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第四章 アメリア その二
四度目のデート②
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街に着くと、セドリックはアメリアに馬車を降りるよう促した。
彼が手を差し出そうとして引っ込めたのは気づいている。
最近のセドリックはいつもそうだから。
彼はいつも、アメリアに触れないよう細心の注意を払ってくれるのだ。
多分、触れられそうになるたびアメリアが怯えるような仕草を見せていたから。
(でも、このままじゃいけないわ)
セドリックにも申し訳ないし、何より、触れられるのを拒むようでは寝室を共にすることなど到底できない。
それでは、アメリアの唯一の仕事ができなくなってしまう。
「手を…、お貸しくださいませ」
馬車を降りた時、アメリアはありったけの勇気を振り絞ってそうセドリックにお願いした。
「…え…」
すでに歩き出そうとしていたセドリックは一瞬戸惑ったようだったが、僅かに苦笑し、アメリアの前に手を差し出した。
その手の上に、アメリアはそっと自分の手をのせる。
指先から、じんわりとセドリックの体温が伝わってくる。
(大丈夫。この手は私の旦那様の手よ)
アメリアはセドリックに手を引かれたまま歩き始めた。
アメリアが最初に連れてこられたのは、女性用の帽子屋だった。
上流階級の女性が被る優雅な帽子というより、実用的な帽子が多い店のようだ。
そこでセドリックは、色々な形の帽子をアメリアに被せてみた。
「貴女はほら、外で作業することが多いでしょう?ここは王都より陽射しが強いから、日除けになる大きなものを用途別に選ぶといい。農作業用とか、ハイキング用とか…」
「でも、帽子は婚姻時に持参してきたものもありますが、」
「毎日被るのだから、いくつあってもいいでしょう?」
アメリアが断る言葉に被せるように、セドリックは身を乗り出した。
なるほど、セドリックなりにアメリアの趣味を考えて連れて来てくれたのだろう。
アメリアは礼を言うと、一緒に帽子を選び始めた。
セドリックは満足そうに頷くと、「鍔は広い方がいい」とか、「貴女は優しい色が合う」とか見立て始める。
「手袋も選びましょう」
別の店で、今度はセドリックは手袋を選び始めた。
だが今は夏で、防寒用の手袋は不要のはずだ。
正装用ならドレスに合わせて作るはずだし、農作業用なら持っている。
「散歩用と、乗馬用、それと、釣り用も」
次から次へと色々な用途別に服装品を選ぶセドリックに、もはやアメリアは口を挟むのをやめた。
幸いセドリックが領主だと気付く者には、まだ遭遇していない。
次にセドリックがアメリアを連れて行ったのは、デートにはあまり似つかわしくない大衆向けの食堂だった。
「え、なんで食堂…」
離れて護衛にあたっているカリナの呟きまで聞こえてきて、アメリアは思わず笑ってしまった。
でもこれも、庶民的なアメリアに対する、セドリックなりの配慮なのだろう。
食堂の二人用のテーブルは小さく、まるで馬車に乗っていた時かのような距離でセドリックと向かい合う。
最近公爵邸での晩餐も小さめのテーブルが用意されるようになったが、これほど近い距離で食事をとるのは初めてだ。
そして騎士姿のセドリックはやはりどう見ても浮いている。
少し恥ずかしく思ったが、だがアメリアはすぐに目の前の食事に夢中になった。
もちろん公爵邸の料理は全て美味しいのだが、普段見慣れた食材がこうして庶民的な味付けで出てくるのはなんとも楽しい。
セドリックはそんなアメリアを楽しそうに見つめている。
その目は、公爵邸で見るより数倍優しい目だった。
「あれ?エイミーさん?」
突然背後から声をかけられ、アメリアは振り向いた。
見れば、見覚えのある少年が立っている。
「あら、ジャン」
アメリアは少し驚いたように目を見開いた。
その11~12歳くらいの少年…ジャンは、アメリアが領内を散策するうちに知り合った農家の息子だ。
今度花火を見に行く約束している仲間にも入っている。
「あなたも食べに…?って、あなた、ここで働いているの?」
ジャンの格好を見たアメリアはさらに目を見開いた。
ジャンは片付けの最中らしく、汚れた皿やコップがのったお盆を持っている。
「ああ、うん。毎日じゃないんだけど、ランチタイムの忙しい時間に働かせてもらってるんだ」
「だって、畑は?」
「んー、俺は昼前に上がってきた。今畑には母さんと弟たちがいるかな」
「…そうなの。大変なのね」
ジャンの話を聞いたアメリアは眉をひそめた。
多くの子どもたちが早朝から畑に出て働いていることは知っていたが、家業だけではなくこうして外に働きに出ている子がいることまでは知らなかったから。
彼が手を差し出そうとして引っ込めたのは気づいている。
最近のセドリックはいつもそうだから。
彼はいつも、アメリアに触れないよう細心の注意を払ってくれるのだ。
多分、触れられそうになるたびアメリアが怯えるような仕草を見せていたから。
(でも、このままじゃいけないわ)
セドリックにも申し訳ないし、何より、触れられるのを拒むようでは寝室を共にすることなど到底できない。
それでは、アメリアの唯一の仕事ができなくなってしまう。
「手を…、お貸しくださいませ」
馬車を降りた時、アメリアはありったけの勇気を振り絞ってそうセドリックにお願いした。
「…え…」
すでに歩き出そうとしていたセドリックは一瞬戸惑ったようだったが、僅かに苦笑し、アメリアの前に手を差し出した。
その手の上に、アメリアはそっと自分の手をのせる。
指先から、じんわりとセドリックの体温が伝わってくる。
(大丈夫。この手は私の旦那様の手よ)
アメリアはセドリックに手を引かれたまま歩き始めた。
アメリアが最初に連れてこられたのは、女性用の帽子屋だった。
上流階級の女性が被る優雅な帽子というより、実用的な帽子が多い店のようだ。
そこでセドリックは、色々な形の帽子をアメリアに被せてみた。
「貴女はほら、外で作業することが多いでしょう?ここは王都より陽射しが強いから、日除けになる大きなものを用途別に選ぶといい。農作業用とか、ハイキング用とか…」
「でも、帽子は婚姻時に持参してきたものもありますが、」
「毎日被るのだから、いくつあってもいいでしょう?」
アメリアが断る言葉に被せるように、セドリックは身を乗り出した。
なるほど、セドリックなりにアメリアの趣味を考えて連れて来てくれたのだろう。
アメリアは礼を言うと、一緒に帽子を選び始めた。
セドリックは満足そうに頷くと、「鍔は広い方がいい」とか、「貴女は優しい色が合う」とか見立て始める。
「手袋も選びましょう」
別の店で、今度はセドリックは手袋を選び始めた。
だが今は夏で、防寒用の手袋は不要のはずだ。
正装用ならドレスに合わせて作るはずだし、農作業用なら持っている。
「散歩用と、乗馬用、それと、釣り用も」
次から次へと色々な用途別に服装品を選ぶセドリックに、もはやアメリアは口を挟むのをやめた。
幸いセドリックが領主だと気付く者には、まだ遭遇していない。
次にセドリックがアメリアを連れて行ったのは、デートにはあまり似つかわしくない大衆向けの食堂だった。
「え、なんで食堂…」
離れて護衛にあたっているカリナの呟きまで聞こえてきて、アメリアは思わず笑ってしまった。
でもこれも、庶民的なアメリアに対する、セドリックなりの配慮なのだろう。
食堂の二人用のテーブルは小さく、まるで馬車に乗っていた時かのような距離でセドリックと向かい合う。
最近公爵邸での晩餐も小さめのテーブルが用意されるようになったが、これほど近い距離で食事をとるのは初めてだ。
そして騎士姿のセドリックはやはりどう見ても浮いている。
少し恥ずかしく思ったが、だがアメリアはすぐに目の前の食事に夢中になった。
もちろん公爵邸の料理は全て美味しいのだが、普段見慣れた食材がこうして庶民的な味付けで出てくるのはなんとも楽しい。
セドリックはそんなアメリアを楽しそうに見つめている。
その目は、公爵邸で見るより数倍優しい目だった。
「あれ?エイミーさん?」
突然背後から声をかけられ、アメリアは振り向いた。
見れば、見覚えのある少年が立っている。
「あら、ジャン」
アメリアは少し驚いたように目を見開いた。
その11~12歳くらいの少年…ジャンは、アメリアが領内を散策するうちに知り合った農家の息子だ。
今度花火を見に行く約束している仲間にも入っている。
「あなたも食べに…?って、あなた、ここで働いているの?」
ジャンの格好を見たアメリアはさらに目を見開いた。
ジャンは片付けの最中らしく、汚れた皿やコップがのったお盆を持っている。
「ああ、うん。毎日じゃないんだけど、ランチタイムの忙しい時間に働かせてもらってるんだ」
「だって、畑は?」
「んー、俺は昼前に上がってきた。今畑には母さんと弟たちがいるかな」
「…そうなの。大変なのね」
ジャンの話を聞いたアメリアは眉をひそめた。
多くの子どもたちが早朝から畑に出て働いていることは知っていたが、家業だけではなくこうして外に働きに出ている子がいることまでは知らなかったから。
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