、たかを括っているのだろう。
だんだんわかってきたことだが、世話係は女性2人の交代制で、常にどちらかが側にいる。
アメリアはこの2日間彼女たちに色々声をかけてみたのだが、2人は全く反応を示さず、ただ淡々と食事を運んできて見張っているだけだった。
口をきかないよう、きつく言い渡されているのだろう。
元々声をかけてくるのは『頭』だけだったが、それでも男性の出入りも少しはあったはず。
しかしそれも、アメリアが襲われそうになった時から全くなくなった。
扉の外に見張りの気配は感じるが、部屋への出入りは女性2人と『頭』のみになったのだ。
余程、アメリアを無傷のまま『指示した誰か』に送り届けたいのだろう。
食事をしている間に『頭』が様子を見に来たが、アメリアがのんびり食事をしているのを見て呆れたように出て行った。
なんとなくではあるが、『頭』もなかなかこの場所から動けないことに焦りを感じ始めているようだ。
それだけ、サラトガ騎士団の捜索が厳しいということなのだろう。
『頭』が出て行ってしばらくした後、咀嚼しながら世話係の方を伺うと、微かに寝息のような息遣いが聞こえてくる。
彼女は椅子に座ったままうつらうつらしているようだ。
いくら交代制とはいえ、ずっと見張っていて疲れたのだろう。
(待ってたのよ、この時を…)
アメリアは腕を背中の方に回し、器用に目隠しの縛り目を解いた。
手首を縛られてはいるが指先は自由なのだから。
そしてその布を手に持つと、そっと立ち上がった。
世話係はアメリアの様子には気付かず、相変わらず船を漕いでいる。
アメリアはそっと足を忍ばせ、世話係の背後に回った。
しかしすぐ側まで行くとさすがに気配を察したのか、彼女は咄嗟に振り返ろうとした。
「……っ!!」
アメリアは急いで縛られたままの両手首を彼女の頭の上から前に回し、縄の繋ぎ目を口に当て、力任せに引き寄せた。
「……ゔっ」
「声を出さないで。出せば貴女の首を締めます。…私は本気よ」
縄を握る手に力をこめると、世話係は涙目になり、うんうんと首を縦に振った。
「…ごめんなさい…」
アメリアは小さく呟くと、彼女の後頭部に手刀を入れ、気絶させた。
サラトガ領に来てから、カリナから少しは護身術を学んでいたのだ。
少しは音がしているだろうが、部屋の外から見張りが入り込んでくるようなことはなかった。
普段からアメリアが運動しているのをわかっているから、またその音だと思っているのだろう。
外が完全に闇に溶ける頃、アメリアは食べ終えた食事の盆を持って部屋を出た。
扉の外には、見張りの男が2人立っている。
気絶させた世話係の衣服と取り替えたアメリアは、賊の目からも女中にしか見えないだろう。
銀髪は結い上げて、世話係の三角巾で覆っている。
廊下もほぼ闇の中だから、細かい違いに気づく者もないと思われた。
アメリアは慎重に見張りの賊の間を抜けると、廊下を真っ直ぐに進んだ。
そして、厨房と思われる方向へ迷わず足を向けた。
幼い頃から野山を駆け巡ったり、最近でも農民たちと親しんでいるアメリアは、こういった山小屋などの作りはだいたいわかる。
とにかく、疑われないよう、迷わず進むことが肝心だ。
幸い勘が当たり厨房に到着したアメリアは、素早く辺りに目をやった。
(あった、あそこだ…)
厨房なら、必ず勝手口があるはず。
アメリアは盆を置くと、急いで勝手口の方へ向かった。
まだ誰もアメリアが抜け出したことに気づいてはいない。
このままここから逃げて森の中に隠れれば、逃げ切ることも出来るかもしれない。
しかし、その時。
「おや?今日はずいぶん遅かったんだねぇ」
背後から女性の声が聞こえてきた。
おそらく、見張りのもう1人の女性だろう。
「ハハッ、今日も食べ切ってやがる。拉致されたってのに肝っ玉の大きい奥様だこと。いつもはスカした貴族様でも空腹には勝てないってか」
女性は空の食器を見て笑っているようだ。
薄暗いため、同僚とアメリアが入れ替わっていることにも気づいていないらしい。
しかし、何も反応しない同僚を訝しく思ったのか、彼女はこちらに近づいて来た。
「ちょっとあんた、どうしたのさ。ずん黙っちゃって…」
ドンッ!!
アメリアは振り返ると、力任せに女性を押し倒した。
「うわっ!!」
「ごめんなさい!」
アメリアはその女性にも手刀を入れて気絶させた。
そして勝手口の扉を開けると、思い切り外に飛び出した。
脇目も振らず、力の限り走り出す。
多分、気絶した女性たちに気付いた賊がすぐに追っ手を差し向けることだろう。
本当は知られぬうちに少し遠くまで逃げておきたかったが、こうなっては仕方がない。
女性の足で、しかも両手首を拘束されたままでどれくらい逃げられるかわからないが、とにかく足が続くまで逃げ切るしかない。
乱暴されそうになった時の抵抗で疲れ果て、食欲など全くない。
しかし、腹が減っては戦もできぬという心境だ。
『隙があったら逃げる』
アメリアはまだ、それを諦めてはいない。
狭い部屋の中ではあるが、なるべく体を動かすようにもしている。
両手首を縛られたままなので不自由ではあるが、膝を曲げたり伸ばしたりくらいの運動なら出来るからだ。
『頭』と呼ばれる男からは静かにしているようにとは言われたが、アメリアは一向に体を動かすことをやめなかった。
そんなアメリアを見て、やがて『頭』も呆れたように笑うだけになった。
どうせ深窓の貴族夫人が何も出来るわけないと、たかを括っているのだろう。
だんだんわかってきたことだが、世話係は女性2人の交代制で、常にどちらかが側にいる。
アメリアはこの2日間彼女たちに色々声をかけてみたのだが、2人は全く反応を示さず、ただ淡々と食事を運んできて見張っているだけだった。
口をきかないよう、きつく言い渡されているのだろう。
元々声をかけてくるのは『頭』だけだったが、それでも男性の出入りも少しはあったはず。
しかしそれも、アメリアが襲われそうになった時から全くなくなった。
扉の外に見張りの気配は感じるが、部屋への出入りは女性2人と『頭』のみになったのだ。
余程、アメリアを無傷のまま『指示した誰か』に送り届けたいのだろう。
食事をしている間に『頭』が様子を見に来たが、アメリアがのんびり食事をしているのを見て呆れたように出て行った。
なんとなくではあるが、『頭』もなかなかこの場所から動けないことに焦りを感じ始めているようだ。
それだけ、サラトガ騎士団の捜索が厳しいということなのだろう。
『頭』が出て行ってしばらくした後、咀嚼しながら世話係の方を伺うと、微かに寝息のような息遣いが聞こえてくる。
彼女は椅子に座ったままうつらうつらしているようだ。
いくら交代制とはいえ、ずっと見張っていて疲れたのだろう。
(待ってたのよ、この時を…)
アメリアは腕を背中の方に回し、器用に目隠しの縛り目を解いた。
手首を縛られてはいるが指先は自由なのだから。
そしてその布を手に持つと、そっと立ち上がった。
世話係はアメリアの様子には気付かず、相変わらず船を漕いでいる。
アメリアはそっと足を忍ばせ、世話係の背後に回った。
しかしすぐ側まで行くとさすがに気配を察したのか、彼女は咄嗟に振り返ろうとした。
「……っ!!」
アメリアは急いで縛られたままの両手首を彼女の頭の上から前に回し、縄の繋ぎ目を口に当て、力任せに引き寄せた。
「……ゔっ」
「声を出さないで。出せば貴女の首を締めます。…私は本気よ」
縄を握る手に力をこめると、世話係は涙目になり、うんうんと首を縦に振った。
「…ごめんなさい…」
アメリアは小さく呟くと、彼女の後頭部に手刀を入れ、気絶させた。
サラトガ領に来てから、カリナから少しは護身術を学んでいたのだ。
少しは音がしているだろうが、部屋の外から見張りが入り込んでくるようなことはなかった。
普段からアメリアが運動しているのをわかっているから、またその音だと思っているのだろう。
外が完全に闇に溶ける頃、アメリアは食べ終えた食事の盆を持って部屋を出た。
扉の外には、見張りの男が2人立っている。
気絶させた世話係の衣服と取り替えたアメリアは、賊の目からも女中にしか見えないだろう。
銀髪は結い上げて、世話係の三角巾で覆っている。
廊下もほぼ闇の中だから、細かい違いに気づく者もないと思われた。
アメリアは慎重に見張りの賊の間を抜けると、廊下を真っ直ぐに進んだ。
そして、厨房と思われる方向へ迷わず足を向けた。
幼い頃から野山を駆け巡ったり、最近でも農民たちと親しんでいるアメリアは、こういった山小屋などの作りはだいたいわかる。
とにかく、疑われないよう、迷わず進むことが肝心だ。
幸い勘が当たり厨房に到着したアメリアは、素早く辺りに目をやった。
(あった、あそこだ…)
厨房なら、必ず勝手口があるはず。
アメリアは盆を置くと、急いで勝手口の方へ向かった。
まだ誰もアメリアが抜け出したことに気づいてはいない。
このままここから逃げて森の中に隠れれば、逃げ切ることも出来るかもしれない。
しかし、その時。
「おや?今日はずいぶん遅かったんだねぇ」
背後から女性の声が聞こえてきた。
おそらく、見張りのもう1人の女性だろう。
「ハハッ、今日も食べ切ってやがる。拉致されたってのに肝っ玉の大きい奥様だこと。いつもはスカした貴族様でも空腹には勝てないってか」
女性は空の食器を見て笑っているようだ。
薄暗いため、同僚とアメリアが入れ替わっていることにも気づいていないらしい。
しかし、何も反応しない同僚を訝しく思ったのか、彼女はこちらに近づいて来た。
「ちょっとあんた、どうしたのさ。ずん黙っちゃって…」
ドンッ!!
アメリアは振り返ると、力任せに女性を押し倒した。
「うわっ!!」
「ごめんなさい!」
アメリアはその女性にも手刀を入れて気絶させた。
そして勝手口の扉を開けると、思い切り外に飛び出した。
脇目も振らず、力の限り走り出す。
多分、気絶した女性たちに気付いた賊がすぐに追っ手を差し向けることだろう。
本当は知られぬうちに少し遠くまで逃げておきたかったが、こうなっては仕方がない。
女性の足で、しかも両手首を拘束されたままでどれくらい逃げられるかわからないが、とにかく足が続くまで逃げ切るしかない。
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