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第五章 セドリック その三
晩餐
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セドリックは自室から廊下に出ると、隣にあるアメリアの部屋の前に立った。
そして、扉を軽くノックする。
すでに準備の整っていたアメリアはすぐに現れ、僅かに口角を上げると小さく頷いた。
セドリックが一瞬躊躇するように手を彷徨わせるのを見たアメリアは、自分の方から手を差し出す。
そして遠慮がちに差し伸べられたセドリックの手の上に、そっとその小さな手を重ねた。
「晩餐に付き合ってくれてありがとう、アメリア」
自分に触れても体を強張らせる様子のないアメリアに、セドリックは安堵のため息を漏らした。
晩餐は穏やかに進んだ。
セドリックがガラス工房の視察の話をすれば、アメリアは大層興味を持って聞いてくれる。
食卓に置かれたペアのワイングラスを今日持ち帰って来た最新作だと伝えれば、細工の細やかさに感心していた。
食事を終えると、セドリックはアメリアをエスコートしながら居間に移動した。
食事の時は和やかな時間を過ごしたが、これからのことを思うと気が重く、指先が僅かに緊張する。
まずは、義母の無礼な態度の謝罪をしなければ。
「…義母に呼ばれたそうですね」
セドリックがそう切り出すと、アメリアは黙ったまま、困ったような顔で苦笑した。
和やかだった空気が、一瞬にして緊張を帯びる。
「貴女には、何から何まで本当に申し訳なく思います。義母と私の確執に貴女まで巻き込んでしまって」
「そんな…、巻き込むだなんて…」
「もう誘われても応じないでください。使用人たちにも、義母から貴女への誘いは二度と取り継がないようきつく言い渡してきました。だから今度またこんなことがあったら、」
「いいえ」
セドリックの言葉を遮って、アメリアはキリッと彼を見上げた。
「それは私の、公爵夫人としてのつとめだと思っておりますわ。この家の嫁として、お義母様に誘われて行かないわけにもいきませんもの」
真っ直ぐに見返してくるアメリアの瞳の強さに、セドリックは思わず言葉を失った。
ーー婚姻当初セドリックがアメリアに手を出さなかったのは、国王の子を孕っている可能性を視野に入れてのことーー
それは、事実として義母がアメリアに告げたことだと、茶会に同行したカリナから聞かされた。
(痛いところをついてくるものだ…)
その話を聞いた時、義母への憎悪と、アメリアへの懺悔の思いが増幅した。
セドリックは妊娠の有無まで疑ってはいなかったが、義母からそう聞かされたアメリアはきっと信じたことだろう。
実際、二ヶ月もの間彼女を放っておいたのは事実なのだから。
訂正と謝罪をしたい。
しかし、今まで散々彼女を傷つけてきた自分がそのこと一つばかりを嘘だと騒いだところで、今さらどうだというのだ。
絶句しているセドリックを見て、アメリアは微かに眉を寄せた。
「あの、閣下。私別に嫌味を言っているわけではないのです。だって私、蔑まれるのも悪意がある言葉を言われるのも慣れていますもの。だから、本当に嫌味じゃないんですよ?…あら、でもこれも嫌味に聞こえるかしら」
困ったわ…と、アメリアが力無く笑う。
その言葉を聞いて、セドリックは泣きたくなった。
だって本当に、こんな彼女を前に何を言えばいいのだろうか。
きっと、今の彼女にセドリックの言葉など響かない。
頼むから、お願いだから、そんな悪意ある言葉に慣れて欲しくなんかないのに。
本当は今夜は、核心に迫る話…、アメリアの出生にまつわる話をしなければならないと思っていた。
本当は本人の口から聞きたかったが、きっと彼女は生涯隠し通すつもりでここに嫁いできたのだろう。
それは今の段階では推測の域を出ない話であるが、知ってしまった以上きちんと本人と話すべきことだと思った。
一生を共にする伴侶として、彼女の秘密を共有し、心の重荷を分けて欲しいと伝えたいと思ったのだ。
しかし果たして、本人に隠れて秘密を探っていたことを、彼女は受け入れてくれるだろうか。
信頼関係のない夫に秘密を暴かれることなど、彼女は望んでいなかっただろうに。
これによって、さらに彼女との仲を拗らせ、僅かに穏やかな時間さえ奪ってしまうかもしれない。
昨夜からくよくよ考えていたことを、セドリックは未だに迷っていた。
戦場で敵を前にした自分の潔さには定評があるのに、とんだお笑い種だ。
ーー本当に、取り返しがつかなくなるかもしれないーー
そしてこの一瞬の躊躇がセドリックの口を鈍らせ、結局先に口を開いたのはアメリアの方だった。
そして、扉を軽くノックする。
すでに準備の整っていたアメリアはすぐに現れ、僅かに口角を上げると小さく頷いた。
セドリックが一瞬躊躇するように手を彷徨わせるのを見たアメリアは、自分の方から手を差し出す。
そして遠慮がちに差し伸べられたセドリックの手の上に、そっとその小さな手を重ねた。
「晩餐に付き合ってくれてありがとう、アメリア」
自分に触れても体を強張らせる様子のないアメリアに、セドリックは安堵のため息を漏らした。
晩餐は穏やかに進んだ。
セドリックがガラス工房の視察の話をすれば、アメリアは大層興味を持って聞いてくれる。
食卓に置かれたペアのワイングラスを今日持ち帰って来た最新作だと伝えれば、細工の細やかさに感心していた。
食事を終えると、セドリックはアメリアをエスコートしながら居間に移動した。
食事の時は和やかな時間を過ごしたが、これからのことを思うと気が重く、指先が僅かに緊張する。
まずは、義母の無礼な態度の謝罪をしなければ。
「…義母に呼ばれたそうですね」
セドリックがそう切り出すと、アメリアは黙ったまま、困ったような顔で苦笑した。
和やかだった空気が、一瞬にして緊張を帯びる。
「貴女には、何から何まで本当に申し訳なく思います。義母と私の確執に貴女まで巻き込んでしまって」
「そんな…、巻き込むだなんて…」
「もう誘われても応じないでください。使用人たちにも、義母から貴女への誘いは二度と取り継がないようきつく言い渡してきました。だから今度またこんなことがあったら、」
「いいえ」
セドリックの言葉を遮って、アメリアはキリッと彼を見上げた。
「それは私の、公爵夫人としてのつとめだと思っておりますわ。この家の嫁として、お義母様に誘われて行かないわけにもいきませんもの」
真っ直ぐに見返してくるアメリアの瞳の強さに、セドリックは思わず言葉を失った。
ーー婚姻当初セドリックがアメリアに手を出さなかったのは、国王の子を孕っている可能性を視野に入れてのことーー
それは、事実として義母がアメリアに告げたことだと、茶会に同行したカリナから聞かされた。
(痛いところをついてくるものだ…)
その話を聞いた時、義母への憎悪と、アメリアへの懺悔の思いが増幅した。
セドリックは妊娠の有無まで疑ってはいなかったが、義母からそう聞かされたアメリアはきっと信じたことだろう。
実際、二ヶ月もの間彼女を放っておいたのは事実なのだから。
訂正と謝罪をしたい。
しかし、今まで散々彼女を傷つけてきた自分がそのこと一つばかりを嘘だと騒いだところで、今さらどうだというのだ。
絶句しているセドリックを見て、アメリアは微かに眉を寄せた。
「あの、閣下。私別に嫌味を言っているわけではないのです。だって私、蔑まれるのも悪意がある言葉を言われるのも慣れていますもの。だから、本当に嫌味じゃないんですよ?…あら、でもこれも嫌味に聞こえるかしら」
困ったわ…と、アメリアが力無く笑う。
その言葉を聞いて、セドリックは泣きたくなった。
だって本当に、こんな彼女を前に何を言えばいいのだろうか。
きっと、今の彼女にセドリックの言葉など響かない。
頼むから、お願いだから、そんな悪意ある言葉に慣れて欲しくなんかないのに。
本当は今夜は、核心に迫る話…、アメリアの出生にまつわる話をしなければならないと思っていた。
本当は本人の口から聞きたかったが、きっと彼女は生涯隠し通すつもりでここに嫁いできたのだろう。
それは今の段階では推測の域を出ない話であるが、知ってしまった以上きちんと本人と話すべきことだと思った。
一生を共にする伴侶として、彼女の秘密を共有し、心の重荷を分けて欲しいと伝えたいと思ったのだ。
しかし果たして、本人に隠れて秘密を探っていたことを、彼女は受け入れてくれるだろうか。
信頼関係のない夫に秘密を暴かれることなど、彼女は望んでいなかっただろうに。
これによって、さらに彼女との仲を拗らせ、僅かに穏やかな時間さえ奪ってしまうかもしれない。
昨夜からくよくよ考えていたことを、セドリックは未だに迷っていた。
戦場で敵を前にした自分の潔さには定評があるのに、とんだお笑い種だ。
ーー本当に、取り返しがつかなくなるかもしれないーー
そしてこの一瞬の躊躇がセドリックの口を鈍らせ、結局先に口を開いたのはアメリアの方だった。
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